第8話
彼女は自らを醜い化け物と称したうえで、自分の過去について話し始めた。
墓石の下で目覚めた事。初めて血を吸った事。自殺を繰り返していた事。死が怖くなった事。
不老不死であるが故の苦悩、時間の流れ。
彼女の話はそれまで暮らしてきた、永い時間を十分に感じさせるものだった。
淡々と彼女は口から紡ぎだしていく。
「自分は、知ってたはず。このまま君と仲良くすれば、いつかはこんなことになることを……けど、君と過ごす時間が――楽しくてしょうがなかった」
彼女はそう話を締めくくった。
化け物。
見た目は人間と同じだが人の生き血を吸い、死なず老いる事も無く悠久の時を過ごす。
しかし、吸血鬼と違い霧や蝙蝠には変身出来ないし、日光も十字架も大蒜も聖水も効かない。影はあり、鏡にも映る。
その代わり、どんな手を使っても死ねず生きるうえでの苦しみを、永遠に味わうことになる。
人と化け物は相慣れない。
化け物の吸血衝動は、自分自身の意思の外にあり自分では我慢する事が出来なくなってしまう。
耐え切れず人を襲い、殺してしまうか人外と怖れられ、罵られるか。
襲わないように耐えても、いつかは寿命で居なくなっていまう。
化け物と居られるのは、やはり化け物しか居ないのだ。
僕の体力がある程度回復したのは、もう西の空に太陽が沈んだ頃。
不登校の息子が何処かを出歩いてる事を知っている両親も、帰りが遅くなると心配しだす。
もう少しと言って、エリーザさんは僕を引き留めようとしたけど。
「また明日も来ます」
僕のその言葉を聞いて、引き下がってくれた。彼女は、僕という存在が居なくなってしまうのが怖いのだろう。
「絶対に、来ます」
僕は言って、手を振った。
「約束だよ」
彼女の表情が少し柔らかくなった。
自転車を引いて、夜の街を歩く。人っ子一人いない暗い道は、考え事をするにはおあつらえ向きだ。
……三百と五十年と少し。彼女が生きて来た、長い時間。
日本だと、江戸時代か?フランス革命の頃だったかもしれない。歴史は詳しくないが、まず、普通の人間は生きられないだろう。
仲良くなった人間が居ても、自分を残して逝ってしまう。
その感情は計り知れない。
だが彼女はそれ以上に孤独と罪悪感に囚われ、苦しみに生きている。
それを僕は可哀想だと思うし、同情もする。
それに今日、彼女の傷を広げたのは僕だ。
彼女に寄り添う理由が、僕にはある。
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