反応

隊長の言葉が広い場内に響きわたる。

隊員たちはただただその言葉を咀嚼することだけに脳の処理能力を使っていた。

_死人?死人って言ったのか?


「え、えーっと。隊長、今死人って言いました?」


NOと言ってくれ

そう言わんばかりの視線が刺さる。


「…そうだ」


「隊長!正気ですか!?」

「死人はいずれ理性を無くします!そんな奴を隊に加えるだなんて問題ですよ!」


次々に抗議の声が上がる。

仕方のない話だった。隊員たちは常日頃から死人と相対してる。その壊れを目にし、人として所持しているものを捨ててしまったところを見ているのだ。

今は大人しく見える小さな人もいずれはそうなる。今までの死人がそうであったように。


「……待ってください。そいつの症状ってなんですか?」


一人の隊員が場を制すように鋭く声を上げる。

「自分に攻撃の矛先を向ける」症状をもつなら。まだ問題は少ない。

_少なくとも「他者に攻撃する」症状ももつ死人よりは。


「自傷。そして、殺人だ」


どこからか微かな金属音がした。

それは隊員の持つ剣からだろうことは予想できる。己が使命に忠実だと言えるだろう。

それくらい隊長の放った言葉は隊員たちの顔を険しくさせた。


「…武器から手を離せ。注意があると言ったろう」


渋々、武器から手を離す幾人か。しかし表情は険しく油断も隙も見えない。


「こいつはな。ソラっつー、8歳のガキだ

ソラが保護されたのは3歳の時。それまで一切人を殺しちゃいない。ソラがいた街には不自然な死に方したやつはいなかった。これは公的な記録以外に俺が調べたものも含まれる。つまりはそういうことだ

その後コイツは国の研究機関で過ごしてきた」


小柄なソラの頭をフード越しにポンポン撫でた。不思議そうに頭を傾げフードの隙間から体調の顔を覗く。

隊員たちは一様に複雑な顔をした。

8歳の子供。3歳にして親と引き離され、そのあと会っていない。


「こいつはな。ずっと我慢してんだ。2歳の時に発病してからずっと衝動を堪えている。元は殺人だけだったらしいがココ最近になって自傷の症状が現れた」

「………隊長、それって可笑しくないですか?

なんで被害がないのに『殺人』症状だって分かるんです?」

「不自然な死に方した奴はいないとは言った。やつはいる。とはいっても未遂。それ以降は人を傷付けようとも殺そうともしていない」


__一縷の望みが消えた。

隊員が放った疑問は半ば願いであった。

「誰か殺しててくれ」と。

もし、もし隊長が言ったことが本当だとしたら。

__自分たちは人殺しになる。

もう理性がない死人を人と見ることはない。人外だと人を殺す獣だと、そう思ってなければ倒れそうだった。

罪の気持ちを『必要な排除』と置き換えなければ次に進めない。

_ソラの存在はそれを否定する


8歳の子供が衝動を押さえ込んだ、ということは少なからず他の死人も出来るということではないか?

もしかしたら自分たちは正気に戻ったかもしれない人を死人だとして殺していたのではないか?



隊長はソラの頭に手を置きながら隊員たちを見渡した。

泣きそうな或いは後悔してそうな、いや怒っている顔のようにも見える。

この反応は予想通りであった。隊長自身も経験したものであるから。

他人に害を与えた死人を殺すのは自分たちの役目である。もう人に戻れないという前提の元武器をふっていた。


「(辛いだろうな)

………ソラは人に害を与えない死人だ。これを戦力とすることで大幅に効率が上がると予想される。コイツは訓練もしてきたし俺が見た限りは筋もいい。

ソラ。挨拶しろ」


とんっと隊長に背中を押されて死人の新隊員が前に出る。

ゆっくり手を動かしフードをとった。


白く透き通った肩より少し長い髪

細い指や首

かたちが整った美しい顔

_まるで人形のような少女がそこにいた。美というものを詰め込まれ、ただ人の視界を楽しませるだけに作られた人形。それを不服かと思うように無表情である。

実際は実験の影響で顔の筋肉が機能しにくくなっただけなのだが無表情であることがより美を際立たせており、隊員たちを圧倒した。


「はじ、め、まして………そら、です」


少女特有の高い声ではなく、少女から女性にうつろうような落ち着いた声。

決して低いわけではない。しかし耳に響く声であるのは違いなかった。


_少女の右目は緋色

_少女の爪は緋色

_少女の手の甲には緋の模様


どれかひとつしか起きないはずの外見症状が全て現れていた。

それが隊員たちには、この少女が人であり続けることをずっと望んでいるかのように見えた。

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