Part 11

決勝戦の仮想空間は、ずばり廃墟と化した街だった。


右も左も一面灰色で、倒壊したビル群や荒れ果てた建物が乱立している。半壊した自動車が散見され、コンクリート舗装された道はヒビが目立ち非常に不安定な路面である。


アオイは静かに辺りの様子を伺う。耳には心地よい静かな機械の振動が聞こえるだけで、周辺に敵の姿は見えない。


「私、やるよ」


準決勝にて、聖アルバトロス女学院の機装が自爆したのは仮想空間だけの事ではなかった。

ルミとしてナッツの用意した爆弾は実際に火薬で炸裂するもので、スキャンした後に現実の方で物理的に爆発したのだ。

どんな小さな傷でも正確にトレースする仮想空間は、それをリアルタイムに反映。その結果が、準決勝での様子である。


そのため聖アルバトロス女学院の機装はアオイのものを除いて、とても使用できる状態にはなかった。唯一の戦闘可能な選手として、アオイはチームメイトの期待を背負っていた。


「……やるよ」


ぎゅうと拳を握ると、アオイは廃墟の中を駆け出した。

味方の信号を見ると、ヒーロと弐ノ神とは大きく離れている。事前に合流や連携攻撃の作戦についての打ち合わせはほとんどしていない。

アオイは冷静に、自分の能力を活かすのなら誰かのサポートにつくべきだと思った。


だが、思考による判断とは別に感情がそれを許さない。

加速装置による移動速度を上げすぎると、悪路で転ぶ危険性が増すのはわかっていた。

それでもアオイは速度を緩めず、ひたすらに加速し続ける。


「ルミちゃん。私、もう一度会いたい。話がしたい」


ナッツの姿を探し、アオイは索敵とは言い難い無防備な疾走を続ける。


「もう一度。そしたら言うんだ。ちゃんと、今度こそ、言うんだ。絶対に。それで……」


決意を新たに、操縦桿を握りしめた。と、その時。

目の前に一機の機装が見えた。当然ながら、味方信号を出していない。家鴨高校の、敵の機装である。


アオイはその機装を睨みつけると、向こうも気づいたようでこちらに狙いを定める。大きく大きく深呼吸をすると、恐怖を胸の底に押し込めた。


その機装は、巨大な四本の腕を振り上げた。


「じゅららららら! じぃあああああ!」


耳をつんざくような奇声が響き、アオイは弾かれたように腰のナイフを抜いて銃を構えた。


「……聞いたよ。あなたの事」


アオイは加速装置を停止させ、後方に跳ねて距離をとった。


「東堂美衣子さん。狂獣とか、破壊神とか、殺戮怪人とか、試合した学校からは色々言われてるんだってね。ひまわりちゃんと同じくらいか、もっと強いって聞いたよ」

「じああああ!」


鉄腕が空気を切り裂く音が鳴る度に、それが単なる威嚇の素振りとわかっていてもアオイは膝が震えるのを感じた。


「私、みんなみたいに強くないから。怖がりで、臆病で、嫌な事からは逃げちゃうような、そんなだから。あなたの事、すごく怖い」


次の瞬間、ミーコの脚が動いた。鈍重な動きで重低音の足音と共に突進してくる。


「でも、だから、怖いから、あなたに負けない」


腕の射程ギリギリまで迫った所で、ミーコの鉄腕が加速装置によって撃ち出された。アオイは身体を捻り、半回転してそれを躱す。


「怖がりの臆病者だから、逃げるのは得意なの!」

「あああああ!」


躱した直後、鉄腕が連続して放たれる。ミーコは腕の二本を頭部と胸部の防御に使い、残った二本で加速装置を駆使した連続攻撃を仕掛けた。


ほんの少しかするだけで並の機装の外装など抉り飛ばしてしまう威力は、しかしアオイに当たらなかった。

一撃、二撃、三撃とコンビネーションは空を切る。


「避けるだけなら、逃げるだけなら!」


だが、あまり連続して何度も避けていられるものでもない。アオイは判断すると、更に後退して、一度距離をとる。

攻撃速度でミーコが上でも、移動速度ではアオイの方が有利だった。


「でも、これじゃ……このままじゃ、勝てない……。何とかしなきゃ……」


焦るアオイに、苛立った様子のミーコが突進する。四本の腕を全て防御に回し、射撃を警戒しながらの突進。


ミーコの機装は構造上、攻撃の際には一度腕を相手に向けなければならない。これからどの位置に攻撃を行うか決めた後に、加速装置で腕を撃ち出すためだ。そのため、しっかり見ていれば回避は不可能ではない。

アオイは突進するミーコの腕に注視し、どの腕が動くのか見極めようとした。


それ自体は間違っていなかったが、しかしそれだけでは結果的に不十分でもあった。

何故ならミーコに鉄腕を使う意思がなかったからだ。


「なっ……」


四本の鉄腕で全身を防御したまま、ミーコは腕を解かずにそのままぶつかったのだ。


単純な体当たり。しかし、その腕の一撃しか警戒していなかったアオイは、正面から衝突してしまう。

鉄と鋼の塊は、勢いよくアオイを弾き飛ばした。


「ぐぅっ、っふ、う……」


振動で前のめりになったアオイは、コクピット内で胸を操縦桿にぶつけてしまう。

肺の空気が漏れ、苦しさに手をつきながら、周囲を見る。


運よく肩の盾型装甲に守られて、最悪の事態を防ぐ事はできていた。突き飛ばされた先も崩れた瓦礫がクッションになり、装甲にも武装にも影響は出ていない。


「まだだよ、まだ……まだやれるよ」


しかし、立ち上がろうとしたアオイの目の前には既に鉄腕が迫っていた。


「え?」


どうやってこの距離を一瞬で詰めたのか。その疑問を考える前に、アオイは転がる事でその一撃を避けた。


今まで倒れていた場所の瓦礫が吹き飛ぶ。拳による殴打などと言えば聞こえは良いが、それはほとんど砲弾の弾着と変わらないようにアオイには見えた。


「じらららら!」

「う、うそ!」


転がった先で、立ち上がる前にミーコの拳が振り上げられた。四本の鉄腕全てが防御ではなく攻撃に使われ、その腕が唸りを上げてアオイに襲い掛かる。


それは鉄塊による殴打の嵐だった。


「じららら! ららら! ら、らら、じゅらららら! あぁぁぁぁ!」


どこを見ているのかもわからないような顔の向きだが、ひたすらに拳が打ち下ろされる。


破壊の雨を受け、アオイの装甲が割れる。


破片が舞い、組み伏せられるような体勢でアオイは打たれる。


「じららら! じゅあぁぁぁ!」


しかしアオイの機装は既に半壊しているものの、そこでミーコの手が止まった。


「じら、ら、ら……」

「私は、みんなと違うから……」


頭部と胸部だけは守り抜いたアオイは停止したミーコを見て立ち上がる。その殴打の雨から抜けた。


「トドロキさんみたいに繊細じゃないし、いばらちゃんみたいな突撃もできない。まして、ひまわりちゃんみたいに才能もない。……ルミちゃんみたいな技術もない」


自嘲気味に言う。だが力強く続ける。


「だから、せめて今度は失敗しないように。自分の体くらいは懸けたよ」


「じあああああ!」


ミーコの咆哮は怒りのためだった。

巨大な四本の鉄腕は、今や大量のワイヤーが絡みついており、加速装置を使っても自由自在には動かせなかったのだ。


殴打を受けながらも、両腕と胸部から放たれたアオイのワイヤーは至近距離で絡みつき、乱打の動きによって更に複雑に巻き付いていた。


「こ、これで……なんとか……」


殴打の影響で外部装甲は頭部と胸部を残して全損。腰部にあった武器の類も殴打に巻き込まれ、全壊。使用不可。


機装としての攻撃能力は、このわずかな間でそのほとんどを失った事になる。

しかし、アオイはミーコの動きを封じて見せた。


だが今のアオイにミーコの頭部や胸部を破壊する方法はない。武器がないのだ。


「でもここで押さえておけば、その内みんなが……」


その時、味方機からの通信。


「弐ノ神だ。敵を見つけた。……が、なんだ……こいつ。何というか……うるさい」


何かに困惑したような声に混じって、通信先から別の声が漏れ聞こえる。どうやら敵が弐ノ神に通信を送っているようだった。

その大きな声でキンキンと甲高く喋る声を、アオイはよく知っている。


「あははは! あはははは! やっと出番だやっと試合だ! あはははははは!」


楽しそうな声を聞き、アオイは弐ノ神の位置情報を確認。そして向かうべく、加速装置を起動したその時。


アオイはミーコから目を離してしまった。


「じららららら!」

「しまっ……」


動かしづらい鉄腕を、殴打ではなく瓦礫の山に突っ込んだミーコは、そのまま腕を振り抜いた。


コンクリート片が散弾のように雨あられと飛来し、アオイを飲み込もうとする。

普段ならば肩にある装甲を使って防御する所だが、既にアオイは装甲を失っている。


「く、うう……」


両腕で頭部と胸部だけは守るように身構えるが、恐らく耐えられはしない。悔しさに歯を食いしばる。その時。


ふっ、とアオイの景色が変わった。迫る瓦礫が遠のき、その直撃コースから外れたのだ。

何が起きたのかと思えば、アオイは抱えられていた。


「よぉ。遅くなって悪かったな」

「ヒーロ、くん」


ミーコの放つ瓦礫よりも速く、ヒーロはその間に飛び込むとアオイを抱えて脱出していた。

ヒーロの脚部にある加速装置が、排熱蒸気をくゆらせる。


「ごめん……。私、役に立てなかった。みんなが、みんなが私に期待してるのに。みんなの気持ちも背負って来てるのに、私、やっぱりダメだった。私、私……」


もがきながらもワイヤーを外しているミーコを見て、アオイは自分がミーコに対して何のダメージも与えていない事に絶望する。


自らの戦闘能力を失うほどの損傷を受けてでも与えた一撃が、ほんの少し動きを止めるだけの効果しかなかった。それすらも、今や効果を失いつつある。

しかし、ヒーロはアオイを立たせるとミーコを見て言った。


「なぁアオイ。あいつさ、お前より強いんだよな」

「……うん。勝てない」


「俺さ、敵に勝てないと思った事ないんだ。もちろん本当に生まれてから負けた事がないわけじゃない。でもどんな相手だって、勝てないとまで思った事はないんだよ」

「なにそれ? こんな時に自慢話なんてしてたら、トドロキさんに怒られちゃうよ?」


ヒーロは首を横に振った。


「そうじゃなくてさ……。お前、勝てないと思ったのにあいつに向かって行ったんだろ?」


一瞬だけ、馬鹿にでもされているのかとアオイは眉をつり上げた。それでもヒーロは続ける。


「お前は強いよ。尊敬する。勝てねぇと思った相手にそれでも向かってくなんて、きっと俺にはできない」


そしてヒーロは腰から剣を抜き放ち、構えた。


「その勇気、確かに受け取った。後は俺にやらせてくれ。お前に恥じない結果を残す」

「……ありがとう」


アオイは加速装置を起動した。あまり調子が良くない。


「ルミちゃんは友達だったんだ」

「らしいな。……あいつら、ひでぇやり方だ。やり返されても文句は……」

「ううん、違うよ。ルミちゃんも、私たちを友達だと思ってたんだよ」


アオイの言葉にヒーロは目を丸くした。


「ルミちゃんね、楽しい事しかできないし、やりたくないんだ」

「それは……あんまり良くねぇ性格だな」

「あはは、そうだね。でも、だからわかるよ。友達じゃなかったら、楽しくなかったら私たちとあんなに一緒にいられないよ。だから誰が何を言っても、それでも私たちは友達なんだよ」


アオイは弐ノ神の位置をもう一度確認する。方向は、ミーコの向こう側である。


「だから、だからね。ルミちゃんは友達だから、行かなきゃ。間違ってたら教えてあげなきゃ。こんなやり方良くないよって言ってあげなきゃ」


頷くと、ヒーロは排熱の終了した加速装置を再起動。ミーコの腕は最後に絡まったワイヤーをブチブチとちぎり終える。


「あと私、怒ってるんだよ」

「……怒ってる?」


「みんなにした事、私怒ってるんだから。ルミちゃんには一発覚悟してもらうから!」


その言葉を最後に、二人は飛び出した。


「よぉし! それなら乗った! あいつに一撃入れてこい!」


最初に到達したのはヒーロである。

その剣先がミーコの胸部を狙い、鉄腕が白刃を弾く。


「じゅらららららら!」


次に、ヒーロの背後からアオイが飛び出す。

ミーコの視線がアオイを捉え、その行く手を阻むように鉄腕を繰り出す。


「ルミちゃんの所に行くんだ」

「じああ!」

「どいてよ」

「じららら!」


アオイは半身に捻って鉄腕を避ける。しかし更に頭上から二撃目が放たれる。


「どいてってば!」

「じゅあああ!」


姿勢を低く、そしてサイドステップ。


残りの二本はヒーロが引き受け牽制しているのをアオイは見て、そして次にミーコの腕が畳まれ、そのまま接近するのを見た。

先ほどの突進である。


思わず横か後ろに避けようとして、しかしどう避けてもミーコが軌道を変えるだけで当たってしまう事を察した。

ならば、とアオイはワイヤーフックを放つ。


「そ、こ、を! どけぇぇぇぇ!」

「じああああああああああ!」


両者が交差する。アオイの放ったワイヤーフックはミーコの腕に突き刺さり、固定される。そして巻き取られ、その勢いはアオイの体を空中に持ち上げた。

突進するミーコの、その頭上を行く。


「ヒーロくん! 今!」

「あいよ!」


それだけの言葉でヒーロは動く。アオイのワイヤーフックを剣で素早く切断した。


「行け! アオイ!」


空中でワイヤーを切断されたアオイは、勢いのままミーコの背後に着地すると、そのまま加速装置で駆け出した。


「じあああ!」


離脱するアオイに気づいたミーコが振り返ると、そこにはひゅうひゅうと風切り音を響かせて剣を振り回すヒーロがいた。

剣の射程ギリギリを敢えて見せ、威嚇する。そしてぴたりとミーコに切っ先を向けた。


「行かせねぇよ」


ヒーロの宣言に、ミーコは殺意の咆哮を轟かせた。

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