Part 7



準決勝の朝である。

家鴨高校の宿舎にて、秋河とミーコは試合時間の一時間前にのんびりと準備を始める。そこにナッツの姿はない。


「あのあほめ。信じられるか? ミーコの昼飯も晩飯も俺に任せ、あまつさえ友達の所に泊まるなどと……。今日は準決勝だぞ。ミーコの朝飯を誰が食わせたと思っている」

「……(御飯)……(美味)」


よしよしとミーコの頭を撫でて、秋河は微笑む。世話が面倒だが、文句の一つも言わずに追従するミーコに段々と愛着を感じ始めており、既に秋河はミーコとの食事にも慣れ切っていた。


「では。行こうか?」


宿舎を出てしばらく歩けば、道中で聖アルバトロス女学院の宿舎へと続く道が視界に映る。


「やれやれ……。ナッツも無茶を言う……。あんなガチガチに防犯された相手に、何もできるわけがないだろうに……。放火はおろか、侵入すらできまいよ」


そして試合会場に着いた秋河は選手登録を確認。五名分の枠に、自分とミーコの二名だけを書き込んだ。

会場には既に観客がおり、気合の入った聖アルバトロス女学院の横断幕が目立つ。コロシアムのように空いた中央には、観戦用モニターと、その下に丸いコクピットが五機ほど二列に並んでいる。


「ほらミーコ。入れ入れ」


ミーコを家鴨高校側のコクピットに押し込むと、ミーコの機装をコクピット内のスキャナーに置く。事前に整備も清掃もしてあるので、機能には問題ないだろう。また、秋河はコクピットそのものに異常がないか簡単に点検して、それからミーコの体に操縦ポインタを貼り付ける。


機装の操縦にはいくつか方法があり、座って操縦桿を握るタイプや、自身の体にシール状のポインタを貼り付け、肉体の動きをそのまま機装にトレースさせるタイプなど、様々なものがある。

操縦方法に大きな規定はなく、選手が手動で動かす事を条件に個人が好きな操縦方法を選択して良い。

ミーコの場合、肉体の動きを直接反映させる操縦方法を取っている。


「今まで我慢させて悪かったな。その常軌を逸した殺意を存分に楽しんでくれ」


ポインタを全身各所に貼り終えると、秋河は背後に回ってミーコの拘束具を全て外した。


「あ、お、おぉ……じ、じじ……」


その瞳がくるりと回り始めると同時に、秋河は素早くコクピットを後にして扉を閉めてしまう。

ミーコという人間の形をした殺意そのものを仮想空間に解き放ったのだ。


それから自分もコクピットに乗り込もうとしたが、反対側に並ぶコクピット列に聖アルバトロス女学院の面々がいるのが見えた。

金髪の少女、秋河の記憶では部長を務めていた選手が歩みよってくる。


「正々堂々、良い勝負にしましょう。もちろん、負けてはあげられないけれど」

「ほう? くっく……。自信満々じゃあないか……」


差し出された手を握らず、秋河は笑う。


「これから起きる事は、全て我々のやった事だ」

「……どういう意味です?」

「そのままの意味だよ。お前ら如きが我々に勝とうなど、娼館がお似合いのパツキン姉ちゃんが身の程を知れ。と言ってるのさ……」

「なっ……!」

「せいぜい頑張って媚びれば、殺すのを最後にしてやっても良いぞ?」

「な、な……」


言葉を失うほどの怒りを瞳に宿す、その様子を見た秋河は満足そうに頷いて、それから踵を返してコクピットへ歩き出す。


「くっく、くく、くははは! あーはっはっはっは!」


愉快そうに笑う秋河は、その刹那に聖アルバトロス女学院の面々をもう一度見てからコクピットに乗り込んだ。





「みなさん! 容赦なし! 全力で行きますよ!」


アオイはトドロキの激怒した様子に、やや怯えながら頷く。家鴨高校の部長に何やら失礼な事を言われたらしい。


「では、総員出撃!」


早口に言うトドロキの声に応じて、アオイらは動き出した。

コクピットに乗り込み、仮想空間へと視界を向ける。操縦桿を握る手に緊張はない。


いつも通り、やれる事をやるだけ。


アオイは自らに言い聞かせるように、仮想空間で構築された試合の地に降り立った。


「聖アルバトロス女学院、結城アオイ。出撃します!」


舞台は試合ごとに異なる。

準決勝の舞台は、端的に言ってジャングルだった。

鬱蒼と生い茂る木々、花や草。おそらく探せば水辺もあるのだろう。

アオイは周囲を見渡して、自分の周りに誰もいない事を確認した。

機装はチーム戦だが、仮想空間での出現地点はバラバラである。通信は可能だし、味方機の信号はモニターに表示できるので、まずは合流をとアオイは駆け出した。


アオイの機装は、淡いクリーム色の素地に手製の蔦模様を書き込む装飾を施した外装である。

細身のシルエットで、胸と両手からワイヤーやネットを射出する武装を備えている。腰には大振りのナイフと小型小銃もある。

肩と背面には花を模した厚い盾代わりの装甲を備えていて、いざという時には自ら盾になる事も考慮している。


「こちらトドロキ機! 合流地点の位置データを送ります!」


唐突にトドロキから位置情報が送られてくる。アオイは確認し、チーム全員が同地点に向けて動き出すのを見て駆け出す。丁度全員の中間地点と言った所である。


「まずは態勢を整えて、それから敵機を迎え撃ち……いえ。こちらから叩きに行きます! あんな人、コテンパンにしてしまうのです!」

「ロッキー何言われたのー?」

「おいおい冷静になれよ……。一応あんたが指揮官だろロッキー」

「だからその呼び方やめなさい!」


茶化すような通信も、いつものやり取りである。

アオイは小さく笑うと、合流地点に急行すべく脚部の加速装置を起動するか迷う。

細い獣道を除いて、木の根が辺りに張り巡らされている。加速装置を使うには適さない悪路と言って良い。


アオイの装備しているワイヤーフックは射出した後に着弾位置に固定され、それから巻き取る事もできた。加速装置で神経質に獣道を走るよりも、ワイヤーフックを駆使して木々の間を縫うように進んだ方が速いかも知れない。


「……ううん。安全に行こう。だってあっちのチームは二人だけだし、もし見つかっても皆が来てくれる方が速い。ここは慎重に、隠れながら……」


結果、加速装置もワイヤーフックも使う事を断念する。と、アオイの耳元に聞き慣れない声が響いた。


「はじめまして、聖アルバトロス女学院の諸君。俺は家鴨高校の部長、秋河だ」


「こ、これ……オープン回線?」


その声は、全域に敵味方の区別なしに届く通信で発せられていた。もちろん先ほどまでのアオイたちの会話は味方にしか聞こえない回線で行われている。何故こんな事をするのか、アオイには理解できなかった。


しかし、その言葉にはじわじわと悪寒を感じていた。


それが何かわからないが、今聞こえている人物の何かを到底許容できない、そうした嫌悪の感情が胸の底から染み出す。


そして、決定的な言葉が告げられた。


「既に諸君らは敗北している」


断定する。そして、その根拠を述べる前に事は起きた。


「爆死せよ」


その瞬間、アオイには何が起きたのかわからなかった。

何故ならば、アオイの身には何の変化も起きておらず、しかし味方の通信からは悲鳴が立て続けに聞こえてきたのだ。


「きゃああああ!」

「待て待て! なんだこれ! なんっ……あああぁぁ!」

「嘘でしょ、こんなのアリ? これじゃまるで……っうわぁ!」

「そんな……こんな、こんな……嘘ですよね……?」


混乱、困惑、阿鼻叫喚。


「くくく、くっくっく! くはは! あぁぁぁはっはっはっはっは!」


響き渡るのは、悪魔のような笑い声。


アオイは合流地点に向かう。自分以外はおおよそ合流地点の近辺に集まっていると、味方信号が発せられている。


「み、みんな何があったの! 今行くか……ら……?」


そして、アオイの見ている味方信号の表示が消える。ひとつ、またひとつ。ふっと蝋燭の火を消すように、次々と信号が失われた。

それが意味するのは単純明快。撃墜である。


「う、嘘だ……。私とひまわりちゃんしか残ってないなんて、そんな……」


有り得ない事だった。


指揮官が撃墜された時点で本来は試合終了である。つまりこれは、味方信号を発するパーツだけをピンポイントで破壊されたという事なのだろう。

ではなぜ、ひまわりだけがそれを逃れているのか。


「な、なにが、何が起きて……」


焦燥に心を焼かれながら、合流地点に到達したアオイは言葉を失った。

その開けたスペースには、まるで内部から爆発でもしたかのように、チーム全員の機装パーツがばら撒かれていたのだ。

中には頭部もあり、あちらこちらに銃や装甲だけでなく腕や脚そのものが散らばっている。


合流直後に全員が同時に爆ぜた、と言った様子に見える。


「……は、そ、そうだ……トドロキさん、トドロキさんは……!」


辺りのパーツを探すと、トドロキの頭部と胸部パーツが見つからない。

頭部、あるいは胸部が破壊されれば撃墜。指揮官が撃墜されたその時点で決着である。

だが、そのパーツはどれだけ探せども見当たらない。

まるで、それを壊せば勝利すると知っている誰かが持ち去ったかのようだった。


「ひ、ひまわりちゃん! 返事して!」


唯一、味方信号の残っているひまわりに呼びかける。

何度も、何度も、何度も呼びかける。


すると五回目で通信が繋がった。安堵するアオイとは対照的に、ひまわりの声はノイズ混じりで、非常事態である事が安易に想像できた。


「うる……ぇーな、ア……イ。やべ……ぞ、はめら……た」

「な、なに? 聞こえないよ!」


必死に耳を傾けていると、一際大きいノイズの後に通信が正常化した。

アオイの前に不機嫌そうな顔をしたひまわりの顔が表示される。


「ダメだ。はめられた」


半ば諦めたような口調で言う。


「とにかく今は詳しい話をしてる場合じゃない。それよりも目の前の問題を片付けよう。話もできん。……家鴨高校はいつからバケモンを飼ってたんだ? あたしの機体もそろそろダメだ。ちょっと助けにきてくれ」

「う、わ、わかったよ!」


 アオイは加速装置を起動させた。

幸いにしてひまわりの位置はそれほど遠くない。多少無理をしてでも、一分一秒が惜しい。


 加速する。


脚部のブースターから熱が噴き上げ、踵にある補助ローラーが動き、足の底で車輪が高速回転する。

木々に衝突しないよう細心の注意を払いながら、アオイは思考する。


何が起きたのか。


おそらく機体が内部から爆裂したのだ。あるいは、長距離で巨大な砲弾を受けたら同じような状況になるのかも知れない。


しかし周囲の地面や木々に影響はなかった。何より、試合開始直後にこちらの位置を特定して、そんなものを直撃させるなど不可能と言って良い。

ではやはり、内部から爆裂したのだろう。


では、何故そんな事が起きたのか。


そして何故自分だけが無事なのだろうか。

アオイはその問に明確な答えを見い出していた。それしかあり得ない。それ以外に起きようがない。


だが、それだけは信じられなかった。


静かな葛藤が混乱の最中に巻き起こり、気づけばひまわりの機体が木々の隙間から見えた。


「ひまわりちゃん! 来たよ!」

「おー。こいつ、ちょっとヤバいぞ助けてくれ」


ひまわりが相対していたのは、鋼の怪人だった。


「じららららら!」

「なに……これ……。機装なの……?」


素直な感想だった。それは人型と呼ぶにはあまりに異質で、見た事もない機装だった。


奇声を叫び上げるそれは、四つの巨大すぎる腕を持ち、それ以外の全身は様々な機装の部品を継ぎ接ぎして作られていた。


巨大すぎる腕を四本も備えているため、そのバランスをとるため上半身は肥大化。

対して、その脚は加速装置すら装備されておらず、安定性を求めたあまり幅広で短い無骨な足があるばかりである。


足の裏にキャタピラがあるのか、時折水平移動をしつつも、どしんどしんと足音も荒く、その重量で大地に足跡を残していた。


「じゅららららら!」


個性も何もない、つるんとした鉄板一枚で頭部を形成している。頭部を破壊されれば撃墜だというのに、体と同じで実用的にもひどくアンバランスな造形である。


「アオイ、やっぱりお前は大丈夫だったんだな」


 ひまわりを見ると、右腕と武装の一部を失っていた。かろうじて動いている状況なのがわかる。


「やっぱり、って……。ひまわりちゃん。もしかしてこれって……」

「さぁな。まずはこのバケモンからだろ」


そして、ずんぐりむっくりの鋼の塊がその腕を振るう。


「来るぞ!」


その巨大な腕には加速装置が取り付けられており、蒸気を上げながらブースターにより肘を加速させる。

単なる鉄塊でしかない拳は、しかし高速で迫る凶器だった。


「っ……!」


天王寺ひまわりは器用に回避しつつも、一つ避けるだけで精一杯だった。

四つの腕はその二本で顔を覆うようにして頭部を守っており、残る二本でひまわりを攻め立てる。


「今助けるよ!」


アオイはワイヤー弾を射出。その剛腕を絡めとってしまい、身動きを封じるべく動いた。

射撃武器どころか、武器らしい武器も持たないその機装ならば、腕さえ封じてしまえば無力化できると踏んだのだ。

しかし、その思惑は外れる。


「ば、ばか!」


ひまわりが叫んだ時には遅かった。

ワイヤーは腕の一本に突き刺さり、固定される。と同時に、その腕が火を噴き上げて振り回される。


「じあぁぁぁ!」


ワイヤーと一緒に振り回されたアオイは、成す術もなく宙を舞い、そして勢いよくひまわりに叩き付けられた。


「きゃああ!」


情けない悲鳴と共に、ひまわりと正面から衝突。肩の厚い装甲が盾となり、アオイの機装はそれほど大きな損傷を受けなかったものの、それとぶつかったひまわりの機体は軽装であった。


「くっそ……。あとは、頼んだ……」


半壊したひまわりは避ける所か動く事もできず、次の瞬間には鉄腕に殴打され、ばらばらに砕け散った。


「そ、そんな……」

「じじ、じじじじ!」

「い、いや……」

「じぃぃぃぃ!」


奇声と共に四本の鉄腕を構えながら近寄る、ばけもの。

ワイヤーやネットは放った所で逆に引き寄せられる事が目に見えており、小型小銃では鉄腕に傷もつけられないだろう。


頭部はしっかりと鉄腕に守られているし、胸部も鉄腕を巧みに操り狙わせないように動いている。

胴体に関しては論外である。これほどの重量と質量を持つ金属の塊を相手に、弾丸でどうこうなどできない。

自らの持つ武装ではどうにもならない。


絶望に瀕したアオイに、その時聞こえてきたのは先ほどと同じオープン回線。


「おいお前。何故生き残っている」


それは質問だった。

アオイは、やはりそういう事かと頭を振った。


「おいナッツ! どういう事だ! なんで一人残っているんだ!」


苛立ったような声。おそらくオープン回線を残したまま、切らずに別の通信を行っている。

そしてアオイにも、別の通信から返答される声が漏れ聞こえてきた。


「あ、あわわ!」


目の前が暗くなったような気がした。


「あわわー! なーんつって。さーせん! その子だけ機装を抱いて寝てやがったんで、最後に触るタイミングがありませんでした!」


その声は何度も聞いた慣れ親しんだ声と同一のものだったが、アオイは目に浮かぶ熱いものを振り切るように頭を振って否定した。そんなわけがない、と。


「機装を抱いて寝るって……。変態じゃないか……」

「あ、ちなみにー、ひまわりちゃんだけわざと残しました! その子だけまともに強かったんで、ミーコへのプレゼントです!」

「勘弁してくれ……。爆破が不十分なのかと思ってたら、わざとだったのか。まぁミーコが楽しめたなら何よりだが……」


アオイは胸の中にぐちゃぐちゃとした嫌な感覚が広がるのを抑え込みながら、声を絞り出した。


「そこにいるの……ルミちゃんだよね……」


一瞬の間の後、答えが聞こえる。


「はーい! 本名、夏野くるみ! だからルミちゃんでーす! あわわわ、バレちゃいましたー! あはははは! って、部長! これアオイちゃんに聞こえてんじゃないですか! やだなぁもう。もうウィッグ外してるんですけどー?」

「あぁ、映像までは見えていない。気にするな」


そんなやり取りまで聞こえる。


「今まで……。いや、そうじゃなくて……。なに、したの? 私たちに」


わかり切った事を訊ねると、よく知るルミの声で返答される。


「何って言われても……。あんたらの機装の中に爆弾突っ込んだだけだけど」


そしてアオイの視界一杯に、巨大な鉄腕が広がったのを最後に、仮想空間は終了した。






「以上。事の顛末だ。ネタ晴らし、という奴だな」

「クズね」

「心外だな。俺からすれば、外部の人間を易々と信用して……。いや、そこまでは良いだろう。お前らが最も愚かだったのは、自分の機装を他人に触らせた事だ。そしてその後に確認しなかった事だ」


試合終了の宣言はまだされていない。

秋河は爆裂したトドロキの機体から、頭部と胸部だけを抱えて木に立てかけていた。


「聞いているぞ。自分たちで整備、補修する知識も技術もなかったそうだな。その必要もなかったのだろうが、その程度の奴らが我々に勝とうなど、よく言ったものだよ」


そして秋河は銃口をトドロキに向けた。


「お前らだけは、他の高校と違って外から付け入る隙がなかったんでな。特別に何か月も前から仕掛ける必要があって大変だったよ。ナッツ……いや、ルミちゃんはよく働いただろ? 憧れのヒーロに肉薄できるほどにな。あぁそうとも。おかげで、俺は何もする必要がなかった」


のどの奥で笑うと、秋河は引き金を引いた。


「さようなら。素敵な花畑の世界に帰れ」


乾いた破裂音だけが後には残った。



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