仲間になりました

 オークの洞窟を離れて、5人は近くの村の小さなカフェで丸いテーブルを囲むことになった。ルイスの横にチャッカリと腰掛けた魔王シフォンと、シフォンの真向かいに座って悲しそうに顔を歪めるニコル王子、その3人を気の毒そうに見つめる魔剣士ジェノワーズと勇者エドウィンが隣同士に座った。


「何か食うか?」


 エドウィンがジェノワーズにメニューを手渡す。軽く会釈して受け取ったジェノワーズは、隣に座るシフォンに見えるようにテーブルに広げた。


「ま……お嬢様は如何なさいますか?」


「甘いものがあれば、それを。それと、暖かいものが飲みたいわ。」


「では、アイスクリームと暖かな紅茶にいたしましょう。私も同じものを。エドウィン殿はどうされます?」


 メニューを勇者の方へ戻すと、勇者はそれを受け取って、項垂れている王子の方を小突く。


「俺はアイスミルクティーとイチジクのパフェ。ルイスと王子様はどうすんだ?」


「ホットコーヒー。」


 呻くように王子が答える。顔も上げず、悲しげに項垂れたままの投げやりな返答だったが、それを見たルイスがピシッと背筋を伸ばすと、心持ちキリリとした凛々しい顔を作って


「僕もホットコーヒーにします!」


と力強く言った。


「私オーダーしてみたいわ!すみませんー!」


 ルイスの隣で、シフォンが大きく声を張って手を上げた。笑顔の店員がオーダーを取りに来て、シフォンとルイスがメニュー表を持ち上げながら注文を纏めているのを見届けて、勇者がジェノワーズにそっと顔を寄せる。


 「ルイスの奴、王子様に憧れてんだとよ。」

小さな声で囁かれた言葉に、ジェノワーズが「えっ。」と小さく声を漏らした。


「第二王子にですか?」


「凛々しく強く逞しく、それでいて優美さと慈愛を失わない、全平民の憧れだそうだ。」


 エドウィンが揶揄うようにいうものだから、ジェノワーズは驚いて彼の顔を見る。エドウィンにしてみれば、どうして彼女がそんな反応をするのか全く分からない。ジェノワーズは全く不可解だとでも言うように、眉を顰めて口を開いた。


「貴方ではなく?」


「ん?」


 予想外の質問に、今度は勇者が戸惑う番だった。


「ああ、いえ。不躾なことを言って申し訳ありません。そうではなく……、憧れるという感情は強者に対して抱くものと思っておりましたので、第二王子と勇者とでは一般的に勇者に憧れるものなのではないかと。」


 真剣そのものといった口調で、ジェノワーズが切々と訴える。


 ジェノワーズにしてみれば、憧れるならば勇者だろうという思い込みがあった。剣を握って生きる者にとって、最強というのは常に憧れの対象である。どんな美徳も、力の前では無力に等しい。だからこそ、ジェノワーズもその生涯を力の研鑽へと注いできた。


 だから、もしこの場に「誰かからの憧憬を向けられる」対象がいるのであれば、それは間違いなく勇者であるはず、というのがジェノワーズの理論である。


 まあもっとも、ジェノワーズ自身は魔王軍最強を自負しているし、勇者に憧れているかと問われれば「戦場で会ったら私が殺す」くらいにしか考えていないのだが。


 真剣に考え込むジェノワーズの姿を見て、勇者は皮肉げに唇の端を吊り上げた。


「そりゃ、まだ魔王を倒せてない勇者よりは、王子様の方が憧れるんじゃねぇの。」


「そう簡単に魔王が倒せるはずないでしょう。人は他者に戦果を求めすぎます。」


 魔王様を倒す前にはこの最強の魔剣士が立ち塞がるのだし、という言葉はギリギリのところで飲み込んで、魔剣士はにっこりと笑った。そもそも、魔王城に引きこもって事務所りばかりしている魔王を倒そうと思うなら、敵本拠地まで乗り込んでこなければならないわけで、こちらとしてもそう易々と絶対防衛ラインを越えさせるわけがない。


 魔王本人も「戦争状態は旨味が強い!」と叫んで、地味に戦況を膠着させようとしているので、勇者一行が成果を上げられないのも当然といえた。それを責めるというのなら、人というのは実に愚かだ。


 ジェノワーズは運ばれてきた紅茶を手に取り、澄まし顔でそれを口に運ぶ。同じように紅茶を持ち上げていたシフォンが、思い出したように声を上げた。


「それで、ルイスはどうしてあんなところにいたの?危ないじゃない!」


「それを言うなら、シフォンちゃんもだよ。」


「ウッ。」


 ルイスに痛いところを突かれてシフォンが呻く。まさか、魔王直々に野盗を粛清してたなんて言えない。


「わ、私とジェノワーズは旅の途中で、街道に強盗が出て人々が困っているという話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのよ。」


「それでも、女の子2人でオークと戦うなんて危ないよ。本当に、無事でよかった。」


「ルイス……!」


 柔和に微笑むルイスを見つめて、シフォンが目をキラキラさせる。それを見たニコル王子がギリィと奥歯を噛み締めた。


「なんだこれ。」


 勇者エドウィンは1人、パフェを頬張りながらぼやく。もっともだと、ジェノワーズもアイスを口に運んだ。


「それで、貴方たちはどうしてあの洞窟に来たの?」


 シフォンが聞くと、ニコル王子が彼女に向かって優美に肩を竦めた。


「私とエドウィンは、魔王討伐のために王都から旅をしているのです。」


 耳が痛い。


 引きつりそうになる表情筋を押さえ込んで、シフォンは嫋やかに口角を上げ、言った。


「それは大変。」


 棒読みである。


「ええ、なんせ王都から魔王城までは距離がありますからね。その途中、魔王軍からの侵略を受けている村の防衛を手伝った折、その村人のルイスと出会ったのです。」



 ルイスは、もともとその村の生まれではなかった。


 半年前、ルイスの生まれ故郷は魔王軍兵士たちによって侵略され、家屋には火が放たれ、家畜は全て殺された。人はみんな逃げ惑い、ある者は捕虜となり、ある者は殺され、そしてある者は命からがら逃げ延びた。


 ルイスも、運よく逃げることができたうちの1人だった。母と、幼い妹を犠牲にして。


「僕は、受け入れてくれた先の村で兵士に志願したんだ。今度こそ村を、村の人たちを守りたい。力をつけて、魔王軍と戦おうと思った。母さんと妹を殺した奴らを、僕は絶対に許さない。でも、村の武力では防衛線を突破されそうになって……。」


 硬く握りしめられたルイスの拳に、ニコル王子がそっと手を置く。


「そこに間一髪、私と勇者殿が通りがかったわけです。殺されそうになっていたルイスを助け、魔王軍を退けて、さて旅の続きをしようと思っていたところに、ルイスから依頼を受けました。自分の村を焼いた魔王軍の拠点を制圧してほしいと。そしてそこに、自分も連れて行け、とね。私としても、彼の気持ちを思うと断りきれなくて。」


「俺は旅に出る時、道中で救えるものは全て救っていくと決めた。問題ない。」


「許せなかったんだ。誰かに縋るのはみっともないと思ったけど、僕の力では復讐なんて果たせない。でも、王子様と勇者様なら、僕の恨みを晴らしてくれるんじゃないかって思った。」


「それで、その魔王軍の拠点に向かおうとしていた途中、街道に出る野盗の噂を聞きつけて、これもついでに退治してしまおうと、そう思ったわけです。」


 王子の説明が終わっても、勇者一行を暗い雰囲気が包んでいた。


 ルイスの瞳には、悔恨が渦巻いている。本来ならば復讐を自分の手で成し遂げたかったという思いと、突然自分の前に現れた勇者という強大な力。それは縋っても、見逃しても、どちらも自分を苦しめる。誰かに願うのも浅ましいが、自分の力だけで成し遂げられる保証もない。苦渋の決断だった。


 誰もが彼の心情を慮って黙り込む中、1人声を上げたのはシフォンだった。


「何それ!許せないわ!」


 飛び上がるように席を立って、シフォンは大きな音を立ててテーブルに両手をついた。


「ルイスの村を焼くなんて、そんな極悪非道なこと、許せない!私も一緒に行くわ!」


「お嬢様!?」


 今度はジェノワーズが飛び上がる番だった。


「皆まで言わないで、ジェノワーズ。分かっています。魔王軍に攻撃を仕掛けるなど、危険でしょう。」


 副音声の「黙れ。」が聞こえて、ジェノワーズは大人しく口を閉じた。魔王軍は力こそが全て。魔王女様の言うことが絶対なのだ。


「でも私はこの方の力になりたいと、そう思ってしまったの。ねぇ、ジェノワーズ。分かってくれるわよね……?」


 恋する乙女って怖いなぁ、とジェノワーズが思ったかどうかは定かではないが、魔王が行くと決めたのなら魔剣士に断る権利はない。なにせこれは業務命令だし、今は業務時間だ。


 しかし、魔王の意見に異を唱えたのは、意外な人物だった。


「ダメだ、危険だよ。僕の我儘にシフォンちゃんが付き合う必要はない!」


 シフォンの隣で黙り込んでいたはずのルイスが、声を荒げて反対する。彼にしてみれば、シフォンは同年代の小柄な女の子だ。反対するのも無理がない話だった。しかし、彼の拒絶を、シフォンは穏やかに否定する。


「大丈夫、洞窟のオークを全てやっつけたのをルイスも見たでしょう。私、こう見えても凄腕の魔術師なのよ。」


 魔術師というよりは魔族なのだが、ジェノワーズはだんまりを決め込む。魔王様、そんなこと言って大丈夫なのだろうか。魔術師と言ってしまった手前、もし彼らと行動を共にするなら戦闘は魔術で行うことになるのだが、果たして彼女は人間の使う普通の魔術が使えるのか。ジェノワーズの気苦労は絶えない。


「それに、そこのジェノワーズだって、凄腕の剣士なの。」


 シフォンの指摘に、ジェノワーズは思わず姿勢を正す。隣でパフェを食べていた勇者が「そう言えば。」と口を挟んだ。


「洞窟でオークと戦っているのを見たけど、いい腕だったな。」


「そうなのですか。」


 王子が感心したようにジェノワーズを見た。


「ええ、それは、まぁ。」


 謙遜する気もないが、自慢するつもりもない。曖昧に頷くと、ジェノワーズの返事に満足したシフォンは、向日葵のように笑った。


「でしょう!だから、私たちも一緒に行くわ!」


「でも……。」


 まだ渋るルイスの横で、ニコル王子が手を上げる。


「私は賛成。」


 信じられないと目を見開くルイス。頬杖をついた勇者が王子に向かって


「シフォンちゃんと一緒にいたいって顔に書いてあんぞ。」


と投げやりに言った。


「そこの勇者、私に向かってシフォンちゃんとは不敬よ。言い方を改めて。」


「じゃあなんて呼ぶ?シフォンお嬢様?」


「そうね……、お嬢様?シフォン様?シフォンお嬢様?ねぇ、ジェノワーズ、どれが良いと思う?」


「シフォンちゃん、もお可愛らしいかと存じます。」


「そう、分かったわ。勇者、シフォンちゃんと呼ぶことを許します。」


「やりぃ。よろしくな、シフォンちゃん。と、ジェノワーズちゃん。」


 太陽のような笑顔で手を差し出してくる勇者にたじろぎながら、ジェノワーズもおずおずと右手を差し出す。とんでもないことになっているが、本当にこれで大丈夫なのだろうかという不安と、魔王が満足そうに胸を張っている姿を見るに逃れようのない事態なんだろうなという諦めが渦を巻いている己の心中を押さえ込んで、魔剣士は勇者と堅い握手を交わした。


「勇者様まで……彼女たちを巻き込むことに賛成するんですか!?」


 非難の声を上げたルイスに、勇者は困ったように眉を下げた。


「俺はジェノワーズちゃんの戦いを見たけど、十分頼りになる腕前だと思ったぜ。正直な話、お前と王子様じゃ戦力が心許ない。道中で仲間を増やしていく予定だったし、この人たちなら願ってもないだろ。」


「でも、女の子なんですよ!」


「戦力に男も女も関係ない。強いか、弱いかだ。その点で言えば、お前の方がよっぽどお嬢ちゃんだぜ、ルイス。」


 勇者の不躾な物言いに、ルイスが顔を赤く染める。歯を噛み締めて、勇者を鋭く睨みつけるが、怒りのあまり言葉が頭の回転についてこれず、彼は口を開けたり閉めたりするばかりだった。そんなルイスの怒りもどこ吹く風の勇者は、にっこりと笑って両手を机の上で組む。呆れたように、ニコル王子がため息をついた。


「ちょっと勇者、ルイスに謝りなさいよ。」


 声を上げたのはシフォンだった。どこまでもルイス贔屓の魔王は、力強く勇者エドウィンに人差し指を突きつけると、強い口調で言い募る。


「私はルイスに女の子扱いされて嬉しかったもの!私をオークから庇ってくれたルイスが好きだもの!彼をそんな風に侮蔑することは許さない!」


 困ったように勇者が魔剣士を見る。勇者にしてみれば、能力に性別は関係ないと彼女らの力を認めただけなのに、何故ここまで言われるのか理解できないのだろう。正直、魔剣士ジェノワーズも分からない。強さに男も女もなく、ただ強い者が強いのだ。勇者の言ったことは間違っていないし、強さを競い続けていたジェノワーズも全く同じ意見である。


 ただ一つ言えることがあるとすれば……。


「好きな人からならどんな扱いも嬉しい、という乙女心にはいかなる論も通じません。」


 もちろん、嫌いな人から「女は」と言われると、掌返してキレる。これはシフォンがルイスを好きだという、実に単純な話なのである。好きなら一途、嫌いならストーカー。つまり、そういうことだ。


「理不尽。」


 憮然とした顔で言った勇者の横で、王子が困ったように笑った。そして、まるで心得ているとでも言うように彼を片手で制すると、シフォンに向き直って胸に手を当てる。


「失礼致しました。上司として彼の無礼をお詫び致します、シフォン嬢。申し訳ありませんでした。」


「うぬぅ……。嫌にスマートな謝り方ね、変人のくせに。いいわ。ここはあなたに免じて許しましょう。」


「ありがとうございます。ルイスも、我が国の勇者が申し訳ありませんでした。君の気持ちは分かるよ。お母様と妹君を亡くされたんだ。女性を戦場に引っ張り出すのも気が引ける。それは私も理解するところだが、勇者殿の仰ることも正しい。私とエドウィンの2人では、魔王軍を取り逃がす可能性があるからね。彼女たちが力になってくれるというのなら、借りるべきだと思うよ。君の願いのためにも。」


 まるで子供に言って聞かせるように、柔らかな言葉で一つ一つ説明するニコル王子の言葉に、ルイスの態度が徐々に軟化していくのがジェノワーズにも分かった。ニコル王子を援護するように、シフォンも胸を張る。


「そうよ!私にドーンと任せなさい!なんたって私は、大魔術師なのだから!」


 いつの間にか魔王の騙りランクが上がっている。実際には大魔術師以上の戦果を出せるので、そう悪質な嘘でも無い気がするが、魔王が勇者パーティに加わるなんてどんな悪夢だ。ジェノワーズは頭を抱えた。


 シフォンの一言が最後の一押しになって、ルイスがふっと肩の力を抜く。そうして彼は小さな声で「よろしくお願いします。」と頭を下げたのだった。

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