11 キャンパス
*
新学期。四年生になった。春休みに帰郷しなかった満裡に、両親は
そのつもりはない。婦人科で妊娠を告げられたのだ。
十六歳の男の子を夫ですと紹介するにしても、子供を産んだ後のことだ。ゴタゴタは嫌だ。誰にも反対させはしない。駆け落ちでもかまわない。
聞いたところでは、何処へ行っても
彼らが冥種に託す
もたらされる真相は積み重なるばかりだ。これまで足元を支えていた日常の大地は底が抜け、真下に、黒い感情に彩られた世界が露わになっていた。もう何を聞いても驚かない。
それでも満裡は、いま感情が内側にだけ向いている。まわりが警戒する黒十字への恐怖も、遠い国のことのように実感がない。妊娠の告知を受けてから、暖色の雲間に身を預けているようだ。柔らかな幸福感に抱かれている。腹に掌を置いて、知らぬ間に微笑んでいたりする。
キャンパスの喧噪が遠く聞こえる。若い声が跳ねまわっている。まるで別世界の音のようだ。葉桜の翳になった校舎脇のベンチで、満裡は取り留めのない想いの中にいた。
ぽんと肩を叩かれる。ふり仰ぐと、真白いテニスウェアの眞鍋美知が立っていた。
「考えごとしてる?」美知は隣に掛けた。
「考えることが多過ぎて」
「変な噂、気にすることないよ」
言われて、ああ、と思った。学内を噂が舞っている。満裡は風俗嬢をしている。満裡はヤクザ者とつきあっている——
「フラれた腹いせに悪口言いふらすなんて、最低ね」美知は健介のことを言っている。
どうでもいい。ふっ、と満裡は笑った。
美知は不思議そうな顔をする。「満裡、雰囲気変わったよね。なんていうか、どっしりしちゃって……心配いらないみたい」
「ありがとう。大丈夫だから」
「うーん。なんか、変に幸せそうなオーラ。ひょっとして、前に言ってた運命クン現われたとか?」
満裡は無言で微笑み返す。その顔は屈託のない輝きを帯びていた。美知は少したじろいだ。
「ま、いいや。またモーヴでランチしよ」もう一度肩を叩いて美知は立った。
わたし、
空は抜けるように青い。
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