04 暴行


               *


 ヤブキは毎週ネムを指名した。チップも毎回だ。

 無理している。無造作を装うお金の出し方が、逆に芝居じみている。いつもネイビーのジャケットとグレイのスニーカー。マエダに張り合っているらしいが、オーナー社長とは勝負にならない。

 四回目の指名。四回目のチップ。ネムは不安になる。

 添い寝タイムにマエダに話してみた。

「本気になられると怖いね。特に、若いとね。お店に指名を断ってもらったら恨まれるだろうし……」マエダは天井を見つめて少し間をおく。「もう風俗はなさい」

 あっさりそう言われてすこし驚いた。

「マエダさん、寂しくない?」

「そりゃ、寂しい。でもね、こういう場所は、交わるはずのない道が交わるところだ。所詮きみは別な道を行く人」

「へえ、ドライなんだ。そう言って別なに行くんでしょう」

「みんな通り過ぎるんだよ、オジサンの前を」

 急に喪失感を覚える。失うものは、いつだって不相応な煌めきを帯びる。

「どうしてもお金が要るのかな?」マエダは遠慮がちに訊いた。

 ネムは首をふる。をしているなんて言えない。

「おいしいもの食べに行こう。送別会。店を決めて連絡するよ」目尻の笑いじわがやさしい。子供にするようにネムの頭を撫でた。

 フロントで部屋代を払い、マエダは駐車場へ続く出口へ、ネムは正面玄関へ、手を振り合って別れた。

 玄関横の駐車場は灰緑色の目隠しカーテンが覆っている。その前を通ると奥からマエダの声がした。「なんだ、きみは!」

 ネムの足が止まった。

 もみ合う音。鈍い打撃音。どさりと重いものが崩れ落ちる。

 厚いカーテンの隙間から、ニット帽の男がとび出して来た。グレイのスニーカーがこちらに目もくれず走り去る。すぐの路地へ折れて消えた。

 ヤブキくん……

 カーテンの隙間から覗く。アウディの横にマエダが倒れている。うつ伏せた顔の下に血溜まりがある。

 ネムは押し殺した悲鳴をあげた。

 どうしよう。どうしよう。

 気がついたら走っていた。走って事務所のビルに逃げ込んだ。駆け寄って手当をしようとも救急車を呼ぼうともしなかった。

 わたしのせいだ。マエダさんの乗るアウディ——ヤブキとの会話で喋ったことがある。

 事務所に戻り、体調不良を理由に残りの予約をキャンセルした。店長は渋い顔をしたが、ネムのただならぬようすに頷いた。

 店を出る。満裡に戻る。早足になる。逃げる。

 駅のトイレに入りスマホを操作した。今日で辞めると店にメールを送る。店用に作ったアドレスを削除する。これで店ともマエダとも繋がらない。

 いい気になっていた。指名が増え指名料が上がり、ブログで男たちを競わせて手玉にとった気でいた。思い上がった小娘に、オスの本能が牙を剥いた——

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