12 対決(1)
*
夜。仲嶋邸。黎は薄目を開けて訪れた満裡を確認したが、すぐに閉じた。頬が白い。
この邸の二人の冥種が必要とする人血は、支援ネットワークを通じて供給される。善意の〈献血〉だ。保存技術発達の恩恵により不足はない。それでも満裡は、自分の躰から直接与えてやりたい。心臓を通ったばかりの温かい血を。だが、妊娠してからは房江に禁じられていた。
血を与えた後の猛烈な飢餓感が懐かしい。吸血時に分泌される冥素によるものだ。栄養摂取を促して血液供与体を
ベッド脇の椅子に座り、反り返った長いまつ毛を見つめた。それはヒクヒク動く。ときおり呼吸が苦しげに乱れる。
満裡は毛布の下で黎の手を探りあてた。弱く握り返してくる。しばらくそうしていると息づかいはおちつき、つないだ手から力が抜けた。黎は眠りに落ちた。
咲いた花弁のような唇はまだ性徴が薄く、女の子のようだ。かるく唇を重ねる。すこし倒錯的な気持になる。
寝室を出て階段を下りると応接室の声が途切れた。ドアを開ける。房江とヤブキと仲嶋が揃っている。ヤブキがいるのは珍しい。
房江は満裡のために紅茶を淹れた。
房江が戻るのを待って、仲嶋は満裡に顔を向けた。彼は亜種で、支援ネットワークの連絡員といったポジションにいる。温厚な口元が話し始めた。「黒十字が動いているようです。移動の準備をすべきだと話し合っていました」
「黎さんの状態が良くないから、できれば動きたくないけれど……」房江は渋る。
「早いほうがいい。監視エリアが特定される前に黎さんは東北へ」仲嶋の言い方には危機感がにじんでいる。
「ではプランどおり」房江は満裡に向く。「満裡さんには留学してもらうことになります」
「留学!」満裡は驚いた。
「成績優秀ですから不自然じゃないですよ。ご両親のことも、事後処理は任せてもらって大丈夫。何通りもストーリーは用意してあります」房江は微笑む。
「国内は危険ですか?」
「北米にはサポート拠点が多い。何かあれば南米へ抜けることもできます」仲嶋が応えた。
そのとき、アラームの鋭い音が邸を貫いた。屋外へ拡がらず邸内の隅々まで伝わる特殊音波だ。
こもった破裂音が響く。二階——黎の寝室だ。細片になった窓ガラスが床に散らばる音が続く。
「消音兵器! 黒十字だ」房江が言う。
「遅かった」痛恨の呻きを仲嶋は洩らした。
全員が立ち上がった。
いきなり真昼の光が庭から射した。振り向くと、ライトを背にした屈強な影が横並びしている。
階段を複数の靴音が駆け下りてくる。それはドアむこうに展開した。
囲まれた。
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