Part 12
弐ノ神は試合開始直後、苛立ったように乱暴に廃墟を駆け抜けていた。
「ぐ、くそ……!」
時折がくんと体勢を崩しながら、苛立つ理由は一つ。機装を十全に扱う事ができないからだ。
「くそ……なんでこんなに使えねえんだ。どうして俺には使えねぇ」
弐ノ神が使っている機装は弐ノ神の物ではなかった。
火事で焼けてしまったため、弐ノ神自身の機装は使えない。代わりに使う事になったのは、一之瀬の機装だった。
細身で軽装。敵の攻撃を見切り、カウンターの鋭い一刺しを狙う。その他、指揮官機として通信や索敵能力に長けた性能を持っている。
重量級で破壊力に物を言わせる弐ノ神の機装とは、真逆と言って良かった。
その違いは悪路であれば姿勢制御にすら手こずる程で、普段の感覚で扱えば転倒してしまう。
「こんな状態で、どうする。どうやって戦えば……」
そして弐ノ神は一之瀬の機装についていた銃火器や、敵の弱点を一突きにする細長い剣に目をやる。
やはりどう考えても、扱える気がしない。
弐ノ神は一之瀬の機装の上から、焼け残った自分の機装パーツを重ねて装備していた。おかげで細いシルエットは頑強に厚みを増し、その両手には巨大なナックルガードが装着されている。
敵に弱点とバレては困るので、焼けた痕や継ぎ目は上から黒くて長い布で覆ってある。
ちなみに、剣は手に持っていない。弐ノ神の剣は焼け残ったのだが、修理をしても一度振り回すだけで自壊してしまうような状態だったのだ。
もちろんゼロから新しく作る事もできたが、剣の構造が特殊だったため、一日ではどうにもならなかったのだ。
「……まぁ、良い。やれるだけの事は……」
その時。弐ノ神は前方にそれを見つけた。
「ふーんふふんふん、ふんふんふーん……」
鼻歌混じりに廃墟の中をゆったりと歩く、長身の人影。
細長く、腕が異様に長く膝下まである。猫背のまま空を見上げるような奇妙な姿勢で腕をだらりと下げて歩いている。
「ふーんふふんふん……」
戦場である事すら知らないような、ゆったりとした足取り。
黄色と赤に彩られたその機装は銃火器や刀剣すら装備しておらず丸腰だった。
「…………」
弐ノ神は咄嗟に身を隠すと考える。
弐ノ神にとって、脅威となるのは準決勝で見た四つ腕の化け物だけであった。映像で見る限り、家鴨高校のエース機で、それ以外に脅威はないと判断できた。
家鴨高校の部長には勝てると思ったし、残りの眼鏡をかけた女も話に聞いた限りでは単なる工作員。
とすると、目の前をフラフラと歩く黄色い骸骨のような機装は、ここまで試合に出ていなかった工作員の女だろう。
何の武器もなく、骸骨のような細く華奢な身体。自覚があるのか頭部は髑髏を模していた。
「やるか」
物陰で拳をガチガチとぶつけてから、弐ノ神は一呼吸。そして飛び出した。
「吹き飛べ!」
加速しながら突撃し、その背後から迫った。
しかし骸骨は寸前で弐ノ神へ振り向くと、ぽんと軽く地面を蹴って避けてみせる。
「あ、あはは……あはははは! 試合だ試合だ! やったやったぁ! あはははははは!」
けたけたと耳にうるさい笑い声を上げる骸骨。
弐ノ神は奇襲を避けられた事に苛立ちながらも、味方に位置情報と通信を送る。
「弐ノ神だ。敵を見つけた。……が、なんだ……こいつ。何というか……うるさい」
「あははは! あはははは! やっと出番だやっと試合だ! あはははははは!」
耳障りな声に顔をしかめつつ、弐ノ神は拳を構える。射撃武器どころか、丸腰の敵など弐ノ神にとって何の脅威でもない。
すぐに破壊し、次に向かうべく。加速してもう一度殴り掛かる。
「あはは! あははは!」
すい、すい、と上半身を器用に揺らして避けられる。そして丸腰とは言え加速装置は取り付けてあるようで、骸骨は滑るように距離を取った。
「はぁーあ面白い……。はじめまして。ナッツです。あなたは?」
細くて長い両腕を翼のように広げると、ナッツはそう言った。
「弐ノ神だ」
素直に答えると、うんうんとナッツが頷き、弐ノ神をじっくりと観察するように見る。
「んー? なに、その機装。騎士……にしてはそれ、マントじゃないよね。……ヤンキー? 不良? 番長? あぁ、オールドヤンキーファッションね。さしずめ、バンカラスタイルとか?」
装甲で肥大した上半身と、硬く握られた巨大な拳。そして足首まで伸びる黒い外套。ナッツはそれを見て、そう評した。
「まるで喧嘩番長だね」
弐ノ神は内心で苦笑すると、拳を構えなおす。
「そうだ。殴り殺してやるよ」
「やーん!」
幼い頃からやってきた事である。何度も何度も人を殴りつけてきた。
結局、自分は騎士にはなれなかった。最後は剣でなく拳を握る事になってしまった。
自嘲して鼻で笑うと、弐ノ神は弾丸のように飛び出した。
慣れない機装であっても、前方への突進だけならば姿勢も何も関係ない。真っすぐ行って、殴りぬける。
それだけで、丸腰の華奢な機装など粉砕できるはずだった。
「あのさぁ」
しかして、弐ノ神の拳はまたも届かない。突進した弐ノ神の、その横にナッツは回り込む。
「きみ、舐めてんの?」
弐ノ神の視線がナッツに移り、体勢を整える。舌打ちと共に再度構えなおした所で、弐ノ神は肩の装甲がなくなっている事に気が付いた。いつから外れたのか、足元に落ちている。
「…………」
「部長の所には行けないよ。弐ノ神くんだっけ? あのさぁ……ちょっと機装を舐めすぎ」
だらりと下げた腕を片方だけ持ち上げ、頭を掻くようなポーズをしている。それから小首を傾げると、ナッツは退屈そうに言う。
「せっかくだから時間かけて、遊んであげる。どうせアオイちゃんはミーコに勝てないし、ヒーロくん一人しかいないなら、もう弐ノ神くんで遊ぶしかないもんね」
わざとらしく肩を落とすナッツ。弐ノ神はもう一度殴りかかろうとして、加速装置を起動した。
「はい二回」
起動した、と同時にナッツが隣に立っていた。
一歩二歩で詰められるような距離ではなかったはずで、しかし確かに滑るようにナッツは近づいていた。
弐ノ神には、その移動する様子が見えていた。確かに見えていたが、あまりに自然で、それでいて速過ぎたために自分が水の中にいるようにすら感じられた。
そしてもう片方に残っていた肩の装甲が地面に落ちた。
「あのさぁ……。もっとしっかりしてよ。もう二回死んでるんだよ?」
その言葉で弐ノ神は理解する。両肩の装甲はトラブルや故障で落下したのではない。ナッツによって、すれ違いざまに切り落とされたのだ。
「っぐ! この……!」
苦し紛れに振り回した拳は当たらない。
「あ、もしかしてナッツが誰だか知らない? 残念だなぁ。去年まではみんな見ただけでわかってくれたのに」
ナッツは愉快そうに笑うと、後方に跳ねた。その一度の跳躍で、周辺にあった瓦礫の山の上に飛び乗る。
弐ノ神を見下ろし、再び両腕を広げた。
「音速妖精、格闘チート娘、白兵戦の天才。どう呼んでも良いけど、昔のあだ名で呼ぶのはやめてね。あれ、もう辞めたから」
弐ノ神は誰かが言っていたのを思い出した。
一之瀬から勉強になるぞと貸し出された、中学生の全国大会の映像。それを見た誰かが言っていたのだ。そいつは、
「レイジングサマー……」
仮想空間の太陽を背に、黄色い骸骨が嗤った。
ナッツは気分の高揚を抑えられなかった。
高校に入学してから、ただの一度も試合に出られず、やっと出られたと思いきや、今度はせっかくの敵は失望するほどに弱く。だがそれでも、ナッツは高揚していたのだ。
「やっぱり、機装は楽しいなあ」
にやにやと笑みがこぼれる。
見下ろした弐ノ神はどう見ても機装の調整が間違っている。と言うより、既に誰かの癖がついた借り物の機装に乗っているように感じる。それも、かなり癖が強いタイプだ。
そんなもので自分の速度に少しでも追いつけると思っているなら、怒りを通り越して笑ってしまう。
虫けら風情が太陽まで飛ぼうと言うのだ。
ナッツにとっては冗談でしかない。
とん、と瓦礫の山を蹴って自由落下。着地と同時に、無音に改造された加速装置で地面を滑る。そして弐ノ神の腰の装甲に手を伸ばした。
丸腰の手が触れる瞬間に、手の甲から鋭い三枚の刃が飛び出す。ある程度の速度で振った時にだけ飛び出す仕様になっている、単純なものである。
仮に折れても、その時は腕に折り畳んで内蔵された新しい刃が自動装填される。
「にゃおーん」
ナッツ個人としては、猫の爪を意識しているつもりだが、一度もそう呼ばれた事がない。
中学生の頃にそれは、存在しない所から出現する刃として、死神の鎌に例えられていた。
腰の装甲を切断された弐ノ神は、ナッツの動きを目で追えてはいるものの、まるでついて来られない。どころか下手をすると、本当に丸腰だと思っているのかも知れない。
攻撃の一瞬だけ飛び出す刃を見切るだけの動体視力はないのだろう。
「ねぇ。避けなきゃダメだよ頑張って」
「この……!」
ぶん、と振り回される単調な拳。力任せに叩き付けるだけで、ナッツには止まってすら見えるようだった。
ナッツの動体視力、反射神経は幼い頃から常人離れしており、それは中学生の頃に部活動で開花した。
敵味方を問わず、銃弾の雨すら目で見て避ける様子は驚異的かつ圧倒的で、それだけでナッツは周囲をねじ伏せてしまえていた。
最初にレイジングサマーと呼ばれたのは、いつだったか覚えていない。その由来は単純で、ナッツが自作した必殺の動作パターンを見た誰かがそう言ったのだ。
人の動きにセンスの悪い名前をつけやがって、などとナッツは憤慨したが、その由来すら知らないまま名前だけが独り歩きしてしまう。
「そうよあたしはレイジングサマー」
思いっきり走り、見て、全身を躍動させる事はナッツにとって喜びだった。
敵も味方も等しく遊び相手で、目の前にいる選手が敵でも味方でもどうでも良かった。
だがある日。仲間を攻撃する事を理由に、試合に出してもらえなくなったためにレイジングサマーの快進撃は終わる。
練習相手すら誰もが嫌がり、ナッツは機装で戦う事ができないまま中学を卒業した。
できるだけ知り合いのいない高校を進学先に選んだのは、偶然でも気まぐれでもなかった。
入学した高校の機装部は弱く、部員がほとんどいなかった。あと一歩で同好会扱いになる所で、ナッツは入部。適当に遊ぶには都合が良かった。
ナッツと呼ばれたのは、入部してすぐの事。
夏野くるみだから、ナッツ。特に深い意味はない愛称だった。
「その日ナッツは、あぁ私はもうレイジングサマーじゃなくて、ここの一員なんだなぁナッツなんだなぁ……と、何故か深く感動したのです。……まぁ、実際はもう少し野蛮なやり取りだったけどね」
くるり、とナッツは反転して立ち止まる。語った思い出は大切な記憶だが、しかし目の前の喧嘩番長は全然聞いていないように見えた。
「ねー! ちゃんときーてるー? この後に、部長がナッツに優しくしてくれたエピソードとか、ミーコと殺し合いしたエピソードとか、みんなで色々やったエピソードがいっぱいあるんだけどー? ここからが、ここからが面白い所なんだけど!」
若干の怒りを覚えたナッツが言うと、弐ノ神がようやく反応した。
「……興味ねぇ。黙れ」
「は?」
既に弐ノ神の機装は半壊し、四肢と頭部と胸部を残して細かく切り刻まれていた。弱点を隠す目的の布もずたずたに裂かれて穴だらけである。
「お前のしょうもねぇ昔話なんざ、興味ねぇんだよ……」
「……おい。お前、あたしの思い出がしょうもねぇってか」
弐ノ神の言葉を聞いたナッツは両腕を低い位置で構えた。
「あぁそうさ。結局、バカやって自業自得に仲間外れ食らっただけだろ」
「……あ?」
「クズ同士で気が合う連中をたまたま見つけただけの話を、偉そうな顔で語ってんじゃねぇよ」
「ああああああ!」
突如、ナッツの絶叫が響き渡った。
「てめぇ今! 部長とミーコが何だっつったぁぁぁ!」
ナッツの加速装置が光を噴き上げた。
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