閉鎖病棟

 病院のエレベーターの前で入院中の母と話をしていた。

 現在はどこの病院でもコロナ禍で面会禁止だ。

 でもやり方は病院によっていろいろある。

 手術を受けた病院は、一括の受付部屋があって、洗濯物を入れたバッグを渡して、汚れ物が入っているバッグを受け取って帰る。

 患者との接触は一切ない。


 手術後のリハビリ入院をしている病院は、病棟のナースステーションでの受け渡しなので、病室までは入れないものの、鉢合わせはできるのだ。

 リハビリ室に行く患者と、病棟に上がってくる家族は、同じエレベーターを使う。

 エレベーターホールでハチ会うと言う訳だ。

 

 入浴時間が午後になってからは、入浴後2時にリハビリに行くので、それに合わせれば会えるのだ。

 もう一つは、入浴後すぐに汚れ物を回収することで、日が暮れるまでには乾くはずなのだ。


 さらには、父がデイサービスで入浴させてもらって帰ってくるので、それまでに母の洗濯は済ませておきたい。


 そんなわけで、私は2時にナースステーションにいる。

 ナースステーションからエレベーターホールは目の前だ。


 鉢合わせして話す内容は、持ってきてほしいもの。

「次、つな、持ってきて」

「つな? つなって何」

 テーブルで空になった「横綱あられ」の袋があったことを思い出してくれた作業療法士さんが、

「あっ、横綱あられ」

と言ってくれなかったら、危うくCーチキンの缶詰を買っていくところだった。

 そんな会話がエレベーターホールの前では、繰り広げられている。


 そこへ、リハビリに行くおじいさんが通りかかった。

「べっぴんさんばかりじゃのー」

 普通なら、何このエロ爺となるところだが、この病棟のスタッフは、本当にそうなのだ。

 私が入院していた病棟も含め、知りうる限りトップだ。

 べっぴんさんばかりの一人、そこにいた社会福祉士さんは、優木まおみ似。

 ナースステーションの中には、川栄李奈も居る。

 芸能人に似ていなくても、アイドルや女優に居そうな人、学校や職場で親しく話す事が出来れば、さぞかし毎日が華やいで見えるだろう人達が居る。


 ちなみにこうして堂々とこんなことが書けるのは、病棟スタッフがこれを見る心配がないからだ。

 下心が有るなどと勘違いされてはたまらない。

 必要な話を、にこやかに話すのが一番心地よいのだから。

 何せ私は介護離職者、他人様の人生やプライベートにかかわる気は無いのだ。


 電話がかかって来る事もある。

 優木まおみ似結城さん(仮名)は、対面で話すよりも電話で話す方が、何割増しかで可愛い話し方になる。

 思わず、クスッと笑いそうになる。

 ほっこりとするのだ。


 にこやかに、心地よく話してくれるので、私のうるおいにもなっていた。

 また、入院している母にも優しく接してくれるので、ありがたい。


 だが、その病棟が閉鎖されてしまった。


 実際には、今も患者は入院しているし、スタッフも働いている。

 でも、母が退院したので、私はもう部外者なのだ。

 それはもう、病棟がなくなったのと同じ事だった。


 限度いっぱいまでリハビリ入院したが、母が再び自分で立って歩けるようには、ならなかった。

 なので、通院のリハビリがあるのかと思っていたのだが、入院でリハビリをして退院したら、もうそこで通院のリハビリはできないらしい。

 今後は、病院ではなく福祉施設でのリハビリになる。

 一から合う施設を探さなくてはいけない。

 めんどくさくて不安だ。


 退院の日、長期入院でカート二台分にもなった、いっぱいの荷物を抱えてエレベーターホールに居た。

 そこへあのおじいさんが通りかかった。

 結城さんが居る事務室を覗き込んでいる。

「なんじゃー。結城さんは居らんのかー」

 しょんぼりしながらリハビリに連れて行かれた。

 結城さんはさっき、エレベーターで降りて行ったところだ。

 ってか、どんだけ結城さん大好きやねん!


 私は今、マスクの呪いにかかっている。

 息苦しい、それもある。

 それとは別に、母が手術を受けた病院で、看護師さんにやたらと、娘に間違えられるのだ。

 若い頃、女子に間違えられるのは、日常だった。

 母の友人が私を見て、御世辞を言おうとした。

「いやぁー、お宅のお兄ぃちゃん…」

「奇麗になってぇー」

 どうせお世辞なんだから、嘘ついてかっこよくとか言え、と思った。

 そんな事も三十代からはほとんどなくなっていたのに、コロナ禍でマスクをするようになって、呪いが復活した。


 同じ看護師さんに、続けて娘と言われたら、めんどくさいのでいちいち訂正しない。

 そしてこの外来は、まだ閉鎖されていない。

 手術の執刀医が主治医になるので、これからも通院は続く。

 娘地獄は続くのだ。


 そういえば、私の前生は女性だったらしい。

 昔友人が前世占いに行った。

 その占い師は、写真を持って行くと友人が前世からのつながりなのかも見てくれるというのだ。

 その占い師は、前世からの友人ですと言い放った。

 さらには私の事を、

「下手な声の掛け方をしたら、振り向きざまに平手が飛んでくるような、例えて言うなら、秘書と言った感じのオンナ」

と言ったらしい。

 友人は、笑い転げていた。

「個人的に秘書とモメましたか」

 と、聞いてやりたいトコロだが、伝言なので成す術はない。


 エレベーターホールでおじいさんは言った。

「べっぴんさんばかりじゃのー」

 まさか、ね。


 そんなべっぴんさんな介護離職者たちに、ベーシックインカムを。

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