Part 13


弐ノ神は溜め息を吐いて、発光する骸骨を見据えた。


「こりゃあ……どうにもなんねぇな……」


既に弐ノ神の機装はぼろぼろで、もしも最初から頭部を狙われていたら既に十数回は撃墜されていただろう。


ナッツの発光は爆炎を伴い、赤い輝きとなってその背面から噴き上げている。

今までナッツは脚部に装備された加速装置を使っており、その異常な速度はどのような改造を施したか見当もつかない。そもそも、その速度を制御できる技量がとんでもない。


だが果たして、その赤い輝きの意味に気が付いた弐ノ神は笑う事しかできなかった。


「でたらめだな……。あぁ、レイジングサマーってのはそういう事か……」


ナッツの背面には背骨に沿うような形で加速装置が取り付けられていた。

弐ノ神は最初、それを姿勢制御に使うための考えていたのだが、そうではない。今見えている光は、その背中の加速装置を全て同時に起動させたために噴き上げている、熱暴走の火炎だ。


ただでさえ速過ぎる脚部の加速装置に加えて、背面にびっしりと並んだそれを全て開放した場合、おそらく自分には見る事すらできないだろう。

速度で言えば、文字通りの意味で弾丸となって突撃してくるはず。本来ならそんな速度を見極め、制御する事はできない。だが、あるいはこの女ならばやるだろう。


弐ノ神は精一杯の抵抗を試みようとしたが、数瞬後にナッツが飛び出すと、諦めた。


それは赤い光を纏った黄色い残像。線上に伸びる残像が弐ノ神の横を通り抜けると、腹部の装甲が消失した。

そして振り向く間もなく、背面の加速装置が刹那の間に停止しナッツが角度を変える。そして一秒にも満たない時間で再起動すると、弐ノ神の背を光が駆け抜けた。背の装甲が消失する。


そうして弐ノ神が一歩踏み出す前に、ナッツは二度も三度も往復してしまう。


上下左右、自由自在に光が駆け抜け、その線が網目状の球体を作る。赤と黄色に彩られた破壊の光球に、弐ノ神は完全に閉じ込められてしまった。


そして、弐ノ神はその意味を知る。

まるで太陽の中に閉じ込められたように、灼熱の光が全てを削りとり、消滅させる。


暴虐の太陽、レイジングサマー。


ただで殺す気はないのだろう。足先から少しずつ切り落とされ、弐ノ神は右足の膝から下を失った。いつ終わるとも知れぬ光の奔流の中、弐ノ神は脱出不可能である事を悟った。


もはや、これまで。


弐ノ神が諦めかけたその時、しかし最後の一撃が来るよりも先にそれは間に合った。


「こん、のぉぉぉ!」


中に閉じ込めた全て切断する暴虐の太陽。その光球に向かって、乱入者は拳を振り上げた。


「ルミちゃんの!」


そして複数のワイヤーが放たれ、そのワイヤーの悉くを切断され、それでもその拳は太陽に突き刺さった。


「バカぁ!」


果たしてそれは、ナッツの顔面に命中する。何の変哲もないアオイの拳は、頭部を破壊する威力など決してなかった。それでもなお、その一撃はナッツに当たった。


「ぐぇ」


妙な呻きと共にナッツの高速機動連撃が止まる。

姿勢が崩れ角度をつけ損なったナッツは、流星が落ちるように光を纏ったまま自らの速度で吹き飛んだ。


「……一発は、一発だよ。私、怒ってるんだから」


装甲と武器を失ったアオイがそこにいた。弐ノ神は右足を失ったために立ち上がる事ができず、アオイを見上げた。


「弐ノ神さん」

「あぁ」

「私じゃルミちゃんには勝てません」

「……あぁ」

「だから、あなたに託します」

「…………」


そしてアオイは吹き飛んだ先で土煙と共に立ち上がるナッツを睨む。


「行くよ!」


そして駆け出す。


「はは……。アオイちゃんか……。まだルミちゃんとか言ってんの?」


腕を下げた奇妙な姿勢でナッツが応えた。その背からは大量の排熱蒸気が溢れ出している。


「みんなにしたひどい事、ちゃんと謝ってもらうから!」

「なんだ。びっくりしないって事は、アオイちゃんてばナッツがレイジングサマーだって気づいてたの?」


迫るアオイに対し、ナッツは何もせず立って待ち構える。脚部と背部の加速装置で熱暴走を起こしたナッツは、しばらく加速装置を使う事ができなかった。


「知らなかった。びっくりしてる。……でも、ルミちゃんがレイジングサマーかどうかと、私がルミちゃんに怒ってるのは、全っ然、別の話だから! 本当のルミちゃんが誰だったかなんて、そんなの関係ない! どうでも良い!」

「ありゃりゃ?」

「そんな事で今さら止まるもんか! 私怒ってるんだから!」


アオイが放つワイヤーフックを体を捻って躱すナッツ。避けた先に固定されたワイヤーが巻き取られ、一気に距離を詰める。


「もしかして。加速装置が使えない今なら、なんて思ってる?」

「ルミちゃん! ここで、決着をつけよう!」

「あ、あわわ! アオイさん、私そんなの無理ですぅ!」

「下手な演技なんかしてる暇はないよ!」

「……あぁ? じゃー教えたげるよ。あのねぇアオイちゃん。ナッツと決着? そりゃ無理だよ。だって、決着も何も、やる前からアオイちゃんなんか相手にならないもん」


くるりくるくると加速装置を使わずにアオイが放つワイヤーを次々に回避する。


「それでも!」


アオイのがむしゃらな攻撃は、それでもナッツに届かなかった。

それを少しの距離を置いて弐ノ神は見る。


「…………」


勝てなかった。


その思いが胸にふつふつと広がっていく。片足を失い、装甲を失い、穴だらけのボロ布を体に巻いて。既に切り飛ばされたナックルガードの破片を握って。


「くそ……くそ……!」


何もできなかった。もはや万策尽き、あの化け物を討つ術はない。

おそらくヒーロならば、あれと一対一で戦う事もできるだろう。しかし、中途半端な機装で出てきた自分に何が今さら。


悔しさに弐ノ神が唇を噛んだ、その時。通信が表示された。味方機ではなく、外部からの通信である。

そこには、困ったような顔を浮かべた一之瀬が映る。


「おーい、弐ノ神」

「一之瀬……」

「お前、何してんの?」

「すまない……」

「そうじゃない。あのさぁ、何度も言ってるだろ? お前は力の使い方がわかってないって。ナックルガードなんてつけて、喧嘩野郎に戻ったつもりか? そうじゃないだろ」


通信越しの一之瀬は肩をすくめて見せた。


「あんな女の子が戦ってんだぜ? 似合いもしねぇ恰好して寝転んじゃってまぁ。弐ノ神、あいつに勝てないのか? レイジングサマーを知らない事にも驚いたけど、あの化け物には勝てないわけ?」

「……あぁ。無理だろうな」


「……よく見なよ? あいつ、遊んでんのさ。僕たちを舐めてやがる。だからこそ、そこに隙がある。お前の今までやってきた事が遊びじゃなかったと教えてやろうぜ。お前の一振りを、本当に正面から受けて無事な奴なんていないんだ。それとも足がなくなったくらいで、もう立てないのか? 大丈夫。お前は僕の知る限り、誰よりもタフな男だよ」

「…………」


無言の弐ノ神に、一之瀬は溜息混じりに言った。


「おい。お前らのボスは誰だ? 僕だろ」

「……あぁ」

「命令だ」


そして一之瀬は腕を組んでふんぞり返って見せる。


「勝て」

「……」


短い沈黙の後、弐ノ神は笑った。


「あぁ。良いとも」


騎士の資格など自分にはない。弐ノ神はそう思っていた。

普段何気なく一之瀬が語る騎士の姿が、あまりに崇高だったからだ。暴力で全てを支配しようとしていた自分が、騎士を語るなど冗談でも出来た事ではない。


そう思っている事は一之瀬も知っているはずである。


だがそれでも一之瀬は騎士と呼んだ。だから弐ノ神は、もしも一之瀬が命令をした時にはそれを完遂させようと誓っていた。

一之瀬は命令という言葉を使わない。そう知っていたが故に、騎士になる資格がない自分にはそれくらいの誓いが丁度良いとまで考えていた。


そこまで含めて、一之瀬も知っているはずだった。


しかし、一之瀬は命令をしてまで望んだのだ。同じ所に並び立つ友であろうとする故に、命令をしてこなかったはずの、その一之瀬が言ったのだ。


勝て、と。


であれば、それがどんな困難であったとしても。荒れ果てた自分が騎士とまで呼ばれ、そう期待されたなら、それに応えなければならない。そう在らねばならい。


だからこそ、弐ノ神は立つ。その言葉に応えるため、ここに不屈の奇跡を起こさねばならなかった。


「仕方ねぇな……」


壁に手をつきながら立ち上がる。右足がないので、片膝をつく形で姿勢を作った。


「おい! アルバの女!」


通信はすぐに返され、弐ノ神は言う。


「頼む……。一瞬で良い。何でも良い。そいつの動きを止めてくれ……!」

「わかったよ。大丈夫。サポートは得意なんだから!」


そしてアオイは両手のワイヤーガンを構えなおす。


「ルミちゃん! これで最後だよ!」

「うるっさいなぁ! アオイちゃんなんか、加速装置が使えるようになったら終わりなんだからね!」


ナッツの加速装置が使えるようになるまで、まだ数十秒あった。その事を知っているのはナッツだけだったが、アオイは時間がない事を悟り、一気に距離を詰めた。ナッツの腕の中に飛び込む。


「あは! 飛んで火にいる!」

「……ぐ、うっ!」


瞬間、勢いよくアオイの胸部をナッツの腕が貫いた。


「ざーんねん! あはははは!」


しかし、直後にナッツは困惑。その腕がアオイから抜けなかった。


「なん……うん? え、ちょっと待ってこれ、なにこれ?」


胸部装甲を貫いた腕には、胸部に内蔵されていたワイヤーがガッチリと絡まり、巻き付いていた。


「え、え、え?」

「ざ、残念でした……。私のワイヤーは腕だけじゃなくて、胸にも入ってるんだよ……。ルミちゃんが、私の友達が、ここに入れようって言ってくれたんだもの。入れてるに決まってるじゃん……」


んべ、と舌を出したアオイは仮想空間との接続が切れる前にナッツに抱き着いた。


「後で一緒にみんなに謝ろうよ。レイジングサマーは楽しい事しかできないし、したくないんだよね? だったら、謝りに行こうよ。それでそのあと、またみんなで楽しい事しようよ。私たち、友達だから」

「ち、ちょ……アオイちゃん?」

「じゃ、先にあっちで待ってるよ」


瞬間、アオイの腕に残ったワイヤーの全てが飛び出し、ナッツの体をがんじがらめに縛った。そして空中に表示されたのは、端的な通知。


撃墜。


「お、おいおいおいおい! じゃ、邪魔だってば! なんつー所で撃墜されて……いや、これ、もしかしてわざとナッツの爪に飛び込んで……だとしたら……」


ナッツの視線の先には、弐ノ神が片手を上げていた。


「くっそ! 加速装置が動けばこんなの! こんなの簡単に振りほどけるのに! あぁもう! さっきので殺しきれなかったから、簡単にあんな大技使っちゃうから!」


苛立って叫ぶナッツは、ミーコと違って腕力でワイヤーを千切る事ができない。加速装置で勢いをつけながら爪で切断するしかなかった。


加速装置の再起動まで、残り十五秒。


弐ノ神は棒立ちのナッツを見ながら、静かに息を吐いてから緊急用の武装を使用した。


「……来い!」


弐ノ神は虚空を睨む。


機装戦は仮想空間でデータによって行われる。そのため、事前に用意したデータを任意のタイミングで読み込み、そこに出現させる事ができた。


しかしその武器がデータ容量の大きな複雑なものであればあるほど、それは仮想空間での構築に時間を要する。


弐ノ神の手にデータによる青い発光体が集積され、少しずつその形を作って行く。


加速装置の再起動まで残り十秒。


「疾風怒濤! 一刀両断!」


加速装置の再起動まで残り五秒。 


「吼えろ! 悪聖流剣(アクセルソード)!」


そして弐ノ神の手に、弐ノ神の体と同じほど巨大で肉厚な剣が構築された。


「あ、あはは! そんなデカい剣、振り回せるわけないじゃん! 足もないのに、どうするのさ! それに何そのセリフ! あははは!」

「……これは一之瀬が考えた台詞だ。ゲンを担ぐタイプなんでな」

「何だって良いよ! そんな剣、持ち上げるだけで精一杯じゃん! あはは!」


しかし、ナッツの想像をそれは越える。剣の峰から、爆炎が迸ったのだ。

爆炎と爆風に煽られ、弐ノ神の体に巻き付いていた外套が大きくはためく。

装甲を失った事で、元の一之瀬の機装が纏う軽装が露わになった。


「黒い……騎士?」


そして次の瞬間、峰から発する爆炎の正体にナッツは気が付いた。


「え、え! 冗談でしょ!」


弐ノ神の剣には、そのままロケットエンジンが搭載されていた。それは爆音を響かせると、弐ノ神と共にナッツに向けて低空を一直線に突撃する。


加速装置の再起動まで残り三秒。


「これで終わりだ!」

「うそ、うそだ! そんな、嫌だ嫌だ嫌だ! お、お前なんかに! お前なんかに、このレイジングサマーが! くそ、くそ、くそぉ! 凡人のくせに努力とか友情とか、そんな物で、そんな物で! や、やめろ来るな! 来るな来るな来るな! うあああああ!」


加速装置が再起動される。


ナッツは離脱しようとして、しかし体にしがみついたアオイの残骸が地面にもフックを打ち込んでいて逃れられない。


「く、ああああ!」


そして、大上段に弐ノ神の一撃が振り下ろされた。


「ぶちょう……ごめ、ん……」


ナッツの機装は真っ二つに両断された。

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家鴨高校 機械装甲戦闘部 稲荷崎 蛇子 @pink-snake

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