part 4
関東大会、二回戦の朝。
家鴨高校の秋河は清々しい気分で朝を迎えた。
「うむ。絶好の機装日和」
宿舎の前で腕を組んで言うと、後輩のうるさい方が元気に跳ねて見せる。
「はーいはーい! それならそれなら、ナッツも試合に出してくださーい!」
「却下だ」
「んあー!」
ナッツはパンプスのヒールで土を蹴り飛ばす。
「……(早朝)…………(睡眠希望)」
ミーコのサンダルがざりざりと引きずられる。
「では。会場に向かおうか?」
そうして一行は朝靄の中を歩き出した。
しばらく歩くと、何やら慌ただしい様子を秋河は感じる。
行き交う人々が早朝から落ち着かない表情をしているのが目につく。
「はて……。今日はどうしたのか。騒がしいな」
「んー……。あ! ナッツたちの応援じゃないですかね! 早朝から試合なのに、頑張ってるな偉いぞ! って!」
秋河はナッツの額に手を横なぎに叩きつけると、小首を傾げて会場に向かった。
会場で選手登録の確認を受け、秋河は二人の後輩と共に控室へ。後は呼ばれるのを待つばかりなのだが、試合開始時間の直前になっても係員は現れなかった。
「……どうなっているんだ? もう試合開始時間だぞ? 声の一つもかけに来るのが筋だろうが。まさか、我々が忘れられている、などという事はあるまいな?」
「これで遅刻扱いで、試合欠席にされたらたまったもんじゃないですねー」
「まったくだ! ナッツ、確認してこい!」
「んえー? ナッツがですかー?」
嫌そうな顔をしているナッツを睨むと、丁度そのタイミングで係員が控室に現れた。大会運営スタッフの制服を着ており、どこか困ったような、慌てたような、そんな表情を浮かべている。
「……どうされました?」
今の今まで文句を言っていた、などと言うわけにもいかない。まさか聞かれてはいないだろうな。などと考えながら訊ねると、係員はやっぱり困ったように告げた。
継実高校の選手が現れないので、二回戦は家鴨高校の不戦勝です。
「なんと!」
秋河は立ち上がると、咄嗟に口元を押さえた。
「で、では……その、我々は今日、試合をしない、という事ですか? それは確定ですか?」
そう、再三の確認をすると秋河は、どう転んでも不戦勝に終わった事に頷いた。
連絡もなく、規定時間を過ぎても継実高校が現れない以上、大会運営側としては継実高校を不戦敗にせざるを得ないらしい。
継実高校の状況が状況なので……という言葉で濁していたが、結局運営の判断が覆る事はなかったと秋河は聞く。
「そう、ですか。では……我々はこれにて失礼します」
そう告げた秋河は、最後まで口元を押さえたまま会場を後にした。
「部長ー」
「…………」
「ぶーちょー!」
「…………」
「部長ってば!」
「えぇいなんだ、やかましい。もう少しだけ静かにしていろ」
会場から家鴨高校の宿舎に向けて歩く道中。
秋河は口元を押さえ続けていた。ナッツの甲高い声を手で払うと、人気のないベンチを見つけて腰掛ける。
「ふぅ……。ナッツ、周辺に人影は?」
「んー……んー……。誰もいませんね!」
「ほら、ミーコも座れ」
「……(睡眠)」
座ると同時に、ぱたりと眠ってしまったミーコを眺めながら、秋河はナッツと顔を見合わせた。
「く、くく」
「えへへへ」
「く、くくく……くは、くはは、くははははは!」
「あははははははは!」
秋河とナッツの笑いが響いた。
「くははは! あぁ何という! 笑いを堪えるのが大変だったぞ!」
「あ、やっぱりそれ笑うの我慢してたんですかぁ?」
「それはそうだろう! くははは! バカどもが! あんな安い手に引っ掛かるのだからもう! さすが底辺を這いずる脳筋ヤンキー共の寄せ集め! こうもあっけなくては、張り合いもないな!」
ひぃひぃとベンチを叩きながら秋河は体をくの字に折って笑う。
「いやぁー……やっぱり木製だと燃えましたねぇ」
「まるでバースディケーキのようだったな! 脳筋ヤンキー共の巣にしては綺麗だったと拍手を送ってやって良い!」
継実高校の宿舎が火事に見舞われ、中に保管してあった機装が失われてしまう事件。これによって、継実高校は事実上の試合不可、不戦敗となってしまった。しかしこれらは全て、秋河を筆頭にした家鴨高校によって仕組まれた事であった。
音声変換プログラムによって変声された電話をかけた秋河は、継実高校の狙撃手に連絡。オトモダチが危篤状態であるという旨の事を通達すると、直後にタクシーを五台呼び寄せた。
予想外だったのは、二名が自前のバイクで病院に向かってしまった事だが、問題にはならなかった。
呼んだタクシーに部員全員が乗り込むと、タクシーは病院へ。その間に秋河とナッツの二人は、無人になった継実高校の宿舎へと侵入。そして主要カ所に次々と放火。
それから何事もなかったかのように家鴨高校の宿舎に戻ると、次の日に備えてゆっくりと睡眠をとったのだった。
「いくら五台来たからって、誰も残さずに全員で向かうか? だからバカだと言うんだ」
「ナッツ的には、最初の電話を信じた所からもう捧腹絶倒モノでしたぁ!」
「おっと? そこはこの俺の演技が素晴らしかった、と言っても良いのだぞ?」
「いやぁー……大根さんは人参さんになれませんし……」
秋河はナッツの額に拳を叩き込むと、思い出し笑いに口元を歪ませながら語る。
「肝心の頭脳が付いてこないのでは、体だけ鍛えた所でな。いや全く、大した事のない相手だった。弱い。貧弱に過ぎる。俺たちを舐めているとしか思えなかったな」
「あー……それはそうですねぇ……。あーんなに、あーんなにたくさん用意した道具が全部無駄になっちゃいましたね」
秋河とナッツは継実高校の宿舎に侵入するため、あらゆる防犯設備を警戒していた。その対策には費用も時間もかかったのだが、蓋を開けてみれば窓の鍵すらかかっていない体たらくであった。
「他にも色々と宿舎を無人にする計画があったというのに、全て無駄になった。あれはひどい。よくあんな弱小校が関東大会まで勝ち上がってこれたものだ……。正直、ちょっと驚く。どんな強運だ」
「んー……。まぁ、単純に、こういう事してんのってウチらだけだから、じゃないですかね?」
「バカな……。では想定すらしていなかったと? 我々のような作戦をとる敵が、いるとすら思っていなかったとでも言うのか?」
「ま、でしょうね。つーか、普通は思わないんじゃないですか? まさか試合前に宿舎燃やされるなんて普通は考えないですよ」
「くははは! ナッツよ、面白い冗談だな!」
「あーれー……?」
部長はたまに天然ですよね、というナッツの言葉を無視すると、秋河はにやりと笑みを浮かべたまま宙を見つめた。
秋河の頭から、既に継実高校の事など消えてしまう。どうでも良い。せいぜい引っくり返って慌てる様子や、まんまと安い手に軽々とはまってしまう様は多いに笑えた。が、それだけ。
既に倒してしまった相手の事など、雲散霧消。秋河の頭は次の事を考えていた。
「準決勝か。次は、聖アルバトロス女学院だったな」
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