第26話 麗しき毒婦③

「サタニズム……て、悪魔信仰ですか?」


 悪魔信仰と言うのは、その名の通り悪魔を崇拝する者達だが、悪魔そのものを崇拝していなくても、あらゆる神を信仰しない、神の意志に従わないという無神論者という考え方もあるようだ。

 つまり神が否定する人間の欲望を肯定して、自立を促すような現代的な考えで信仰している人達だ。

 もちろん、悪魔という存在が概念では無く、本当に存在していて、人間の願いを叶えてくれると言う考えの元に儀式を行ってる人達もいた。

 私は、西洋の悪魔主義には関して言えば疎いので、一般的な当たり障りの無い質問を間宮先生にぶつけてみた。


「明治から大正と西洋の文化が日本に押し寄せてきた。まぁ、キリスト教自体、戦乱の世から日本に伝わってきたから悪魔という存在は認知されていたんだろう。この紋章シジルはベリアルと言う、悪魔のものだよ。

 遠山家全員が信仰していたのかは分からないが、少なくとも家長が悪魔崇拝者だった事は間違いないね」


 私には幾何学的な模様のように思えるが、オカルトマニアの先生には、これがどの悪魔の紋章シジルであると言う事が分かるのだろう。

 銀蔵が神秘主義者で降霊等を行っていたのだろうか、もしかすると華族の遊びとして流行っていたのかも知れない。


「そう言えば、大正時代には心霊ブームが日本でも起こっていましたよね。降霊術、テーブルターニングも流行っていたと習いました」

「そうだね、ウィジャボードで霊と会話する霊能力者とかね。日本では後にコックリさんになる訳だけど……って、つい授業みたいになっちゃうなぁ」


 間宮先生は頭を掻いて笑った。

 大正時代の半ばには、日本にも西洋と同じような心霊主義が流行っていた背景があるので、悪魔信仰をしていてもおかしくはない。

 私は遠山家の不気味な秘密に思わず背筋が寒くなって腕を擦った。気味の悪い考えを払拭するように借りた本を広げる。

 そして、私は遠山家にたどり着くと指先と目で追うように読み進めた。徐々に頭の中で色んなピースが頭の中ではまっていくような気がした。


「先生、華族一覧の本も役に立ちそうです。遠山家は華族といえ、千鶴子が生まれる前まではあまり力のあるような家柄では無かったようですね。言い方は悪いですが、落ちぶれ寸前だったみたいです。

 でも、この年に鉱山を掘り当てて経営を乗り出してからかなり裕福になったようです」

「なるほど、確かに何か引っ掛かるな……。悪魔が本当に存在しているかは分からないし偶然だと思うが、あの一族は何かしら悪魔に願いを叶えるような儀式をしたのかも知れない」


 悪魔が存在するかは分からないが、千鶴子が悪霊になっているのは事実だ。私はどうすれば健くんの魂があの絵画から出られるのかを考えていた。


「遠山家の事は何となくわかりました。克明さんにあれほど執着する理由も。だけど、どうしたら健くんを救えるのかっ……分からないです」


 遠山家を調べても相棒を救う手立てが無い苛立ちに、感情的になりそうになった私を、間宮先生がなだめた。


「僕は正直に言うと彼があの館の中で、遠山千鶴子と対峙しなければ絵画から抜け出せないような気がする。だけど、もし……もしだよ。遠山邸の屋敷跡が残ってないにしろその土地にいけば、そこに何か抜け出せるようなヒントがあるかも知れない」

「――――でも、大正時代の建物なんて現存してないですよね? だって……ここに火災で全焼したって書いてますよ」


 遠山邸の跡地に行って何かわかるとは思えないが、何かしら動いていないと自分自身が納得出来ないような気がする。

 私にもっと強い霊力があれば、跡地に立っても視えてくるものがあるだろうか。


「まぁ、そうなんだよね……僕の知り合いの霊能力者はいつも現地に行くんだ。彼を呼べればいいんだけど、九州の山奥に住んでいるからそう簡単に東京まで来いとは言えなくてね。

 ……ん? この遠山邸の跡地の場所って」


 間宮先生は、私と同じように肩を落としていたが、ふと本に書かれた住所を暫く見ると、何かを思いついたようにキーボードで検索した。


「どうしたんです? あれ……ここって」

「ここは、やっぱり。ずっと住所に既視感きしかんがあったんだ。そこまでメジャーな場所じゃないけど、平成の初め頃に廃業したラブホテルの心霊スポットだね。昭和の頃は旅館だったり……」

「そして大正時代には、遠山邸だったんですね」


 普段なら心霊スポットなんていかないけれど、別の建物が建っていて、今も何かしら曰く付きなら何か手がかりがあるかも知れない。

 少なくとも私や、間宮先生はあの絵画や千鶴子と関わっている。

 何も知らずに、悪ふざけで心霊スポットで怖い体験をしたいと言う漠然としたものではなく、明確に名前のある悪霊を探りに行くのだからきっと、あちら側に気付かれる筈だ。

 それは、とても危険な事かも知れないし怖いけれど、今は動かなくちゃいけない。幸い、健くんの側には、【防御】が人より強い琉花るかさんがいる。


「何もないかも知れないですが、行ってみましょう。なんだか胸騒ぎがするんです」


 私が提案すると、間宮先生は頷いた。

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