Part6
聖アルバトロス女学院の宿舎で、朗らかな時間が流れた翌朝。
準決勝を翌日と控えた家鴨高校の宿舎では、秋河、ナッツ、ミーコの三人が朝食を摂っていた。
「……どうしても、どうにもならないか?」
「無理ですね……。部長もたまにはやって下さいよ……」
どことなく重い空気が漂う中、秋河は深い溜め息を吐き出してから眉間に皺を寄せる。
「勘弁してくれ……。ミーコの食事係はナッツだったはずだろう……」
「だから、ナッツは朝からマッハの急ぎで遊びに行く用事があるって言ってるじゃないですか」
秋河の拳がテーブルを叩く。
「ええい全く! 遊びに行くって何だ、遊びに行くって! もっとこう、言い訳とかないのか! せめて真っ当な理由なら笑顔で送り出してやったものを! 言い方を考えろ!」
ナッツの箸が秋河に向けられた。
「だって試合は明日ですよ! 今遊んでおかなきゃ、いつ!」
「箸を人に向けるな!」
二人の言い争いをぼんやりとミーコが眺めている。
「…………(喧嘩駄目)…………(仲良一番)」
ミーコの視線に気が付くと、秋河はやれやれと首を振る。
「やめろ。そんな今にも人を殺しかねない目で見るな。わかったよ。俺がミーコの食事をやる」
「あっざーす! 部長! あっざーしゃっしたー!」
ナッツの額に平手を叩き込んだ秋河は、ひとまずそれで全てを良しとした。しかし、額をさすりながらナッツが言う。
「つーか部長。マジで何もしないんですか?」
「何がだ」
「アルバ校ですよ。聖アルバトロス女学院。部長、本当に何もしないんですか?」
「あぁ……。それか」
秋河は何でもないようにしばし虚空を見上げると、頷く。
「そうだな。別に何もしない。そう言っただろ?」
「や、まぁ部長の指示には従いますけど……」
「何も舐めているわけではない。正面からまともにぶつかれば、なるほど。連中は強力だろう。金にモノを言わせた凶悪な装備や、何だかんだ言って天才型の強力な選手もいる。何だったか、天王寺とかいう選手がそうだな。他の選手も決して悪くない。まぁ、ラッキーだけで勝ち上がってきたというわけではなさそうだ」
秋河はそこまで言うと、しかしと続ける。
「まぁ、しかしナッツよ。お前がいれば充分だろう。保険にミーコもいる」
そこでナッツの瞳が伊達メガネの奥で輝いた。
「と、いう事は! いよいよナッツが試合で大活躍を……」
「あぁ、それはない。それとこれは話が違う。今回もお前はお留守番だ」
「んあー!」
だんだんと床を踏み鳴らすと、ナッツは鼻息も荒く歩き出す。
「もー! 遊びに行ってきます!」
「あぁ。好きに遊んで来い」
そしてナッツが去ると、キッチンに併設された食卓には秋河とミーコだけが残った。
「……(空腹)」
「ちっ……仕方ない。やるしかないようだな……」
秋河は食卓に置かれたサンドイッチを手に取る。そして、ゆっくりとミーコの顔に手をかけた。
ミーコは常に拘束されているが、それによって不便が生じる事は山のようにある。その都度、拘束具を外して対応してはいるが、とにもかくにも不便だし、何よりも危険にすぎる、というのが秋河の考えだった。
ミーコがなぜ拘束されているのかと言えば、単純に、危ないからである。
「い、いくぞ……!」
「……(食事)……(歓迎)」
ミーコは身体が自由になると、思考力が極端に低下するのだ。もっと言うなら、一つの物事しか考える事ができなくなると言って良い。
必ずとある一つの感情に支配され、それ以外の一切を失う。
錯乱とも混乱とも言い換えて良いが、その感情は明確な指向性があり、単なる狂乱とも違う。もっとも、秋河はそれが狂乱であったならどれだけマシだったかと考えているが、もはやどうにもならない。
果たしてその感情とはつまり、殺意であった。
「お、あ、あっ……」
拘束マスクを秋河が外すと、ミーコの口から声が漏れだす。
それから揺れる視線で秋河を捉えると、くるんと白目に変わる。次の瞬間、濁った瞳が戻ってくると、ミーコの意識が殺意という奔流に飲み込まれる。
「じ、じあ、じじじ……」
独特な唸りを上げて秋河を見据えると、歯を剥き出して獰猛に暴れ出した。
「じあああああ!」
事前に身体全体を椅子に固定していたため、ガコガコと座ったまま揺れるだけに抑えられているが、不用意に手を出せば指を食い千切られるだろう事が予測される。
「じらららら! じあああ!」
奇声を上げながら秋河を殺そうと暴れるミーコを見て、秋河は手に持ったサンドイッチをその口目がけて叩き込んだ。
「じぃあああ! じあ、が、ごふっ……!」
口を塞ぐと同時に、さっさと拘束マスクをはめてしまう。ベルトがパチンと音を立てて固定されると、途端にミーコは暴れる事をやめる。
「……(部長)…………(毎度御免)」
ぱちくりと瞬きを何度か繰り返し、それからゆったりとサンドイッチを咀嚼する。
「何と言う事だ……」
秋河は疲労を顔に浮かべて嘆く。
「一口ごとに、こんな事をいちいち繰り返さなければならないのか……」
額に手を当てた秋河は脱力して椅子に座り込んだ。
次のサンドイッチを求めるミーコの視線に、溜め息で答えた秋河は再びサンドイッチを手に取った。
聖アルバトロス女学院の宿舎に、男性は入れない。
男子禁制の学校の宿舎だから、という事もそうだが、入り口で屈強な男が、そして宿舎に張り巡らされたセキュリティシステムが、一切の不審人物を寄せ付けないからだ。
故に、宿舎の中にいる人物が招かない限り男性は入れない。女性なら誰でも入れるという事ではないが、男性は特にチェックが厳しくされている。
「すっげぇな……」
そして、それらをクリアして宿舎の応接室へと案内されたかもめ高校の男子生徒、一色翼。
ヒーロはその厳重な防犯体制に驚く。
「これ、本当に入って良かったのか……?」
不安そうに自らが座るソファーに目を落とす。それがヒーロにとってクリーニング代も出せないような高級家具である事はすぐにわかった。
「大丈夫だよヒーロくん」
向かい合わせに座っているのはアオイだった。のんびりと言って、手元の紅茶をすする。
「今日はお客様だから、ゆっくりして行ってね」
「客って……。俺はそういうつもりで来たんじゃないんだけどな……」
居心地悪そうにヒーロが言うと、ぺたぺたとジャージ姿の少女がやってきた。
「うぃーす」
ぼさぼさの頭をそのままに、眠そうな顔で言うのは天王寺ひまわり。
「いばらっちとロッキーの二人はもう準備できたっぽいよ。あたしの機装もさっきルミちゃんが終わらせたし。いやあの子すげーわ。あれだけ色々できるのに何で選手じゃねーの?」
がりがりと頭を掻いて言う。アオイは立ち上がると、ヒーロを手招き。
「じゃあ早速やろうか!」
「は、上等。こと機装にかけちゃ手加減しねぇぞ」
不敵に笑うヒーロ。
彼が何故、聖アルバトロス女学院の宿舎にやって来たのかと問えば、それは単純な事。練習試合である。
部長を務めるトドロキは、新しくやってきたメカニックのルミを見て即座にヒーロとの練習試合を考えていた。と言うのも、聖アルバトロス女学院はかもめ高校との練習試合に勝利した事がない。
何度か拮抗した事もあるが、天王寺ひまわり以外の部員はヒーロと一対一では勝負にならない。
幾度も辛酸を舐めたトドロキは、決勝前に、準決勝の前に、昨日からルミによって各個人へ最適化された機装をテストをしておきたかったのだ。
そのため、訓練用シミュレーターのある宿舎までヒーロを呼び寄せたというわけである。
「ようこそヒーロさん! 今日の私たちは手加減できませんが、よろしくて?」
シミュレーターの前で腕を組むトドロキ。その隣でいばらが柔軟体操をしており、奥では工具の山に埋もれるようにしてパソコンを抱えたルミがいた。ひまわりが欠伸混じりに伸びをして、アオイが鼻息も荒くヒーロを見る。
「さぁ! 機装戦しようよ!」
同時刻。家鴨高校の宿舎にて。
「本当に何もしない、と思ってるのか? バカめ」
「……(甘々)」
「今に吠え面をかく事になるさ」
「……(同意)」
そして秋河の目の前で、爆弾が見事に爆裂し、黒煙を噴き上げた。周囲全てを巻き込む大爆発である。
「言わんこっちゃない……。最初からピーターが怪しかった。テロを未然に防ぐ事もできたはずだ」
「……(肯定)」
テレビ画面の中では、大量のエキストラが逃げ惑う姿が映されている。海外で話題にもなったその映画は、実に派手な演出が大量に盛り込まれていた。
「はぁ……。何故、俺はミーコと二人で興味もない映画なんて見ているんだ……。おいミーコ、こういうのじゃなくてカンフー映画にしよう。借りてきた映画にあるだろう。それは俺が選んだんだ」
「…………(功夫映画)……(何故)」
秋河は足元に積んだレンタルビデオの山から一枚取り出す。
「俺はカンフー映画が好きなんだ」
「……(意外)」
秋河はスリルとサスペンス溢れる映画を何となく眺めつつ、あらかじめ用意していたポップコーンを手元に引き寄せた。
「平和だな……」
ぼやきながらビデオの山をもう一度眺めると、恋愛映画のタイトルが何本か目に入った。
「しかしミーコ。お前の選んだのは恋愛映画ばかりだな。それもお涙頂戴ものばかり」
ミーコと二人で恋愛映画を見る気になど、秋河は到底なれなかった。
「この映画、ナッツが選んだものだったな。しょうもない。あいつは俳優が男前かどうかしか見ていないぞ」
やれやれとぼやきつつ。それでもゆったりと時間が流れ、たっぷり夕方まで秋河はミーコと映画を見ていた。
ヒーロは聖アルバトロス女学院の戦力を冷静に分析していた。
最前線では、大量に搭載した重武装を加速装置で無理やり動かしているような、突撃仕様のいばら。そのやや後方から、身軽さに重点を置いたシンプルな機装のひまわり。この二人のツートップが敵を押し込む。
そして後方では大型の砲塔を構えるトドロキ。それを守るように、そしていざとなれば前線の援護もできる位置でアオイが支える。
機装は五人まで参加できるが、もう一人には一年生部員の誰を入れるか未だ確定させていないという事で、ヒーロが相対したのは四人だった。
「びっくりした」
数時間にも及び練習試合を何度も繰り返し、最後にヒーロはそう告げた。
「天王寺が強い。マジで強い。あとトドロキの大砲、あれわざと俺の足元や逃げ道に撃ち込んでるだろ。それのせいで、いばらがガンガン突っ込んで来れるようになってるんだな。それからアオイ、お前は拘束とか足止めが上手すぎる。ちくちく嫌な所で邪魔して来やがって。何だか全員、本当に機装が馴染んでるっていうか、どうしたんだよ一体。すげえな」
惜しみない称賛だったが、ヒーロ以外には半ば皮肉にも聞こえた。
「あなた……。また全部勝っておきながら、その言い草はどういう意味ですか?」
トドロキの半眼にひるまず、ヒーロは涼しい顔で手を振って見せる。
「えーと……。んじゃ、俺はこれで。明日を楽しみにしてるぞ。これに加えてもう一人誰か入れるんだろ?」
「えぇ。一年生の部員から誰かを。当然、もうルミさんが候補者の機装も調整してくれています。……今回のあなたとの戦闘データも加味して、今日これから更に調整をしてくれるそうで、本当にルミさんには頭が下がります」
「あ、あわわわ! わ、私そんなんじゃ……」
ヒーロとトドロキのやり取りを見ていたルミが工具と部品の山から顔を上げる。それを苦笑しつつ、ヒーロはふと思い出す。
「そういやぁ、継実高校の宿舎が火事になったの知ってるか?」
「えぇ。機装も全部焼けてしまって、試合に出られなかったとか」
「気を付けろよ」
トドロキはヒーロの表情に真剣なものが浮かんでいるのを見つけると、声のトーンを下げた。
「……それは、火の後始末をという意味で?」
ヒーロはその質問には答えずに続ける。
「多分だが、あれは継実高校じゃない誰かが何かした。……と思う。だって、いくら木造だからってあんな燃え方するかよ。それに、他にも何かおかしい気がするんだ。上手く言えねぇけど、こう……。ただの火事じゃねぇっていう、そんな気がする」
「それは……勘と言うのでは?」
「あぁ。勘だ。でもとにかく気を付けてくれ」
忠告は勘であると言い切るヒーロに、くすくすと笑いながらトドロキは返した。
「でも、それこそ怪盗でもない限りは並の人間じゃこの宿舎に忍び込めないと思うけど……。貴重品は頑丈な金庫に収めているし、大丈夫ですよ。忠告は感謝しますし、覚えておきます」
「まぁ……。なら、良いんだけどよ……」
そしてヒーロは歩き出した。
「じゃ、明日は会場に見に行くからな。活躍を楽しみにしてるよ」
「えぇ。その後はあなたの番ですからね。まさか決勝まで勝ち上がって来れない、なんて事はないでしょう? アルバ女学院の生徒は執念深いんです。やられた事、忘れませんし、必ず後悔させてみせましょう。どうぞそれまで、せいぜい無敗でいて下さいな」
「おぉ怖いな。楽しみだ」
やがて夕日が沈むと、夜の帳が訪れる。
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