5-4 友人の存在
◆
青柳と次に会ったのは、九月の頭だった。
「たまには俺に付き合えよ」
賀来さんが定位置にしている席に座って、こちらを眺めながら青柳が言う。僕はその日の店頭に出ていたミストと海外SFについて話していた。ミストが素早く青柳の分の紅茶を用意し始める。
「今日はジェダイマスターはいないの?」
「ジェダイマスター……?」
礼を言って紅茶を受け取り、カップからミルクティーをすすり、ああ、と青柳が気づいた。
「遠藤さんのことか。お前のことだから、シスの暗黒卿と弟子、と表現したんじゃないか」
「二問中二問の正解、って感じかな」
「そうかい。まぁ、いいや。少し本でも読もう」
さっと席を立ち、僕はミストとカウンターを挟んでやり取りを始めた。
「アーネスト・クラインの新作って、いつ出るんでしょうね」
話の続きに戻ると、ミストが妖艶な笑みで、どうかしらね、と答える。
「十束さんは「ゲームウォーズ」より「アルマダ」の方が好きなんでしょ?」
「映画を見たら、ちょっと評価が変わったかな。「ゲームウォーズ」は映画の「レディ・プレイヤー1」から知ったんだけど、補完できるようで、できないような、不思議な感じです。映画と原作では、どちらかといえば、原作派だし。そのうち「アルマダ」が映画化されると思うけど、そこでまた再評価だと思います。ミストさんはどっち派?」
「もちろん、「ゲームウォーズ」派よ。「アルマダ」も面白いけど、「エンダーのゲーム」を読んじゃうと、少し評価しづらいでしょ? それと、「アルマダ」は作中の時間の流れが遅すぎる」
うーん、と僕は唸るしかない。
「それを言ったら、「エンダーのゲーム」は作中時間が長すぎるくらいですね。その点でも「エンダーのゲーム」を評価している?」
「あの小説は好きなうちの一本なのは確かだわね」
その言葉の後、青柳が戻ってきた。手に持っているのは、西尾維新の「クビキリサイクル」の文庫だった。西尾維新のファンが必ずたどり着く一冊だ。そしてこの作家の完成度の高さ、最初期から完成されていたことに、驚かされる。
青柳の邪魔をしても悪いので、僕は手元の本を開いた。ピーター・トライアスの「メカ・サムライ・エンパイア」である。この本を本棚から持って行った時、ミストと、フィリップ・K・ディックの「高い城の男」の話になり、それがどういうわけか、アーネスト・クラインへ脱線したのだった。
夕方になるまで、じっくりと読書に打ち込んだ。
テーブルにいた二人組のカップルが出て行ってから、不意に青柳が顔を上げた。
「十束、俺がこの店に来たきっかけを聞いているよな?」
僕は彼の方を見て、曖昧にね、と答えたがそれを前に、うん、と青柳が頷いた。
「彼女から聞いたよ。お前も井上靖にたどり着いたってね」
「たどり着いたけど、深くは沈まなかったよ。今も「額田女王」しか読んだことがない」
「そうかい。まぁ、そういう同類が俺をここへ連れてきてね、俺が同じような立場の同志、同類であるお前を、ここに引っ張り込んだわけ。感謝しろよ」
ありがたく思っているよ、と応じると、ちゃんと通えよ、と青柳が唇の片端を持ち上げる。
「彼女とは付き合っているの?」
さりげなく訊ねると、彼女? と青柳が驚きを隠せずにいる。
「彼女って、遠藤さん?」
「そうだけど、他にはいないじゃないか。違うの?」
難しそうな顔になり、遠藤さんには相手がいる、と青柳が答える。
「相手?」
「遠藤さんには彼氏がいるよ。折田さんっていう人。大学三年生」
「え? 青柳と付き合っているんじゃないってこと?」
「そう言っているだろ」
記憶の中で、通りを女の子と手をつないで歩いている青柳の後ろ姿を思い返した。
あの青柳は、青柳にそっくりの、別の人か? とてもそうとは思えない。
「青柳、誰かと付き合っている?」
「これでも健全な大学生だからな」
今度こそ、静かな波が押し寄せて、ふぅん、としか応じることができなかった。
「ま、お前も頑張って女遊びをしなさい」
ポンと肩を叩き、本棚の方へ行ってしまった。ミストがこちらに近づいてくる。
「「アルマダ」は恋愛要素が少ないから、少しは「ゲームウォーズ」のパーシヴァルを見習いなさいね」
「手痛い教訓、として、胸に刻んでおきます」
「もうひとつ。遠藤さんは青柳さんを恋人にはしなかった。あんなに面白い人なのにね」
本棚のところで振り返った青柳が、僕たちの視線を正面に受けて、ちょっとたじろいでいる。
「何か失言があったかな?」
なんでもない、と僕たちが同時に答えると、そりゃよかった、とこちらに青柳は戻ってきて、荷物を手に取ると会計をして店を出て行った。
「十束さんも遠藤さんが気になるの?」
二人きりになったからか、ミストが砕けた調子でそう言ったので、思わず答えるのに戸惑ってしまった。
「気にならないわけじゃないですけど、あまりにも高嶺の花で、眺めるくらいかな。花の中には眺めるだけで満足するものがあるし、それは本の装丁にも言えることですね」
「例えば?」
「森博嗣の「マインド・クアンチャ」のハードカバーの装丁は、最高ですね」
「ああ、あれね。すごいデザインではある。ちょっと扱いづらいけど」
そんなことを言いながら、ミストは新しく淹れたミルクティーを新しいカップに注いで、僕の手元の空のカップと交換してくれる。
「うちの子猫ちゃんたちも、魅力的よ」
……子猫ちゃん?
ミストは僕の疑問の視線に笑みを返し、青柳が残していったカップを回収し、洗い始めた。
(続く)
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