第8話 足跡を辿って③

 間宮さんは、過去の思い出を振り返るようにして話し始めた。


「もちろんだよ。香織ちゃんは優しい子でね。ご両親が再婚して、どちらも連れ子だったけど本当の兄妹みたいに仲が良かった。だから、あの悲惨な事件の後、克明は妹を守れなかった自分を責めてしまってね。大変だったんだ」


 その当時、小学生だった僕も、克明さんくらいの年齢だったら同じように自責の念に狩られていたと思う。梨子の表情も心無しか暗く感じられた。間宮さんは溜息を付くと、言葉を続けた。


「それから、俺のほうが先に東京に出てしばらく疎遠になってたんだけど、あいつが教員免許取ったあたりからまた仲良くなってね。実は、克明、一週間前から行方不明なんだ」


 僕達は互いの顔を見合わせた。そして僕はあの気味の悪い明晰夢を思い出した。後ろから何か邪悪なものか忍び寄ってくるような不気味さを感じた。

 これ以上、関わってはいけない、聞いてはいけない、触れてもいけないような忌むべき存在を。


「行方不明って、一体何があったんですか……間宮先生」

「俺も詳しくはわからないんだ。3ヶ月前かな、克明のお祖父さんが亡くなってから様子がおかしくてね。大学で知り合った女の子と結構長く付き合ってたんだけど……婚約破棄して行方不明になって、連絡がつかないんだ」


 間宮さんの話を表面的に聞けば、単なる失踪のようにも思える。高校の教師をしていたようなので、クラスでの問題か保護者とのトラブルか。精神的に追い詰められて、失踪してしまったようにも思えた。


「間宮さん、克明さんは失踪する前にどこかに行ったりしていませんか? 例えば洋館の心霊スポットとか……。島に戻って、何か変わった事があったとかでも構いません」


 間宮さんは首を傾げて、記憶を辿っているようだったが一つ思い出したように言った。


「克明は僕と違って、オカルトは否定的だったから心霊スポットには行かないだろうな……だけど、変な事を言ってたな。毎晩彼女が逢いにくると。元婚約者の芽実ちゃんが、克明が浮気してるって言ってたけど……何というか、気味が悪い感じだった」


 克明さんが、その女性の話をする時はどこか虚ろで目の焦点が合わない様子だったという。その女性は二十代で、毎日高価な着物を着ていて、良く似合うと言っていた事も不審に思っていたようだ。

 それ以上の事は、元婚約者の早瀬さんや家族に聞いたほうが引き出せそうだった。出来れば、克明さんの持ち物や何か霊視できるものがあれば良いのだが。


「僕は、その女性が克明さんの失踪に関係していると思います。きっと、触れてはいけない忌むべき者と接触したんだと思います」

「俺もそう思ってるんだ。克明にも忠告したが、聞き入れなくてね……。雨宮くん、ぜひ俺も一緒に調査させてくれないかな?」


 顔を上げると間宮さんが、目を輝かせていた。不謹慎な気もするが、オカルト研究の血が騒いだのだろう。僕は少し引き気味になったが、間宮さんがいれば、元婚約者や家族とスムーズにやり取りができそうだ。

 有村家に僕が梨子と二人で乗り込んでいった所で、いまさら何の用だと不審がられそうな気がする。ましてや、香織ちゃんから克明さんを助けて下さいと頼まれました、なんて言えるはずもない。


「間宮先生の民俗学の知識、今回も役に立ちそうだし、健くん……手伝ってもらう?」

「うん、そうだね」

「ありがとう。克明の行方を探しつつ、雨宮くんが持っている霊感の研究も出来そうだ」


 間宮さんが、僕に握手を求めてきたので戸惑いながら僕は彼の手を握った。視るつもりも無かったのに急に僕の額に意識が集中する。

 目の奥が赤く光り、僕は間宮さんの背後を見た。


(――――この人、何も憑いていない)


 普通なら、守護霊が憑いていたり死んだペットが憑いていたり、生霊や、害のないたまたま憑いて、暫くしたら離れていくような浮遊霊がいたりするのだが、間宮さんには何も憑いてない。

 真っ暗な空間が広がっているような感覚だ。 

 僕は反射的に手を離した。


「雨宮くん? 大丈夫かい?」

「あ、すみません。何でもないです」

「もしかして、何か視えちゃった?」


 間宮さんは少し冗談混じりに笑った。僕は誰かに何か憑いているか霊視してくれと頼まれない限り、その人を視る事は無い。こんな事は初めてだったが、本人はいたって元気そうだ。もしかしてオカルト研究のような物をしている影響なのだろうか、僕にも初めての経験だった。

 僕は、間宮さんを怖がらせないようにして笑った。


「ちょっと、静電気がきちゃって……ハハ」


 3人で笑うと、早速間宮さんから芽実さんに連絡して貰う事にした。メッセージのやり取りをして、電話をする為に席を立って外に出るとその様子をいつの間にか、僕と梨子の間で座っていたばぁちゃんが、その様子を目で追っていた。


『――――居てるよ。たまに何も憑いてない人間は。ばぁちゃんも二回しか逢った事ないけどねぇ』

「……?」


 ばぁちゃんの呟きに僕は首を傾げた。ともかく、元婚約者の芽実さんに、話が聞けそうだ。

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