14 対決(3)

「……ひどい……」満裡の目に涙が浮く。

「演技なんだよ、全部」マエダはため息をつく。「おまえだって演技だったろう。世の中そんなもんだ。おい、起きろ、いつまで寝てる。女を連行するぞ」倒れている黒服を足先で蹴った。

 戦え!——その時、声ではなく、強烈な〈意志〉が頭の芯を貫いた。

 ——誰?

 本能が胎内を意識した。、なの?

 信じられないほどの気迫が胸に充ちる。奮い立つ。自分を超えた〈意志〉がそこにある。歯茎が疼き吸血牙きばが生える。

 満裡は踏み出した。

 倒れ伏した房江がこちらを見ている。〈意志〉は房江にも及ぶのか、満裡を追う目は光を失っていない。そして残った力を結集するように、苦し気に顔を歪めた。

 マエダは向かってくる満裡を意外そうに見た。「おい、止めとけ。実験動物モルモットを傷物にしたくない」

 感じる。躰の内側で〈力〉が発動する。

 満裡の姿がひび割れたように歪む。

「ほお、のか」マエダは嬉しそうに言う。ゴルゴダを再度ONにする。

 わたしには無理。でも、この胎児はできる。

 姿はモザイクと化した――跳ぶ。

 マエダの背後で光の罠が獲物を捕獲した。

「何度やっても同じだ」そちらを向いた。だが、光に捕えられているのは、ぐったりうなだれた房江だ。血を流した唇が、マエダに向かってニヤリと笑った。

「わたしなら、こっちよ」先に跳んだ房江がトラップを引き受けた一瞬後、真逆の位置に満裡は実体化していた。

 あわてて振り向くマエダのくびに満裡の吸血牙きばが食い込む。致死量を超える冥素を叩き込む。眼球が上転しマエダは即死した。

「ネムはよ、マエダさん。人間をね」崩れ落ちる男に言った。

 倒れていた黒服二人が起き上がる。ぎこちない動き。電撃の麻痺が残っている。怯えたように満裡を見る。血濡れた吸血牙きばを口からのぞかせた鬼女を。

 廊下に待機していた男たちが姿を見せた。ガスマスクをつけ銃を構えている。

 ここからどうするの?

 先ほど導いてくれた〈意志〉は沈黙している。

 これ以外の〈力〉はないの?

 心の耳を澄ます。

 何とか言いなさい!

 ガスマスクはこぶし大の物を二つ応接室に投げ込んだ。重い音をたてて転がり激しくガスを噴き出す。

 もうだめ──

 そのとき、急に部屋の明度が下がった。薄闇が垂れ色彩が痩せる。

 ガスマスクの男たちは何かを見失ったように顔を巡らせている。ゴルゴダの端末をマエダの手から取り上げようとする者がいる。

 ゴルゴダが作動しない僅かな時間を狙ったように、応接室の光景はフェードアウトした。

 空間の狭間にいる。満裡は浮遊していた。薄墨を流したような濃淡の層を運ばれてゆく。ゴルゴダの禍々しい光が獲物を追って触手を伸ばす。のたうつ。だが追いつけない。光の罠をぎりぎりで振りきり、跳ぶ。

 星空が拡がる。邸の外だ。加速する。闇を背景に、星々が光の線と化した——

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