第36話 未解決事件の真相①

 僕は、患者衣ガウンを着させられていたが、そんな事はお構い無しで靴に履き替えると琉花さんが声をかけてきた。


「なんだか知らないけど、琉花も一緒にいく! 琉花も初心者マークだけど、病人に運転なんてさせて、事故起こしたりしたら困るもん」

「い、いや……でも、真砂さん。これから行くところは危険な人物がいるんだよ」

「言っとくけど、琉花はこれでも空手もやってたし、護身術の達人でもあるの。あんたより何倍も運動神経はいいんだけど!」


 琉花さんの気迫に押されつつ、僕はとりあえず彼女に運転を頼む事にした。初心者マークなのは不安だけど、免許証を持っていない僕が今捕まるわけにはいかない。

 僕達は看護師と医者の目をかいくぐって駐車場まで辿り着くと、琉花さんの車の助手席に乗り込んだ。


「で、琉花はどこを目指せばいいわけ? 目的地に着くまで、何が起こってるのか説明してよね」

「ああ、えっと……とりあえず、視えた道を指示するからそこに向かって、時間がないんだ」


 目的地はわからないが、犯人の視界をジャックして車が走った場所ははっきりと覚えている。琉花さんを巻き込むつもりはなかったけどとにかく僕は梨子を助けたい。

 僕は、彼女に指示するとその場所に覚えがあるのかニヤリと不敵に笑った。


「そこ、知ってる。心霊スポットになってる廃ラブホテルでしょ。だったらあんまり車通らないし飛ばせる」

「えっ、わっ!」


 そう言うと、琉花さんは荒っぽい運転で車を走らせた。


✤✤✤


 真っ白な光に包まれて、私は思わず目を閉じた。だんだんと光が収まって、ゆっくりと目を開けるとそこには、克明さんが倒れていた。

 

「克明さん! 大丈夫ですか!」


 私は慌てて、倒れ込んでいる克明さんに駆け寄った。呼吸もしているし、生きてはいるがひどく衰弱しきっていた。

 浅野清史郎が、克明さんをこの世界に引き戻したのだろうか、一緒にいた健くんも意識を取り戻したのかも知れないと思うと、安堵して深く息を吐いた。

 とりあえず、私は救急車を呼ぼうとiPhoneを取り出す。すると、手の内でバイブレーションの振動がして、誰からか電話がかかってきた。間宮先生が私を心配してかけてきたのかと思って、私は液晶画面を見た。


「知らない番号からだ……一体誰?」


 普段なら、無視して着信拒否の設定をするところだけど、私はなんだかその電話に出なければいけないような気持ちになってしまっていた。


「も、もしもし……、天野ですが」

『梨子、僕だよ!』

「健くんっ、意識が戻ったんだね、良かった! もう大丈夫なの?」

『そんな事は後でいいからっ、梨子。今すぐそこを離れるんだ! 香織ちゃんを殺した犯人がそこにいるんだよ!』


 私の言葉を遮るように、健くんは切羽詰まったように話した。普段こんな荒い口調で話すような人では無いし、こんな趣味の悪い冗談を言うようなタイプではない。

 香織ちゃんを殺した犯人がここにいるとは一体どういう事だろう。ここには、私と間宮先生しかいないはずだ。

 私が彼に問い掛けようとした時、何者かの気配を感じて、私は無意識に振り返った。


「――――っ!!」


 懐中電灯の光を向けた瞬間、スパナを持った中年の男が眩しい光に目を背けた。私は、反射的に横に反れると、鈍く風を切るような音がした。


「だ、誰なの!! 貴方が香織ちゃんを殺し……えっ!?」


 私はとっさに体を起こして、暗闇の中に浮かぶ人物を見て絶句した。まさか、予想していなかった人物がそこには立っている。

 ――――有村香織の父親だ。


「なぜだ……、どうして……いまさら香織の事を調べたんだ。克明くんを探すなんて口実だったんだろう。何が目的なんだ」

「貴方が……犯人だったんですね、でもどうして!」


 眼鏡の奥の、血走った目を見つめながら私は震える声で聞いた。運動神経は人よりいいつもりだけど、相手は中年とはいえ丸腰で男の人となんてやり合えない。


「殺すつもりは無かったさ……。ずっと香織への気持ちを抑えていた。だけど、あの子は……私のコレクションに気付いてしまったんだ。

 香織は母親譲りで賢い子だったんだ。セーラー服姿も、昔の妻とそっくりでね。だから……よせば良いのに調べ始めた」


 私は、香織ちゃんらしき霊が落とした未解決事件が考察された本を思いだした。殺された被害者は、どれも黒髪のセーラー服姿の少女。

 年格好も彼女と変わらないような少女ばかりを狙っている。

 この男は、実の娘に対して歪んだ愛情を持っていた。一度目の事件では歪んだ欲望を爆発させて少女を殺害し、それから犯行に気付いた実の娘を殺害したのだろうか。


「私の出張先と、殺人事件のあった場所の接点に調べてね。当時はどうやって殺されたかなんて簡単に世間にわかってしまうような時代だった。魔が差したんだ……悪戯するつもりだったが騒がれて……殺した時、私は興奮してしまった。

 彼女との思い出を持っていたくて、体の一部を取ると持って帰った」

「最低……! 自分の娘まで手にかけるなんて」


 男は薄ら笑いを浮かべると、スパナを向けながらゆっくりと歩いてくる。


「殺すつもりは無かった。自首して欲しいと泣かれたよ。でも私は幸せな家庭を壊したくなかった……多感な時期に母親は必要だろう? 娘の成長も見たかった。

 あの子は、克明くんに懐いていて、本当の家族はお兄ちゃんだけだと言ったんだ。島を離れて克明くんの側にいるとね!

 私は香織の為に必死に働いていたんだよ、それを裏切るなんて……! 私を捨ててどこかに行くくらいなら殺したほうがいい」

「なんて身勝手な人なのっ……」


 私の声は震えていた。

 逃げようとしても体が動かない。

 スパナを振り上げて、犯人が踏込もうとした時、何かに足を取られてたかのように、男は体制を崩して転倒した。

 スパナが転がる音がして私は現実に戻った。


「にげ……ろ!」


 克明さんが、犯人の足首を掴んで転倒させたようだ。私は弾かれたように逃げ出す。

 犯人は、克明さんの存在に驚き目を見開くと手を蹴りつけ立ち上がり追い掛けてきた。


「か、克明くん! 生きてたのか、離せっ……! 待てぇ! 殺してやる!」

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