第12話

 自分の臭いが染み付いた布団で目を覚ます。

 家に帰ってからも考えていたが、どうやらいつの間にか寝てしまったようだ。だけど、一晩考えても結論は出なかった。


「……行くか」


 積もった感情を溜息にして吐き出し、僕は立ち上がった。

 身支度をして、自転車に乗り街に出た。だが、街には警官が多くいてパトカーもそこらを走っていた。

 大した感想も抱かず慌ただしく動く警官達を横目に、僕は自転車を進めた。

 エリーザさんの家に行く途中に通る橋、いつもの通り渡ろうとした時だった。


「うっ――アッ……」


 呻き声が聞こえた気がした。……聞き覚えのある声だ。自転車を停め、橋の下を覗く。何か引きずったような血の跡が、橋の下に続いていた。

 唾を飲み、橋の下に下りる。

 とっくに乾いているはずなのに、むあっとした血の香りが漂っている。

 薄暗い中に、蠢く何かがいた。一歩一歩進んで行くにつれ、の輪郭がはっきりしていく。

 人間らしいが、着ているTシャツやズボンはボロボロで裂け乾いた血がこびり付いている。

 その服装には見覚えがあった。

 もう一歩近づく。

 認めたくなかったが確信した。

 金髪は輝きを失い、大半が血で染まっていた。


「エリーザ……さん……」


 弾かれるように駆け寄る。


「エリーザさん!」


 気を失っていた。顔は血で汚れ、涙の跡もある。


「何が、あったんだ?」


 昨日、僕が帰ってから何があったのか。血まみれになって、ボロボロになって。

 僕は街を走り回っていたパトカーを思い出した。彼女の吸血衝動が暴走し、誰かを襲ってしまったのか。

 ――でも、僕が血を与えているから衝動が暴走することは無いはずだ。

 それに、衣服がこんなにボロボロになっていることに関して説明できない。付着している血液もだ。


「どうしよう……」


 揺すってみるがうめき声を挙げるだけで、目を覚ます気配は無い。

 状況がよく分かっていないから、救急車を呼ぶわけにもいかない。

 自転車をここに置いて、彼女の家か自宅にでも運ぼうか考えた。

 必死に頭を回していると、足音が聞こえてきた。しかも、近づいてくる。

 この状況。見られたら、いったいどうなる?はた目から見たら僕は、女性に暴力をふるっていたクソ野郎に間違いなく見えるだろう。

 詳細は不明。言い訳に使う脳も無い。

 ……しかしそれは、杞憂に終わった。



 低く地を這う蛇のような不気味さが、そこにはあった。

 逆光で長く伸びた影が僕の陰に重なった。頂点が重なった瞬間と同時に、僕は振り返った。

 そこに立っているのは、初老近くの男。

 灰色のスラックスと合わせのジャケット、下に着ているワイシャツは一切乱れておらず振り返った一瞬で作られた様な、そんな感じがした。

 短く刈った髪が服装と合わさり、銀行員の様に見える。

 しかしそんな印象を相殺しているのは、金を貸すには必要無い、粘ついたいやらしい表情だ。

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