Part 5



聖アルバトロス女学院。


生粋のお嬢様学校で、主に裕福な家庭を持つ女生徒が通う私立高校である。付近一帯でもトップクラスの進学率、偏差値を保っており、文武両道を掲げる校風によってスポーツにも力を入れている。


「あわわ……。さすが近場じゃ一位二位を争うお金持ち学校……。すっげぇ宿舎……」


聖アルバトロス女学院に与えられた宿舎は他の学校と違っており、見た目の造りこそ同じであるものの、要所要所に華美な装飾が施されており、草花を編んで作ったかのような意匠の門まで用意されていた。

また、大きさも他校の宿舎に比べて一回り大きい。


「ひぇー……。なんでこんな所にお金かけちゃうんだろう……」


宿舎が違うのは単純に、聖アルバトロス女学院が自前で資金を出したからである。

その理由はいくつかあるのだが、要は我が校の生徒が一般庶民と同じものなど、という学校側の考えに基づいている。


「あわ、あわわわ!」


綺麗に整えられた庭園を、一人歩く彼女は驚いて両手を上げてしまう。

宿舎のドアには黒いスーツを纏った男が二人いたからだ。恐ろしく屈強な肉体をしており、周囲を油断なく見ている。


耳には無線機器がかけてあり、彼女はその厳重な警備に驚いてしまったのだ。何より、警備している男の顔が恐すぎた。


「あわわ……。あ、あの、決して怪しい者では……」


彼女は巨大なリュックサックをパンパンに膨らませて背負っており、聖アルバトロス女学院の制服でもなければ、一般的な女性用ワンピースに麦わら帽子を被っているだけだった。


「わ、わたし、あの……」


周囲をキョロキョロと見渡すと、声がかかった。


「あ、ルミちゃーん!」

「はっ! あ、アオイちゃん……!」


ルミと呼ばれた彼女が声の方を見れば、聖アルバトロス女学院の制服を着た少女が駆け寄ってきた。

毛先のはねたショートカットがふわふわ揺れて、丸い目をもっと丸くして、転ばないように駆けている。

二人は手を取り合って、それからルミは安堵の溜め息を吐き出した。


「はぁぁー良かったですー……。もしここでアオイちゃんに会えなかったら、もうどうなってたか……」

「やだなぁ大げさだよ」

「もう大会始まっちゃってるのに、来れたのが今更で……。せっかく呼んでくれたのに……」

「そんなの良いって良いって。さ! 入って入って!」


アオイがルミの手を引き、屈強な黒服の間を通る。宿舎に入ると、ひんやりとした冷房が二人を包んだ。


「トドロキさーん? ルミちゃんが来たよー!」


玄関口でアオイが言うと、奥の方から声が聞こえる。


「今は手が離せませんのー。いばらさーん、お願いできますー?」

「んー? はいよー」


簡単なやり取りが聞こえると、奥から現れたのは制服をラフに着崩した短髪の少女だった。


「ちーす。あんたがルミちゃん? あたし、野原いばら。暑い中おつかれー」

「あ、は、はい。百合川ルミです!」


ぺこぺこと頭を下げルミを見て、いばらが笑いながら通路の奥を顎で指す。


「今、ロッキーがルミちゃんの歓迎にお菓子焼いてるんだよね」

「やった!」

「なんでアオイが喜んでるのさ。ルミちゃんの歓迎だっつーの」

「あわわ……恐縮です……」


奥に伸びる廊下には、甘い香りが漂っていた。三人が行き着いた先では、カウンターの併設されたキッチンにエプロンドレスを着た金髪の少女がいた。


「はじめまして。トドロキ・レイニー・チューリップです」

「あわわわ! が、外国の方ですか! わ、わたし英語なんて……!」

「いやいや、こいつハーフ。そこは日本語でいいから」

「えぇ。と言うか私、日本語しか話せませんし」


トドロキは青い瞳でウィンクを一つ残すと、長い金髪をなびかせて一度キッチンの奥に引っ込む。次に現れた時には、白磁の皿にクッキーやビスケット、タルトと言った焼き菓子を大量に乗せていた。


次々と手際よくカウンターに並べると、今度はティーセットを一式用意して紅茶を注ぐ。


「……ねぇアオイちゃん」


ルミが小声でアオイの袖を引いた。


「なんで一回入れたお湯を捨てるんですか?」


紅茶を入れる様子への素朴な疑問を述べるルミに、アオイは曖昧な微笑みで返した。





「では。ようこそ百合川ルミさん。聖アルバトロス女学院、機械装甲戦闘部へ」


トドロキがそう言った時には、既にいばらがフルーツタルトを咥えていた。


「は、はい! 本日はお招き頂き、ま、誠にありがとうございます!」

「だいじょうぶだよ~そんな緊張しなくて」


緊張している様子のルミの頭を撫でながら、アオイは微笑んだ。




百合川ルミは聖アルバトロス女学院の生徒ではない。

では何故、厳重な警備まで用意した宿舎に招き入れたのかと言えば、実は複雑そうに見えて大した話があるわけでもない。そもそもの発端は、半年以上前に遡る。



前提として、聖アルバトロス女学院には機装についての知識や技術を持つ者がいなかった。

正確には、操縦技術のある者はいた、と形容した方が良いだろう。しかし、そのメンテナンスや修理、補修と言った事を可能とする知識と技術を持った人間がいなかったのだ。


これに困ったのは、当時部長を務める事になったトドロキである。


それまで機装の整備一切を外部業者に委託していたのだが、それでは一度業者に渡し、また戻ってくるまでは機装を使う事ができない。

何も毎日修理する必要があるわけでもない。普段ならばそう気にする事でもなかったのだが、大会中はその一日が惜しい。


トドロキは最悪、整備士を大会中の宿舎に常駐させるしかないのでは、とまで考えていた。


そんな時、部員の一人アオイが手を上げたのである。


「私の行きつけのお店に、詳しい子がいるんだよねぇ」


アオイが頻繁に通っていた機装の専門店。

最近新しく入ったバイトの少女は機装に対して非常に知識が豊富で、また整備技術も充分なものを備えているらしかった。


「仲良しだから、ちょっと相談してみるね」


その後、話はトントン拍子に進む。


店の仕事が忙しいらしく、大会中は常に一緒にという事はできないそうだが、機材以外は全くの無料で整備をするとバイトの少女は快諾した。


「あわわ……。いくら何でも、たかがバイトの、わたしなんかの整備でお金なんか取れませんよ……。そんな、恐れ多い……!」


とはそのバイト本人の言葉である。


そうして、アルバトロス女学院は準決勝を前にようやくメカニックを手に入れる事ができたのである。整備士の資格等は持っていないものの、少なくともアオイから見てルミの腕前は信用できるものだった。


そして、今ルミは焼き菓子の並んだテーブルを囲んでソファに腰かけるまでに至ったのである。

 


「えっと……じゃあ、早速ですけど機装を拝見しても……?」

「やだなぁもう。そんなに畏まらなくっても、ルミちゃんとあたし達はそんなに歳変わらないんだから。もっと気楽にして良いんだよ」

「あわわ……で、でもわたし、アオイちゃんしか知らないし……」


人見知りの激しそうなルミは、不安に顔を曇らせる。それを見たいばらは、かじりかけのクッキーをごくんと飲み込む。


「だーいじょうぶだって。メカニックいなかったし? みんな歓迎してるっつーの。このお菓子も、ロッキーがルミちゃんと仲良くなりたくて用意したんだから」

「いばらさん。その愛称はやめて」

「ヘイ! ロッキー!」

「やめて」


トドロキは不快そうに語気を強めると、追加の焼き菓子を用意すると告げて立ち上がった。


肩をすくめて見せるいばらを無視するように、トドロキはキッチンの向こうへと行ってしまう。そのやり取りをにこにこと微笑んで眺めているアオイに、ルミはそれよりもと声をかける。


「あの、やっぱり作業してた方が落ち着くっていうか、もしも何か必要なパーツがあったら買って来なきゃならないし、やっぱり先に機装を見ておきたいんです……けど……」


自信なさげに訴えると、アオイはにっこりと笑顔を咲かせた。


「おっけー。ルミちゃんは機装が好きだねぇ」


アオイの言葉に合わせ、いばらも立ち上がりながら言う。


「んじゃーあたし、機装持ってくるわー。……戻ってくる頃にはケーキが増えてそうだし」


と、そうしていばらが部屋から出ていった直後。入れ替わりのように少女が現れる。パジャマを着ていて、いかにも寝起きと言った表情である。


「うるさい……。パーティでもしてん……。……え、誰そいつ」


驚いたような表情を浮かべる少女に、アオイが答える。


「ルミちゃんだよ。前に言ってた、機装に詳しい子! 今日は整備しに来てくれたんだよ」

「あー……。そういやそんな話、あったっけ……。じゃあ後でそこら辺に置いとくから、適当にやっといてよ」


あんまりうるさくすんなよ、と最後に言うと、少女はよたよたと去って行く。


「あの子はひまわりちゃん。天王寺ひまわり」


自分の機装を、そこら辺に置くから適当に、というのはルミの感覚では信じがたい事だった。が、それだけ自分の信用があるならばと言葉を飲み込む。


「他にも何人かいるけど、後でみんなで花火しようよ。でー、その後には怖い映画見よう! 怖い奴。それからその後は、みんなでご飯作ってー、それからー……」

「あわわわ! す、すみません! 今日は近くに宿をとってるので、そんなに遅くまでは……」

「えー? 泊まって行ったら良いのにー……」

「そ、そんな恐れ多い……! み、皆さんと同じ宿舎なんて……」


ルミとアオイがそんな会話をしていると、部屋のドアを肩で押し開けるようにいばらが現れる。両手には溢れんばかりの機装と、その換装用パーツが乗っていた。


「ついでだから、他の奴の分も持ってきたよー」


テーブルの上の皿を端に追いやり、いばらが抱えていた機装を置こうと手を下げる。と、しかしそれをルミが制止した。


「あ、ちょっとお待ち下さい……!」


そして素早く持参したリュックサックの中から一畳はある黒いシートを取り出すと、床に広げた。


「大事な部品がなくなっては困ります。この上に置いて下さい」

「え、あぁ……。うん。ありがとう」


自分の乱雑さを恥じるように、いばらはシートの上に抱えていた機装を置いた。


「いばらちゃん、どうどう? ルミちゃんすごいでしょ? まるでプロみたいでしょ?」

「だから何でお前が誇らしげなんだよ」


二人の様子を視界の隅に入れながら、ルミが黒シートの上に座り機装を並べて行く。換装パーツも一つ一つ丁寧に分類し、ゆっくりと吟味するように扱う。


「……へぇー……?」


声を出したのはいばらである。頼りなさげな印象をルミに抱いていたのだが、機装を目の前にしたルミは明らかにそれまでと違っていた。


大きな目が更に広がり、一切を逃さないという様子で機装を凝視している。手早く、それでていてあらゆる細部に至るまでを入念に見て行く。

そしてリュックサックからルーペや布を取り出すと、埃などを落としながら装甲の継ぎ目まで確認する。


どうだ、と言わんばかりのアオイは気に入らなかったが、いばらはなるほどと頷いた。何をどれくらい見ているのか定かではないが、目つきや手つき、そして顔つきが今までとは完全に別人に思えたのだ。

こと機装に関して、この少女は並の熱意ではないと、いばらは胸の内でルミを見直していた。


「あの、すみません……。工具で、表面だけでも外しても良いですか? ちゃんと元に戻すので、外部装甲だけでも……」

「んー? 良いよ良いよ! あ、その黄色い奴があたしのだから。それは好きにバラして良いからね。傷んでる所とかあったら交換して欲しいし、出力の調整なんかもお願いしちゃおーかなー」


そこでルミが手に取ったのは、可能な限り速度を優先するような改造を施された機装だった。


黄色いカラーリング塗装がされており、あちこちから鋭利な刃が直接飛び出しているような、見るからに攻撃的で危険な姿をしている。


「とにかくダーっと走って、そのまま斬って斬って駆け抜ける! そんな感じの方向で、もっと強くて速くできないかな!」


目を輝かせたいばらに、アオイが紅茶の入ったカップを片手に言う。


「あぁ、いばらちゃんはレイジングサマーのファンだもんねぇ」


のんびりとアオイは言うが、眉を顰めて続ける。


「でもでも、私的には真似して欲しくないなぁ」

「えー? 恰好良いじゃん!」


そこでふと、ルミが顔を上げた。


「レイジングサマーって、何ですか?」


「えっ! ルミちゃん機装やってて知らないの? あたしらの世代じゃ伝説だよー?」

「あ、わわ……。わ、私は整備専門でして、乗ったりとか戦ったりはしないので、知識に偏りがあって……その……」

「……整備はするのに自分じゃ乗らないの?」


いばらが首を傾げていると、丁度そこにケーキと焼き菓子をいくつも乗せた皿を持ってトドロキがやってきた。


「レイジングサマー。去年までとある中学校にいた、強力な機装の選手です」


テーブルに皿を置くと同時に、いばらがそっちの方へ行ってしまう。その様子を横目で眺めつつ、トドロキは続ける。


「公式試合では一度の敗北もしていない選手で、その圧倒的な強さは私たちの世代では有名でした。私が機装を始めたのは高校生からですが、それでも当時の映像を見る限り、おそらくレイジングサマーが中学生でも今の私は歯が立たないでしょう」


淡々と語るトドロキにケーキにフォークを突き刺したいばらが補足する。


「それだけじゃーないぜー? レイジングサマーは、銃を使わないんだ。盾も使わない。めちゃくちゃ速く走って、すれ違った奴は気づいた頃には首が落ちてるんだ! どうだい? ロマンだろー?」

「私個人としては非常に非効率的だと思いますが……。それでも、格闘武器で射撃武器を圧倒して、公式無敗だなんて……。実際に記録映像を見るまでは信じられませんでした」


トドロキは過去、いばらに見せられた映像を思い出す。赤黄色の残像だけを残して、全てが切断されていく様子は驚愕を覚えた。


「んーでもー……」


ふと、アオイが不満そうな声を上げる。


「それが敵だけをやっつけるんなら、良かったんだけどね……」

「まぁ……確かに、あれはなー……」


ルミが目で続きを促すと、アオイが溜め息混じりに続ける。


「レイジングサマーは、味方機も攻撃しちゃうんだよ。どうしてそんな事するのかなぁ。私にはわかんないけど、敵と一緒に味方も全員撃墜して、最後は一人になっちゃうの」

「まったくもって、理解不能です。子供の遊びじゃないんですから。真面目にスポーツをやろうとしている人に対して、失礼です」


うんうんと頷く二人に、アオイが続ける。


「なんでそんな事するんだろうねぇ……?」


すると、ルミが意外そうな顔で言った。


「え、そんなの、楽しいからに決まってますよ」

「楽しい……から?」


きょとんとした顔のルミは、疑問符を浮かべるアオイへ当たり前のように返す。


「もっと機装戦を楽しみたいから、敵だけじゃ満足できなくて味方とも戦っちゃうんですよ。お皿に盛られたケーキは、残さず全部食べたいに決まってます」

「……で、でもでもルミちゃん。それで周りにかかる迷惑とか……」

「あぁ……。それなら、そうですね……」


ルミはごくごく自然に答える。


「その人、自分が楽しい事しかしたくないし、できないんですよ」


そこまで言うと、ルミはふと疑問を述べた。


「えっと……その人は、今どうしてるんですか?」


すると、ひどく残念そうにいばらが答えた。


「それがわかんないんだよね。中学を卒業して、学校に通ってるならどっかの一年生なんだろうけど……。高校の機装部でレイジングサマーが出たらすぐ話題になるはずなのに、全然聞かないし。そもそも、レイジングサマーなんて誰が言い出したのかもわからないアダ名で、本名もよくわかんないんだ。本人が個人情報ロックの申請を出したみたいで、どの記録映像も名前が消されてんの。名前を知ってるのは、同じ中学にいた奴か、本人にぶった斬られた奴だけだね」

「もう機装を辞めてしまったのでは?」

「まさか! あんな超強い奴が辞めるなんて信じられないって!」


その時、ずるずる何かを引きずるような音が聞こえる。目を向ければ、ジャージを着て脱いだパジャマを引きずって歩く天王寺ひまわりがいた。


「うぃーっす……。おめーら、花火しようぜ」

「あ、ひまわりちゃん起きたのー? おはよー」

「昼過ぎにお目覚めとは素敵なご身分ですのね……。それに花火なんて。まだ夕方にもなってませんが?」


のほほんとしたアオイと対照的に、非難がましい目を向けるトドロキ。

しかしひまわりは気にする様子もなく、あくびを一つ吐き出してから言う。


「ばっか、明るい内から花火したって良いだろべつに。あと今日は休みだから。学校もないし。寝て良い日だから」


ふわ、と再びあくびをしてから、ひまわりはテーブルまでやってくると、いばらが手を伸ばしていた焼き菓子を先に奪い、そのまま口に放り込んでしまった。


それから。花火の後にはアオイ推薦のホラー映画を見て、夕飯の支度を全員でこなして食事。

その後少しだけ機装を実際に動かしての練習を行った。

自前のシミュレーターとコクピットが聖アルバトロス女学院の宿舎には用意されているため、食後の運動には都合が良かったと言える。


たっぷりと長居してしまったルミは、帰り支度を大慌てで行う羽目になった。


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