第27話 儀式①
龍神真言によって、千鶴子が一時的に外に弾かれたお陰で、この館の雰囲気が少し軽くなったような気がする。
いよいよ、地下へ向かおうとした時僕はばぁちゃんに呼び止められた。
「ちょっと待ちなさい健、その前にあの右の部屋が残ってる……と言うより今まで隠されてたみたいだね。またあそこだけ綺麗に生家のまんま残ってるのは、何かあるってことさ」
「なんかもう、部屋に入る度に僕の気力が失われて行くような気がするんだけど」
冗談ではなく、本当にこの館にいる悪霊たちと対峙すると精神を削られる思いだ。僕はそんな風に考えて気を紛らわせていた。
この偽りの館で幽体のまま長い時間過ごしているせいで、僕の本体が悲鳴を上げているのでは無いだろうか、と言う嫌な予感がしている。
「当然だよ。幽体離脱が長引けば長引くほど、あんたの体から伸びてる命を繋ぐ糸が細くなっているからねぇ、それだけ器に負担がかかるのさ。さ、この館に取り込まれたく無かったら早く霊視しなさい」
ばぁちゃんは、竹を割ったような性格なので僕に淡い期待を持たせるような励ましはしない。僕は青ざめながら、次の部屋へと向かった。
オルゴールの音が響いて、バレリーナがくるくると回っている。天井からはレトロなペンダント照明がぶら下がっていた。
夜もふけて、空は紅い満月が昇っていた。
レトロな木のベッドには遠山銀蔵の妻である
一見すると、臨月間近の妻を見守る優しい夫のように思えるが、彼女の頭の上には逆十字のロザリオが飾られていた。僕は宗教には疎いけど、これは洋画などで見た事のある光景だ。
「最近、良くお腹を蹴っていて本当にこの子は元気です」
「ああ、それは良かった。ベリアル様が私達の願いを叶えて下さったのだ。
生贄とは一体どういう事だろう。
遠山千鶴子は、この家の運命を背負わされるような形で産まれたのだろうか。
そして、場面は変わり庭先で遊ぶ長男の達郎らしき子供と千鶴子がいた。二人で座り込んで遊んでいるようで、僕とばぁちゃんは二人を覗き込んでいた。
「ちづこ、やめようよ、かわいそうだよ」
「だって、ピーはわたくしをつついたのよ。おしおきしなくちゃ」
小さな窪みの中には、息も絶え絶えの小鳥が小刻みに震えていた。僕の目から見ても虫の息だ。
幼い千鶴子の手には子供には似つかわしくない小さなナイフが握られていた。次の瞬間小鳥の羽にナイフで切り始めて、僕は思わず目線を反らした。
鳥の悲痛な断末魔を聞きながら、目を瞑ると後ろから昌子が顔面を蒼白にしながら駆け寄ってきた。
「千鶴子! ナイフを持ち出したと聞いたから心配しましたよ。手にも服にも血がついているじゃない。達郎さんは怪我してない?」
「ぼくはだいじょうぶ……。ちづこがピーをころしたの」
「だって、お母さま、ピーはわたくしのゆびをつつくの」
子供がこんな問題行動を起こせば、現代なら児童相談所行きになりそうだが、この時代はどうだろうか。精神科に見せるとか、座敷牢でお仕置きをされるのでは、と思っていたのだが、僕の予想に反して昌子はにっこりと笑った。
「あら、それなら仕方ないわ。太郎も言うことを聞かない犬でしたけれど、ピーも同じですね。次は何が良いかしら?
でも、あまり外では殺しては駄目ですよ……使用人が見ていますからね」
「はぁい、おかあさま。あまり殺さないようにするわ。つぎはねこちゃんがいいわ!」
耳を疑うような事を口にしていた。
この母親は、千鶴子が生き物に手をかける事を容認しているような口ぶりで、僕は頭を殴られたような衝撃を感じた。使用人たちは、皆見てみぬふりをするように金を握らされているのだろうか。
「信じられない……こんな事を許していたら、次に手をかけるのは人間だよ。まるでサイコパスじゃないか」
僕はそう言わずにおられなかった。隣にいたばぁちゃんは僕と同じく目を真紅にさせながら無言で霊視をしている。
あの時、鶏を殺していたのも彼女にとって日常的な事でそれが異常な行動とは認識できていなかったかも知れない。
「平気で殺せるような人間で無いと、この家ではやって行けないのさ。ばぁちゃんも西洋の術の事は詳しく無いけど禍々しいものを感じるよ。その『べりある』と言うものに生贄を捧げてるんだろう」
そう言えば、長男の達郎の学友が彼女にプロポーズされた時に千鶴子は、あの方に認められなければと言うような事を口走っていた。おそらくそれが『ベリアル』なのだろう。
そして書生も、千鶴子を悪魔だと言っていたが、僕はてっきり恋愛絡みの事が原因でそう言っていたのではないかと思っていたが、もしかするとそうではないかも知れない。
書生もまた、ご学友と同じように何かを目撃してしまったのではないだろうか。
「ベリアルは悪魔だと思うよ、ばぁちゃん。遠山家は黒魔術を使ってる……悪魔を信仰してるんだ。だからロザリオが逆さ十字架になってるんだ」
僕がそう言った瞬間、部屋には遠山夫妻が背中を向けて立っている事に気付いた。ゆっくりと彼等は振り向き、それと同時に部屋が炎に包まれた。
無表情の二人の目や耳、鼻と口から血が溢れ出てきた。
「千鶴子様は悪魔の申し子だ、贄を。もっと贄を」
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