part 3
二人が病院に到着したのは、それからどれくらい後だったか。緊張した様子で三上と弐ノ神が夜間受付に問うと、担当医を呼ぶから暫し待てと告げられた。
「おいおいおい! 待ってらんねぇよ! 冗談じゃない! さっき電話をもらったって、そう言ってるだろ? 弐ノ神サン! 何か言って下さいよ!」
「…………」
しかし、受付で激怒する三上と反対に弐ノ神は強い違和感を抱いていた。
何故、こうも話が通らないのだろうか、と。
病院から電話をかけるような事態で、三上はすぐに向かうと返事をしている。実際それからすぐに到着している。そして一之瀬の名前も出しているのだが、病院側の対応は困惑の一言に尽きる。
まるで、自分たちの来訪が突然だったために驚いているような、そんな様子にしか見えない。
「えぇいくそ……!」
三上が足音も荒く歩き回っていると、続々と宿舎にいた面々が遅れてやってきた。
どうやら全員が運よくタクシーを拾えたらしい。窓から見える駐車場には五台ものタクシーが連なっている。
「弐ノ神サン……。もうこうなったら無視して病室か治療室に……!」
三上が耐え切れずに声を上げた時。誰もいない深夜の廊下にカラカラと音が響いた。
「うん? みんな、どうした……?」
「っ!」
誰もが目を向けると、そこには車椅子に乗った一之瀬が驚いた顔をしていた。
「んん……? 先生から僕を呼んでるデカい奴が来てうるせぇって言われて、慌てて来たんだけど……。お前ら、こんな夜中にどうした?」
心底わけがわからない、と言った表情の一之瀬。何が何やら、と言った様子で誰もが顔を見合わせた。
「いや、お前が死にそうだって三上が……」
「はぁ? 三上、そういうのやめろよ。何だってそんな」
「い、いやいやいや! いやいやいや! 信じて下さいよ弐ノ神サン! 一之瀬サン! 確かに俺ぁここの病院のお医者から、そう聞いたんですって!」
「んな事言ってもなぁ……。実際、僕はこうして元気だし……」
「……まぁ、良い。とにかく無事ならそれで良い。三上の勘違いで済んだなら、それに越した事はない」
「そんな、マジなんですって……」
意気消沈する三上の背を軽く叩くと、弐ノ神は全員を連れて病院を後にする。
「邪魔したな」
「あぁ全くだよ。睡眠時間を何だと思ってるんだ?」
「そうだな。怪我人を夜中に……」
「そうじゃない。お前らだよ、お前ら。明日は二回戦だろ? 寝不足で勝てませんでしたーなんて承知しないからな?」
「あぁ……。……任せてくれ」
「ん。なら良し。帰って寝ろ。で、勝ってくれ。頼むよ」
「…………あぁ。頼まれた」
そして弐ノ神と三上がバイクにまたがった所で、駐車場まで付いてきた一之瀬が車椅子の後ろから小ぶりのバックパックを取り出した。
「ん。持ってけ」
「これは?」
「……僕の、気持ちだ。結局渡せなかったけど、丁度良いと思ってね。大切に扱ってくれよ? それは僕そのものなんだから」
「……わかった」
弐ノ神は受け取ると、しっかりと背中にベルトで固定した。
「じゃ、勝利報告。待ってるからね」
「あぁ」
「……今日は雨なんか降ってねーから心配するな。あの雨は、お前らがいれば降らないんだよ」
「あぁ」
「じゃあ、頼んだぞ」
「……頼まれた」
二人のやり取りが終わると、三上はアクセルを開いた。
しばらく走らせると、弐ノ神は周囲を見る余裕が出てきた。
「景色、見ろよ三上」
「え? あぁ、綺麗っすね。ここら辺の夜景って有名でしたっけ?」
「いや。聞いた事もないな」
「じゃ、普通の夜景っすね」
「あぁ。でも、綺麗なら充分じゃないか」
「ロマンチストなのは見た目と合わなすぎっすわ」
弐ノ神はガツンと拳を三上のヘルメットに叩き込むと、流れる夜景を見送った。
他の部員はタクシーで再び呼び寄せてから来るので、三上と弐ノ神だけが先に帰る形である。とにもかくにも、何事もなく良かった。ほっとした。
弐ノ神は安堵の溜め息を吐き出した。
そして、宿舎に戻った弐ノ神と三上は言葉を失った。
「なん……で?」
かろうじて絞り出せた言葉は、舌の回る三上をしてもそれだけだった。
「なん……な、え? え……?」
そこにあったのは、大量の蝋燭に照らされた巨大なバースディケーキだった。いや本当にそうならば、どれだけ良かっただろうか。果たしてそのケーキは、宿舎と同じくらい大きかったのだ。
それが宿舎そのものだったなどと、信じられる事ではなかった。
「はぁぁぁ? なんっだよ! これぇぇ!」
三上の絶叫が木霊する。
弐ノ神と三上の見たものは、赤々と鮮やかに夜空に燃え盛る宿舎だった。
「なんだよ! 何なんだよぉぉ!」
宿舎は今や各部屋から火炎を噴き上げ、屋根まですっぽり紅蓮に包まれている。
木材の燃える匂いが立ち込め、周囲に人影もない。消防車などはまだ来ていない。
「……はっ!」
そこで、茫然と立ち尽くしていた弐ノ神が気づいた。宿舎の中にはまだ自らの機装がそのままである。あれが燃えてしまえば、明日の試合どころではない。
弐ノ神は背のバックパックを外すと、三上に押し付けた。
「くっ……!」
「弐ノ神サン!」
そして猛然と宿舎に駆け出すと、三上の制止も聞かずに玄関ドアを蹴り破る。既に焼けていたので、突進の勢いと合わせて一撃でドアは粉砕された。
「……!」
弐ノ神の視界に広がるのは、一面の赤。かろうじて焼け残っている部分を選んで、しかし躊躇せずに弐ノ神は飛び込む。
自室は奥の方だが、まだ焼け死ぬほど火が広がっているとも思えなかった。
「……らぁっ!」
吠え、自室のドアに体当たり。しかし、自室まで辿り着いたものの部屋の中には白煙が充満していて、前後も定かではない。
「くそ、くそ!」
記憶を頼りに、机へ向かう。
手探りに手を走らせると、そこにあった機装を掴む事に成功する。
「っし、後は逃げるだけ……」
と、振り向いた所で天井の梁が落ちて来るのが見えた。
弐ノ神はそれを腕力で弾き飛ばそうとして、しかし寸での所で自らの機装を守る事を優先した。
「ぐっ!」
短い呻き声を上げた弐ノ神の背には、焼けた梁が直撃した。
梁に背を向け、機装を胸の内にかばった結果である。
背の皮と肉を焼かれる痛みを振りほどくように梁をどかすと、弐ノ神はよたよたと部屋を出た。
「くそが……」
しかしそこで、煙を吸ったためか熱にやられたのか、弐ノ神は視界がぼやけるのを感じた。
ふうふうと荒い息を吐きながら、ゆっくりと前進する。
と、その時。玄関ドアから誰かが飛び込んで来るのが見えた。
「弐ノ神ぃぃぃ!」
聞き慣れたくなかったのに、いつの間にか聞き慣れた声だった。
「今行く! 待ってろ!」
その男は背が高く、自分ほどではないがそれなりに筋肉の乗った身体をしていて、悔しいが強面の自分とは違う爽やかな男前で、そして、自分が認める男。
そいつの名前はイッショクではなくて、
「ヒーロ、か……」
かもめ高校の一色翼が、火炎渦巻く通路に飛び込んできた。
「弐ノ神! 何やってんだよ! 死ぬぞ!」
「だ、まれボケ……」
せめて悪態をつくと、ヒーロは弐ノ神の脇から身体を支え、出口に向かって歩き出した。
「大丈夫か? 歩けるよな?」
「あぁ……」
半ば引きずられるように、朦朧としてきた意識の中。弐ノ神は救出された。
「弐ノ神サン! なんて事を! あんた死ぬ気ですか!」
仰向けに横たえられ、新鮮な空気を何度も吸った弐ノ神はようやく呼吸を取り戻していた。頭痛に顔をしかめながらも、三上に手で追い払う。
「大丈夫、だ。機装は無事に……」
そして、懐から取り出した機装を見て弐ノ神は今度こそ本当に絶句した。
「…………」
弐ノ神の機装は、その大部分を焼けて失っていたのだ。
「くそ……」
視界の隅でヒーロがこちらを見ている。だから弐ノ神は絶望が目から溢れるのを耐えた。それは敵として認め合った男に見せるものでは、決してないからだ。
頭を切り替えるように弐ノ神は三上からバックパックを受け取る。一体、一之瀬は何を入れてよこしてきたのだろうか、と。
ジッパーを開くと、中から出てきたのは一体の機装だった。年季の入った、よく使いこまれたものである。
それが何なのかわかると、今度こそ弐ノ神は耐えられなかった。
「く、おぉ、おぉぉ……」
それは間違いなく、一之瀬の機装だった。
弐ノ神は一之瀬が未だに試合に立つ事を諦め切れない事を知っていた。それが無理だろうと、気持ちの整理がつかない事を知っていた。だから、いつまでも自分の機装を手放す事などできなかった。
しかし、それを預けた。仲間が勝つならばと、預けられた。
絶対に勝たねば、優勝せねばならなかった。関東大会で優勝すれば、次は全国大会。全国大会まではまだまだ時間がある。
詳しい事はわからないが、もしかして治療が終われば、万に一つでも一之瀬が試合に立てるのでは、と淡い期待をしていた。
だから、一之瀬の頼みである事以上に弐ノ神は勝利が欲しかった。
自らそのもの、とまで称した機装まで預けられ、絶対に負けられないはずだった。
その目指した勝利は、未来への可能性は、今やごうごうと天を焼く炎の中に消えてしまった。
「おぉぉ……!」
弐ノ神は、いくらか燃え残った自らの機装のパーツをかき集めると、胸に抱いてうなった。
一之瀬の機装を見る事もできなかった。
悔しくて悔しくて、その悔しさが目から零れ落ちた。
遠くに消防車のサイレンが聞こえた。
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