第9話

 それからも、僕はエリーザさんの家に通い続けた。

 朝から夜まで、話をしたり、彼女の蔵書を読み漁ったり、一緒に映画を観た、り料理を作ったり……大して変わりない、平和な日常を送っている。

 だが、一つだけ変わった事がある。


 時刻は午後三時、ソファーに座りボンヤリテレビを見ていると、キッチンから温かいココアを二人分持ってエリーザさんが隣に座った。


「面白い?」

「まあまあ、ですかねぇ……」


 本当は呆れるほどつまらなかったが、つまらないと断言してしまうのが何となくはばかられた。


「……そっか」


 ココアの入ったカップを僕の前に置き、エリーザさんは自分の分のココアを啜った。三分の一程度飲み、カップを置いた。

 僕がカップに手を伸ばし掴もうとすると、その手を優しく包まれた。握られた手はじんわりと温かい。

 視線を彼女に向ける。

 真剣かつ飢えた目でこちらを見ていた。


「いいかな?」


 ゆっくりと開かれた口の中には、鋭い犬歯が光っている。


「……はい」


 体の向きを変え、エリーザさんと向き合う形になった。そして、抱き合う。服越しの体温、感じる肉体の柔らかさ、耳元でされている呼吸。どれ一つ取っても僕の心は高ぶると共に、落ち着いてくる。


「いただきます」


 彼女はそう言って僕の首に貼ってあった絆創膏を剥がし、露わになったかさぶたの上から、齧り付いた。


「んくっ……」


 最初は鋭い痛みだったが、今は何処か心地よくなってくる。彼女はゆっくり血を吸い上げ、時たま零れる血を音を立てて舐めた。

 体に力が入りにくくなり、彼女の腰に抱き着いている腕がずり落ちかけた。

 それと同時に歯が抜かれる。


「ごちそうさまでした」

「……ども」


 絆創膏を貼り直し、ココアを一口飲んだ。気怠い体をエリーザさんにもたれかかる形で預け、僕は浅い眠りについた。

 

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