第16話

 風呂から出てきたエリーザさんに声を掛けた。


「……相談があります」

「どうしたの? かしこまって」

「……大事な、話です」


 僕はそれだけ言い、二階にある自分の部屋に行った。少し経って彼女が部屋に入って来た。


「ここが、君の部屋?」

「はい……」


 彼女との付き合いは一年にも満たないが、僕の人生の中では最も濃い時間だったと思う。

 ベッドに座る僕の手を、彼女は握った。

 あの男は化け物と罵ったが、この温かさは化け物といえど命在る者だ。

 ……確かに彼女はこれまでに人の生き血を吸って生きてきた。

 だが、僕達だって牛や鶏に豚の肉を食べる。

 それと同じことなんだ。

 人殺しと言われても、それは僕ら人間から見た彼女の行動であり彼女からしたら人間の血を吸う事はなんだ。


「……顔色悪いよ」

「大丈夫、です……」


 初めて会った日から、彼女に何処か惹かれていた。彼女と話をしているのが、凄く楽しかった。彼女が口にする、外国の話や本の話に耳を傾けるひと時は何事にも代えがたい体験だった。

 ――――彼女に襲われ、血を吸われた時。意識が沈んでいく中、僕は心の奥でと思っていた。

 その後彼女が心情を吐露した時、彼女を強く抱きしめたいと思った。


 


 あの男から身を守るなんて、ただの理由付けでしかない。僕の個人的な願望だ。


「エリーザさん」


 僕は真っ直ぐと彼女の方に向き直り、握られた手を握り返す。


「僕は貴女と一緒に居たいです。だから……僕を、不老不死にしてください」


 僕の発言を聞くと、彼女は絶望を見た様な顔をした。目は徐々に赤くなり、潤んでいく。首を小さく振ると、太ももに涙が一粒落ちた。


「駄目だよ……」


 蚊の羽音程の小さな声。


「駄目、だよ……」


 嗚咽混じりの切ない声。


「……ダ、メ」


 最後の方はもはや声になっていなかった。溢れた涙を拭うと、何度も首を振った。


「死ねないのは、どんなに辛い事か知っているの?」

「……それは」

「何百年も生き残ってきて、残ったのは自分だけ。親しくなっても、先に逝ってしまう。確かにそれは苦しい事よ……でも、君は人間。不死身になるには、荷が重すぎる」

「……」

「私も、君の事が好き。それでも……人間とは相成れない」


 エリーザさんは僕を抱きしめると、嗚咽を漏らしベットに押し倒した。


「私は、君が好きだ。その気持ちは本当」


 そう言うと彼女は僕の首筋に歯を突き立てた。血が吸われる。いつもの様な食事の吸血ではなく、じっくりと味わって吸われていく。


「君が隣に居るなら、死にたい気持ちは抑えられるのかな」

「……僕の気持ちじゃありません」

「……そっか」

「……でも、僕はエリーザさんの隣に居たいです」

「…………親しい人、全員死んじゃうよ」

「……親しかいません。死んで悲しい人間は」

「……そう、だったね」

「時々強烈に死にたくなる。でも、死ねないよ」

「……エリーザさん、さっき僕が隣に居れば気持ちが抑えれるのかなって、言ってました。僕も多分同じです」

「……知り合って、短い。私達互いの事、あまり知らないね」

「これから、知っていけます」



「僕は貴女を愛しています」



 僕は、朧げな意識で伝えた事をはっきりと言う事が出来た。

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