第19話

 反射的に僕は背を向け、逃げ出した。


「何処に行く」


 それを無視して、五メートル程走ると銃声が鳴り響いた。その音に驚き、足がもつれ盛大に転んだ。


「またあの化け物の所に行くのか?」


 それでも、這うようにして逃げる。


「やめておけ。お前が苦しむだけだ」


 何とか立ち上がり走り出そうとした瞬間、破裂音と共に肩に焼け火鉢を突っ込まれた感覚に襲われた。

 撃たれた。

 直感的にそう感じた。

 それを裏付けるかのように、シャツに自分の鮮血が滲みだした。

 痛みが感情を支配され、倒れ涙が湧いてくる。


「次は頭を撃つ。これが最後だ」


 淡々と死刑宣告をする男。力を振り絞り、また立ち上がる


「……死ね」


 銃口をこちらに向けた。

 歯を食いしばり、痛みに耐える。そして叫び、男に向かっていた。狙いを定めようとしたが、懐に入り無事な方の腕で突き飛ばした。

 渾身の力で走り公園を抜けた。

 交番へ向かおうか迷ったが、自然と足がエリーザさんの家に向いていた。

 荒い呼吸で、鮮血を垂れ流しながら階段を上った。


「……エリーザ、さん」


 チャイムを鳴らし、そう呟くとドアが開いた。

 彼女は姿を見るなり、口元を押さえ家に入れた。


「そんな……」

「奴に、撃たれました……」


 傷口を押さえ、彼女の顔を見る。


「……このままじゃ、死んじまいます」

「……分かった」


 彼女は、重い体をベッドまで引きずり横たわらせた。


「待ってて」


 そう言い残し、部屋を出た。三十秒ほど経って、手に果物ナイフを持って戻って来た。

 眼前で手のひらに傷を付ける。痛みで顔をしかめたが、すぐにこちらに手のひらを差し出した。


「……聞いとく。これを舐めたら、もう人間には戻れない。……それでもいいの?」

「……は、貴女の隣に居たいだけです」


 そう言うと俺は、彼女の手を舐めた。血液特有の、錆鉄の臭いと味が口に広がった。それと同時に意識が遠のいた。

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