第2話
それから僕達は話をするようになった。
他愛のない話、二人で過ごす時間。しかしそれは、居場所が無かった僕には心地良いものだった。
そんな関係が二週間程続いた頃、なんの話の流れでそうなったかはよく覚えていないが、僕はエリーザさんの家に行くことになった。
彼女は本の翻訳を生業としており、1LDKマンションの一室は本の巣と呼ぶべき有様。
「散らかってるけど」
照れながら、エリーザさんは言う。
「いやいや、気にしませんよ」
それに僕は笑いながら答える。
彼女の仕事は翻訳家。知らない国の知らない本が山積みになっている部屋に、僕は入り浸るようになった。
古文書レベルの物から最新のビジネス書まで読み漁ったり、数少ない特技である料理を振舞ってみたりした。
エリーザさんも、こんな奴の来訪を喜んでくれた。
居場所。そう呼ぶには弱く、脆い関係。しかし、居心地の良いこの場所にずっといたいと思うこの気持ちを責める者はいなかった。
そんな関係が、一ヶ月続いた頃。
エリーザさんの顔色があまり良くないことに気がついたのだ。
「大丈夫ですか?」
AKIRAを読みながら聞く。
「う、うん……。多分、大丈夫」
真っ青な顔を振りながら、作り笑いをこちらに向けた。
しかし、次の日。
いつものように彼女のマンションのチャイムを鳴らす。
しかし、聞こえてきた声は一瞬誰か分からなかった。
「宮本君?」
かなり低く、今にも消え入りそうな音量。
「大丈夫ですか? 具合、悪いんですか?」
昨日の顔色の悪さ、風邪でも引いたのかもしれない。そんな心配をしながら、声を掛けた。
だが。
「…………こないで」
「え?」
「………………押しかけて来て、迷惑してるから」
「え……」
「……………………もう、ここにはこないで」
部屋の中で走る音が聞こえ、それっきりなにも聞こえなくなった。
拒絶。
昨日まで笑い合っていた人からの、明らかな拒絶。
また居場所を失ったショックで僕はただ、立ち尽くすしかなかった。
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