第25話 麗しき毒婦②

 私と間宮先生は、急いで大学まで戻った。すでにキャンパス内には生徒もまばらで、教授の車に乗っていても変に勘ぐられる事は無いと思う。

 警備員さんには、一瞬不審な表情をされたけれど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。私の通う大学の図書館は、それなりに大きくて綺麗な施設だ。一般の人も利用する事が出来る。

 間宮先生と共に、図書館に入ると今日は金曜日と言うこともあって、利用している人は少ない。


「間宮先生、遠山銀蔵とうやまぎんぞうって華族でしたよね。確か華族の一覧表が記されていると思うんです。私はそちらを調べますから、先生は浅野清史郎の事についてもう少し深く調べていただけませんか」


 日本を代表するような油彩画家なら、ネットで検索できただろうけれど、世に出た作品が少ない画家はネットの海では発掘出来なかったりする。けれど、私は失礼を承知で先生に念押しした。


「ああ、そうだね。少し調べ方を変えてみるよ。画家としての彼ばかり調べていたから別の視点で見てみるよ」


 間宮先生は、快く承諾しょうだくして図書室のパソコンを立ち上げた。書籍検索で明治大正の華族についての書籍が何冊かあることも確認できたので、私はスマホでメモを取ると先生を置いて本を探しに出る。

 私の目指すエリアには、人の気配は無く、周りを気にせずに背表紙を目で追いかけぶつぶつと呟きながら視線を彷徨わせた。探していた一冊目に指を伸ばして取り出そうとした時、パサリと本が落ちるような音がした。

 反射的にそちらを見ると、人の気配が無いと思っていたのに髪をセーラー服の少女の後ろ姿が見えた。

 おさげ髪に白のハイソックスで、何冊か本を脇に抱えて歩いている。本棚は隙間は無くきちんと整理整頓されているので、飛び出して来る事は無い。

 となると、あの女の子が落としたものかも知れないと思って私は本を拾うと前を歩く女の子に声を掛けた。


「あの、落としましたよ」


 私の声が聞こえてないのか、少女は廊下の突き当りを曲がった。私は少し小走りになりながら本棚を曲がると立ち尽くした。

 その先は細い棚と棚に挟まれ行き止まりになっていたのに、セーラー服の少女の姿はなかった。彼女との距離はそれほど離れていなかったし、まず引き返さなければ、この袋小路からは出られない。

 そうすれば、必ず私と鉢合わせすることになるので、彼女は煙のように消えてしまった事になる。背筋が寒くなったけど、もしかして健くんが言っていた香織ちゃんはあの子の事かも知れないと思った。

 私は、反射的に拾った本を見た。


「昭和、平成の未解決事件……?」

 

 私は、華族についての本を脇に挟むとパラパラとページをめくった。どうやら昭和、平成に起きた陰惨な事件を取り扱っている本のようで、見聞きした事のある事件もあれば、全く記憶に無いものもある。

 未解決事件を、筆者が現場の状況と考察を交えていた。

 そして、私はある記事に目が止まった。



『女子中学生、高校生を狙った刺殺魔について。

 被害者F子さん(当時15歳)

 自転車で畦道あぜみちを帰宅中、行方不明になり翌日、近くの森でめった刺しにされ死亡しているのが確認された。

 五年前に○○島でめった刺しになって殺害されたKさんと殺害方法が酷似している。

 殺害された場所が異なる遠く離れている事から、警察は別の事件としているが、筆者は同一犯だと睨んでいる。

 無論むろん、模倣犯としてKさんが犠牲になった可能性も捨てきれない。

 また、五年前に関東で殺されたM美さんがめった刺しにされて殺された事件も、筆者は同一犯であると睨んでいる。

 どちらとも、黒髪のセーラー服の少女と言う点、どの少女も奥歯をペンチのようなもので、一本抜き取られている。ナイフで複数箇所を必要に刺している殺害手口から、犯人は快楽殺人者ではないかと思われる。失われた奥歯はシリアルキラーが記念品トロフィーとして持っている可能性が高い』


 私は背筋が寒くなった。

 島の名前は伏せられていたが、Kさんというのは間違いなく香織ちゃんの事じゃないかと思った。彼女は連続殺人犯に自分は殺されたと私に告げたかったのだろうか。

 けれど、何故今このタイミングなんだろう。


「天野くん、本は見付かった? ちょっと見て欲しい物があるんだ」


 間宮先生に、背後から話しかけられて心臓が飛び出そうになってしまった。本を閉じて凄い勢いで振り向かれたので、先生は凄く驚いたような顔をした。


「だ、大丈夫かい?」

「あ、はい。とりあえず一冊は見つかったので……それで、何かわかりましたか?」


 例の本を直すと、私は間宮先生と共にパソコン画面を見た。遠山銀蔵と思われる人と隣には年齢的には間宮先生と同年代くらいの男性がたっていた。

 芥川竜之介のように、どこか影のある雰囲気で整った顔をしている。


「遠山銀蔵の隣にいるのが、浅野清史郎なんだけど克明そっくりなんだ」

「えっ……だから、克明さんを離したくなくて必死になってるんだ」

「そうかも知れない。でも僕が注目したのはこの部分だよ」


 間宮先生は、遠山銀蔵のカフスボタンを拡大させた。ボタンには何やら紋章のようなものが刻まれている。


「これは悪魔信仰サタニズム紋章シジルだ」

 

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