ある一日

 今年の初め、桜の咲くころ。


 母が尻餅をついたはずみで、脊椎を圧迫骨折し、立ち上がれなくなった。

 二人介護の始まりである。


 そんな、ある一日。


 五時半頃起床。

 昨夜の飲み残しの緑茶でうがい。

 マグカップ三杯のブレンドむぎ茶で水分補給。ちなみにこの中に入っているルイボスティーには、毛細血管を作る効果があるらしい。

 コーヒーを作って部屋に戻り、飲みながら水分が吸収されるのを、少し待つ。

 入浴。


 私には同徐脈と言う心臓病があって普通より心拍数が少ない。睡眠中はもっと少なくなるので、活動を始める前に血の循環を上げておく必要があるのだ。でないと、怪我をする。


 父は、体重が重い。おむつ替えにも力が要る。

 デイサービスがない日には少し寝坊をして、オムツを替えてから入浴したくなるが、それをするとてきめん怪我をする。

 実は今朝それをやって、今腰が痛い…。


 まぁ、それは置いておいて、入浴とマッサージで血を巡らしたら、神棚の榊の水とお供えを替える。


 両親の部屋へ行く。

 まず、母の湿布を張り替える。足、腰、肩、かなりの枚数を張り替える。圧迫骨折による痛みの他に、ひざと肩の軟骨がすり減って痛みがあるからだ。

 着替えを手伝って、社会福祉協議会から借りた車椅子に座らせる。


 この時まだ介護認定は申請中で要介護度はまだ出ていなかった。車椅子のリースが可能なのは、要介護度3からだ。

 もし急に車椅子が必要になったら、近くの社協に行って見よう。無償で借りられる車椅子があるはず。

 医師の診断書などは必要なく申告で借りられる。

 場所がわからなければ市役所などの福祉の窓口で聞いてみよう。同じ館内か、すぐ近くにあるはず。


 母を車椅子に乗せて、トイレ、洗面を済ませ、居間に移動したら朝食をとってもらう。

 母の布団をかたずけて、福祉レンタル業者からリースしている、父の車椅子を出す。

 父のオムツを替えて、ストマーのチェック。


 ストマーというのは、人工肛門に着けている、便を溜めるための袋で、特殊な粘着シートで張り付けている。

 便が溜まっていれば抜くし、はがれそうだったら、ストマー自体を貼り換える。

 もし自分ではがしてたら、とりあえず怒る…。

 痒いとか、何か気に入らなかったのか、父は自分でストマーを剥がしてしまう事が有る。

 ちなみに、人工肛門は外科手術で作るので必ず入院する。

 介護で人工肛門になった時、高齢者が人工肛門になった時、同居の家族は、病院でケアの練習をさせられるので、独学で実践することはない。

 でも行かなければそうなるので、介護をする可能性があるのであれば、出来る限り練習には参加しておくことを、お勧めする。

 上手く貼れないと、シワになってそこから便が漏れたり、剥がれやすくなったりする。

 馴れておく事は、後で助けになる。

 臭くて、汚くて、嫌だけど。


 ストマーが済んで着替え。

 着替えたら車椅子に移乗。

 重たい体を起こして、ベッドの端に座らせ、ヘッドを車椅子の座面より少し高いところまで上げ、ズボンの後ろのウエストを掴んで、持ち上げながら、三回くらいで移乗。


 リースの車椅子はいろんな所が外せたり、動いたりする。

 ひじ掛けは、ガルウィングだ。ステップも外せる。

 それでも車輪は邪魔。ストッパーのレバーも、どうにかならんかと思う。


 車椅子に座らせたら薬と朝食なのだか、父は最後の一口が飲み込めない。

 食事中の頃合いを見計らって、食事と一緒に薬を飲ませるのだ。


 ちなみに、食間とは朝食と昼食の間とかという事で、食事中に薬を飲むことではない。

 私はかつて、その間違いをした事が有る。

 もっとも、現在は「食間に服用」と言う薬は、ないらしい。


 とにかく父の朝食からは、離れられない。

 ので、そこで検温もするし、ケアシーツも干す。

 食事が終わった頃に、デイサービスのお迎え。

 九時前後になっている。


 父をデイサービスに送り出したら、今度は母の通院だ。


 準備をして、朝食の済んだ母を車椅子に乗せ、病院へと向かう。

 家には車がない。

 家の前にショッピングセンターが出来てからは、車を使う事がほとんど無くなったので、処分してしまっていた。

 あるのは、自転車と原二スクーターだけだ。

 だからタクシーが必要なのだが、往復で三千円ほどの出費になるので、雨が降っていなければ、そのまま五キロほど車椅子を押して行く。


「はじめに」で、ベーシックインカムをと書いたが、それで夜飲み歩こうと言う訳ではない。

 こういう時に、介護タクシーを利用する費用に、あてられるのだ。

 介護離職で収入がないという事は、つまりこういう事なのだ。


 病院で母は、テリボンと言う骨粗鬆症のカルシュウム剤を注射してもらい、電気治療等を受けて、診察。

 最後は処方薬を受け取って、支払いをする。

 また、車椅子を押して帰るのだ。

 少し遠回りだが、桜が咲いていたので、桜並木を通って帰る。


 家に帰りつくと、母を居間に座らせ、母の昼食と、私の朝食兼昼食を作る。


 昼食を食べたら、車椅子を使って母をトイレに連れて行き、また、居間へと戻す。

 次に、父のベッド周りの掃除をする。

 皮膚科に掛かっているだけあって、粉状の皮膚片が落ちている。

 食べこぼしも落ちている。だいたいご飯粒だ。

 干してあるケアシーツを取り入れ、ベッドメイクをする。


 バイクにまたがって買い物に出かける。

 大体は生協のグループ購入の配達で購入するのだが、カタログに出なかった必要なものは買いに行くしかない。

 家の前にショッピングセンターがあっても、安いものを求めて、格安食品スーパー、業務スーパー、ホームセンター、チラシの品、を求めて走り回る。


 帰って来たら、ちょっと休憩して、父がデイサービスから帰ってくるのを待つ。

 帰って来たら、車椅子から介護ベッドに移譲して、おむつの交換。

 パンツタイプのオムツは、寝転がると横漏れするので、パットを足して、尿取りパット三枚体制の就寝バージョンにするのだ。

 ベッドの背中を起こしてあっても、父は何とかして寝転がろうとする。

 施設では座っているらしいが、家では寝るのが最優先らしい。

 横漏れで服もケアシーツも汚されてはたまらないので、帰ってきたらすぐに、両サイドに尿取りパットを追加するのだ。

 父は体重が重いので、便器の横に車椅子を横付けできない、家の狭いトイレでは、トイレには連れて行けない。

 前立腺肥大で泌尿器科に掛かっているのだが、もう自分ではおしっこを出したり止めたり出来ない。

 おむつを替えている最中でも、おしっこを漏らす。


 オムツを替えたらストマーのチェック。

 

 お風呂に入れてもらって帰ってきているので、汚れ物をほり込んで洗濯機を回す。

 ちなみに母の入浴は自宅で、通院のない日に入れていた。

 当然介助は必要。


 車椅子をお掃除シートで拭く。


 ちょっと間があって夕食の支度。

 母と私の分は、一緒に作れるが、父は別メニュー。

 父には、タンパク質とビタミンは取らせたいが、カロリーは取らせたくないのだ。

 ささみ、卵、トマトは外さない。

 

 少しご飯を食べた所で、薬を飲ませる。

 薬を飲んだのを見届けた頃、洗濯機が止まる。

 一旦洗濯物を室内に干す。翌日、雨が降っていなければ、外にも干す。


 自分の晩御飯を食べた後、洗い物を済ませて、ゴミ出し。

 一時間半ほど休憩したら、八時代の番組が終わって、母をトイレに連れて行き、消灯。

 

 一時間ほど自由時間を過ごして、就寝。


 強制力を持って、国の方針が絡んでいる以上、介護離職者に、ベーシックインカムを。

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