母の体に針を刺す

 こんなネタ引っ張ってもしょうがないので、初めに言っておくと、虐待の話ではありません。

 でも、他人の体に針を刺すと言うのは、なかなか勇気と思い切りが必要なのです。



 母がリハビリ入院から退院した。

 長期入院だったせいで、それまでの通院や検査がストップしていた。

 開けちゃいけない箱を開けたかのように、十一月のカレンダーが一気にスケジュールで埋まった。

 病院ラッシュだ。

 今週は、整形外科と消化器内科で、CTの検査が二回もある。

 消化器内科のCTは、肝臓がんの手術後の経過観察なので、放射性の造影剤を使って検査するものだ。

 CTは、レントゲンより線量が多いらしい。

 一応続けて検査をしても良いのか聞いてみたが、答えは良いという事だった。

 一安心した。


 その、消化器内科の検査は、この後のスケジュールで、今はまだ受けてはいない。


 整形外科のCTの検査は、脊椎の検査だ。

 圧迫骨折の固定手術の経過観察。

 現時点では、問題なく良好だった。

 骨密度が低いと、骨でボルトが留まっていられず、抜けてくるのだそうだ。

 その、ボルトの抜けも、見当たらなかった。

 手術の経過は良好である。


 ただ、同じ日に測定した骨密度の結果がよくなかった。

 完全な骨粗鬆症レベル。

 骨粗鬆症は若年成人の70%未満とある。

 母の結果は若年成人の58%だった。

 同年齢の平均と比較しても86%しかなかった。


 元々骨粗鬆症の治療を受けてはいた。

 開業医の整形外科で投薬を受けていたのだ。

 週に一回飲む、飲み薬を処方されていた。

 それが圧迫骨折によって、テリボンと言う皮下注射のカルシュウム剤になったのだ。

 圧迫骨折から約1か月、開業医の下で治療をしていたが、悪化が進んでいる様子だったので、開業医から市民病院のリハビリテーション科を紹介され、入院することになった。

 入院から1か月、それでも好転しなかったので別病院の整形外科で固定手術を受けた。

 そして、市民病院に戻ってリハビリを受けて退院した。


 その中で、テリボンはいつの間にか中止されていた。

 その前の、骨粗鬆症の飲み薬に戻っていた。

 それは、専門知識を持って、担当医が状況で判断したのだろうから、それはそれで良いのだ。


 ただ、テリボンと言う薬は、一生のうち、二年間しか使う事が出来ない薬である。

 何かいろいろと決まり事もある。

 投与を始めた病院でしか続けられない。

 途中から、別の病院に変えて投与を受けるという事は出来ないらしい。

 もし、テリボンを始めることになった時、どこの病院で始めるのか、よく考えてから始めた方が良い。


 テリボンは、週に一回病院で注射してもらう方法と、週に数回、自宅で注射する方法がある。

 自宅で注射する方は、糖尿病のインスリン注射と同じと考えていい。

 オートインジェクターの中の薬が違う程度だ。


 母は、自分で注射するなんて怖いという理由で、病院での週一回の注射を選択していた。

 そう、週一回は通院の必要があった。

 だから実は、テリボンを止めていたのは、ちょっぴり朗報だったのだ。

 圧迫骨折は手術したし、もう今後は車椅子なので介護の事を考えると、2か月に一度くらいの通院の方が楽なのだ。


 今後このまま飲み薬で行くのか、テリボンを再開するのか、今回の骨密度の検査にかかっていた。

 結果は、低すぎる骨密度で、選択の余地なしでテリボン再開と言う結果だった。

 執刀医でもある担当医はテリボンを続けた方が良いと言った。

 ただ、ここで一つの提案をされる。

「週に一回でも、数回でも、薬の総量には変わりがないので、まとめて一回の注射で済ませるのは、副作用のリスクがある。2回に分けた方がそのリスクがぐっと下がるので、自宅で注射するのはどうだろうか」

 この整形外科の脊椎の専門医は、リスクとメリットを同じくらい並べる。

 特に薬については、そうだ。

 そして多分、通院による私の負担も軽減するための提案でもあるようだ。


 母は、怖くて自分では注射できないという。

 医師は、注射は私が打つことも選択に入れた。

 そして、とりあえず週2回の自宅注射を、3回だけ試してみることを、渋る母に認めさせたのだ。

 そして処方箋を書いたのだった。


 処方箋を病院の前の処方薬局に出して、一時間待たされた。

 これはさすがに母の負担が大きいと思い、帰ってから近所の処方薬局に問い合わせる。

 テリボンの在庫もあるという事なので、病院を出た後は薬局には寄らず、まず家に帰ってから、私一人で近所の薬局へ行く算段を整えた。


 さて、テリボンを注射するまで1日ある。

 インスリンと同じとはいえ、実際にインスリンを打ったことはない。

 そりゃあ不安だ。

 なにしろ他人様の体に針を刺して、薬を注入するのだから。

 まずインターネットでテリボン注射のやり方を検索する。

 シャーペンやボールペンみたいにノック式で、ボタンを押せば針が飛び出すのかと思っていたら、違うらしい。

 キャップを外して、先端のオレンジの部分を皮膚に押し当てることで、針が飛び出すらしい。

 また、一瞬で終わるのではなく、しばらく刺したまま待つらしい。

 ボディーに小窓が開いていて、打つ前は中が白い、注入が終わるとオレンジに替わるらしい。


 一通り読んだ後、今度はラインを使って友人に聞く。

 実は私には、現在介護施設で働いている看護師の友人がいる。

 看護師になる以前からの友人で、看護師になった初めの頃は手術室に居たのだが、気が付いたら介護施設に居た。

 絶賛子育て中だからなのかもしれない。

 

 お腹や太ももと言った、テリボンを打つ場所。

 母は開腹手術を受けているので、その傷を避けることの確認。

 注射する場所をつまむことの確認と、注射器をまっすぐ立てて打つ事と、アドバイスをもらう。

 そして、大丈夫と安心感をもらう。

 そして今日、両親の薬の処方箋を近所の内科でもらい、薬を買って帰ってから実践をした。

 とりあえず、座学は頭に入れた。

 

 テリボンは、冷蔵庫で保管しなければならない。

 ただし注射する時には、常温にする。

 冷蔵庫からテリボン注射を取り出し、放置して昼食をとる。

 母にお腹を出してもらい、薬局で買ってきた注射用の消毒コットンで注射する所を拭く。

 ちなみに、インスリン注射では消毒用アルコールも処方箋が出るらしいので、今度聞いてみよう。

 消毒した皮膚をつまみ上げ、キャップを外した注射器を皮膚に押し当てた。

 カチッという音がして、おそらく針が皮膚に刺さった。

 そのあとも、カチッ、カチッと音がして、小窓の中にオレンジが下がって来る。

 3回ほどカチッと言ったところで、小窓の中は完全にオレンジになった。

 5秒くらいと薬局で言われていたので、念のためにしばらく待って、注射器をまっすぐ上げて皮膚から放した。


 注射跡を見ても、血が出るどころか、赤い点すら見当たらない。

 本当に上手く行ったのか不安は残るが、薬が漏れている事も無いので、上手く出来たのだろう。

 何せ窓の中はオレンジだから。

 

 それと、母はそれほど痛みを感じなかったらしい。

 協議の結果、このままこの方法を続けることにした。

 次の診察は来週。

 お試しテリボンの結果を報告して、処方箋を出してもらうだけなので、母を連れて行かなくてもいいと言われている。

 往復5000円のタクシー代が助かった。


 ちなみに、母はスナック菓子が大好きだ。

 スナック菓子と言っても最近のハイカラなものではなく、横綱あられとかエビせんとか、伝統的なものなのだが、加工食品の食品添加物の中には、リンが含まれているモノがあって、リンはカルシュウムの排出を促進して、塩分はカルシュウムの排出を活発にするのだそうだ。

 気を付けなくては。

 骨粗鬆症の食事のパンフレットを見ながら、夕食の調理の仕事量が、一段と増えるなと、手抜きの方法を模索する。


 結局、両親二人共に、医療行為もする介護離職者たちにベーシックインカムを。

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