第5話
本来ならば不法侵入罪だと躊躇う行為も、考えている余裕も無くドアを開いた。
室内は更に薄暗く、家具の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。
「エリーザさん?」
一番奥にある大きな影。その上に横たわる人間大の何か。
すり足でそれに近づく。小さく動いてることから、呼吸していることが窺える。
「大丈夫……ですか……?」
ベッドの傍に立つ。毛布の塊の隙間から、金髪の束が飛び出ていた。毛布の動きが急に乱れ始めた。
不規則に動き、微かに聞こえる呼吸音は過呼吸気味。
「エリーザさ――」
手を伸ばした瞬間、毛布が宙を舞った。意識が一瞬そちらに向く。だが、肩を掴まれた感触で我に返る。
「えっ?」
視界いっぱいに広がる金髪。その間から獣の目が僕を見ていた。向こうの体重を掛けられ、体勢が崩れる。
獣の目に射抜かれたまま動けず、ロクに受け身も取れないまま体は床に衝突した。
背中をぶつけたことによる鈍痛、頭をぶつけたことによる意識の揺らぎ。目の前が真っ暗になりかけた。
だが、首筋に激痛が走り意識は引っ張り出される。何が起こったか全くわからなかった。
じゅるり、という音と共に体から力が抜けていく。
首筋から何か吸われている。
輝きを失った金髪が扇状に広がり、その下から自分の首筋に深く、八重歯が刺さっていた。
液体を啜り上げる音はここから鳴っていた。
この時、僕は彼女が何者であるか理解した。
悲鳴をあげたくても、あげられない。
エリーザ・ベートリバーは吸血鬼だ。
「あっ、ああ…………あぁっ……」
悲鳴になり損ねた掠れた声が、喉から漏れ出る。
末端の感覚が徐々に消え失せていく。日に当たった氷にように、溶けていっていくようだ。力が抜けていくにつれ、暗い海の底に沈んでいくような――音が段々小さくなり、光の幕が閉じていき、視界の隅から暗くなる、あの感覚。
「かほっ…………」
肺に残った僅かな空気を押し出し、音も光も空気さえ届かない世界へ意識は転がり落ちていった。
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