第7話 足跡を辿って②
そこは、絵筆で描いたような青空と草原しかない奇妙な場所だった。辺りを見渡しても人工的なものは何一つ無く、まるで切り取った写真や絵画の世界のような無機質で不気味な世界に僕はいた。
状況が飲み込めず、うろたえているとなんの前触れも無く洋館が目の前に建っている事に気付いた。先程まで、そんな物は一切建っていなかった事は覚えている。
いきなり何も無い空間から、マジックのように、突如
――――
明晰夢とは、睡眠中に自分が夢を見ていると自覚できる状態のことだ。僕は夢の中で夢を見ていると認識していた。洋館はどこかレトロな印象のあるもので、観察するように顔を上げると、窓辺に男性がぼんやりと佇んでいた。
魂が抜けてしまったかのように遠くを見る男性は見覚えのある顔だった。有村克明、その人だ。僕は夢の中で彼に声をかけようと口を開ける。
窓辺に立っていた克明さんの背後から、まるで蜘蛛のように女の両手と両足がずるずると暗闇から這い出し、まるで自分の物だと言わんばかりにしがみついた。着物の裾から見える女の手足は青白く細い。
次の瞬間、克明さんの顎が取れるほど大きく開いて、つんざくように女の絶叫が響いた。
「――――ッ!!」
僕は跳ねるようにして飛び起きた。
時間は午後の14時。
朝イチでフェリーに乗り、新幹線を乗り継いで帰ってきたが、間宮さんとの約束まで軽く睡眠をとったのが悪かったのだろうか。僕はどうしてもただの明晰夢には思えず、シャワーを浴びてスッキリすると用意を始めた。
僕は大学に行かず就職したので、大学に詳しいわけではないが、38歳の若さで教授になれるなんて、かなり優秀な人なのではないだろうか。
今日は研究の合間に大学の近くのカフェで逢うという事なのでマイカーを使わずに、梨子と待ち合わせて行く事にした。僕は、梨子と落ち合うまでずっと先程の夢について考えていた。
克明さんに憑いている霊の警告なのだろうか、顔も姿も確認できなかったが、着物の袖から見える手足からして女性の霊のように思えた。
とてつもなく強い執着心や、愛憎のようなものを感じ、僕は身震いした。
✤✤✤
駅前は騒がしく、店がひしめき合って人通りの多い、東京ならではの光景だったが大学の方に近付くにつれて緩やかな上り坂になり少し静かになる。
道を挟むようにして、両サイドにお洒落な雑貨屋や、イタリアンカフェ、インドカレーの店などが連なっていた。ばぁちゃんは、新しい場所に行くたびに観光気分で、その辺りをフラフラと遊びに行ってしまうので、守護霊としてどうなんだと常々思っている。
「この辺りは美味しい店が多いの。雑貨屋さんも可愛いお店が多くて、結構飽きないんだよ。また今度案内するね」
「えっ、本当に? この辺りのインドカレーのお店、食べてみたいなぁ」
つい、会話に花が咲いてしまったが気を引き締めよう。間宮さんに克明さんの有力な情報を聞き出さないと、香織ちゃんの願いを叶えてあげる事が出来ないのだがら。
待ち合わせは、お洒落なカフェで奥のテーブルには既に間宮さんと思われる男性が座っていた。梨子の姿に気付くと、微笑んで僕たちに手を振る。
「天野くん、こっちだよ。ああ、君が噂の雨宮健くんだね。俺は
「間宮先生、お待たせしてしまってすみません」
「初めまして、雨宮健です」
立ち上がって挨拶をする間宮さんに、僕と梨子は頭を下げて挨拶した。教授という職業のイメージにしては話しやすい感じの気さくな男性だった。
僕達は彼に促されるまま、席に座る。間宮さんの瞳は喜々としていて僕達を見ると開口一番こう言った。
「それで、俺に何の用事かな? 雨宮くんが研究に協力してくれるという事なら嬉しいんだけど」
「ああ、いや……。僕達は間宮さんにお尋ねしたい事があってきました。間宮さんは、有村克明さんとご友人ですよね?」
突然の質問に間宮さんはきょとんとした。梨子から何を聞いていたのかは知らないが、恐らく霊力の実験だとか、この間のオハラミ様について詳しく知りたかったのかも知れない。ともかくかなり予想外の質問だったようだ。
しばらく視線を彷徨わせてようやく名前の人物が頭に浮かんだようだ。
「有村克明って、あの有村かい? どうして君達が知ってるんだ」
梨子が頷くと、これまでの経緯を間宮さんに話した。神妙な顔付きで聞き入っていた間宮さんは砂糖たっぷりの珈琲を一口飲むと話し始めた。
「そう言う事か……。天野くんには特に言ってなかったが、俺も君たちと同じ島の出身でね。年齢は離れてるけど、克明とは幼馴染なんだ」
「えっ、そうなんですか? じゃあ、香織ちゃんの事も……」
間宮さんは寂しげに目を細めた。彼が克明さんと幼馴染なら、妹である香織ちゃんの事も当然知っていただろう。僕よりも彼らと身近な人にとっては、辛い質問に違いない。
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