第7話

 …………生きている?

 意識のぼやけていた輪郭がハッキリしてくる。まぶた越しの光が網膜を刺激する。

 そして、末端の感覚が自分が毛布のような物で包まれてることを脳に伝えた。

 体を動かそうにも、鉛の様に酷く重い。

 気怠さが全身を支配し、ピクリとも動かせない。

 ゆっくり、まぶたを開けた。

 丸く白いカバーが付いた蛍光灯が見える。眼球を動かす。そこは間違いなく、エリーザさんの部屋だった。


「あれ?」


 僕はあの時、血を吸われて死んだんじゃ?

 隣の部屋から掃除機の音が聞こえる。

 エリーザさんか?

 考えを巡らせようにも、血が回っておらず思考がまとまらない。

 起き上がれず、僕はそのままベッドの上でボーっと天井を眺めていた。

 掃除機の音が止み、足音がした。ドアが開く音がしこちらに近づいてくる。


「起き、た?」


 エリーザさんだ。

 いつもの、エリーザさんだ。


「…………」


 何か言おうと口を開ける、けれど何を言えばいいのかわからない。


「無理に、言わなくていいよ……」


 悲しげな表情で、エリーザさんが僕の顔を覗き込む。

 僕は間違いなくこの人に殺されかけたのに、不思議と嫌悪感や恐怖の念は無く、むしろ親近感いや筆舌しがたいが湧き上がってくる。

 これは、血を吸われたせいだろうか。


「……ごめんなさい。君を、こんな目にあわせて」


 自分を責めている時の、人間の声だ。


「別に……僕は、怒ってないですよ」


 本心だ。僕は、僕の感情をもってして彼女の元に走ったのだ。自業自得だと責められることはあっても、彼女が悪いと罵ることは出来ない。


「……本当?」

「ええ……」


 表情筋も動かしづらいが、ぎこちない笑みで答える。

 彼女はハッとした表情から涙を一筋流し、拭った。


「……座っていいかな?」

「はい……」


 ベッドに腰掛け、彼女はボンヤリ自分の部屋を見ていた。

 無言のまましばらくの時間が過ぎ、西に太陽が傾きかけてきた。

 僕の脳にも、ようやく血液が回り始めてきた。疑問がどんどん生まれて来る。

 彼女が吸血鬼だとして、何故日の下で生活出来ているのか。実際どれだけ生きているのか。彼女はこれからどうしたいのか。

 脳内にそのような疑問が雪の様に積もり、重く伸し掛かる。

 けど、これだけはハッキリしておきたい。


「……エリーザさん。貴女はいったい、何者なんですか?」


 彼女は僕の顔を見て、優しい表情で頭を撫でた。


「……私はただ……生きたいだけの、不老不死の、人の生き血を啜る、醜い化け物だよ」

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