ディルク・ヴィレムスの殉教
きょうじゅ
或る看守の告解
神父様、わたしは罪を犯したのでしょうか。聖人の血で、この手を汚してしまったのでしょうか。
わたしはあの頃、アスペレンの領主であったアルヴァ公のお城で、しがない牢番をしておりました。当時城に連れてこられる囚人と言えば、そのほとんどがスペインに対する反抗を企んだ者たちか、王命に逆らってプロテスタントに改宗した者たちでした。そうした者たちに対する取り扱いは、わたしもよく心得ておりました。
ただ、あの男だけは事情が違いました。あの男、ディルク・ヴィレムスは、再洗礼を受けたという罪で宗教裁判にかけられ、そして有罪の宣告を受けたという理由で、ある冬の日、わたしが看守を務める牢に繋がれることとなったのです。
もちろん、課された刑は火炙りです。再洗礼派という連中は、我々
ところが数週間ののち、火刑が執り行われるその前に、ヴィレムスは逃亡いたしました。ぼろ切れを繋ぎ合わせてロープを作って窓から地面に降り、そのまま逃走を図ったのです。
その年の冬はひどく厳しく、本来なら罪人の逃亡を阻むはずの城の
当時のわたしは妻を亡くしたばかりで、家族といえばその忘れ形見の幼い娘ひとりばかりでした。ヴィレムスの逃亡を許して職を失い、路頭に迷うことになったら、娘の将来はどうなるというのでしょう。わたしは必死で、ヴィレムスを追いかけました。
やがてヴィレムスはアスペレンの、ホンデハットと呼ばれる大きな池のほとりに差し掛かりました。城の濠がそうであったように、ホンデハットも一面、氷に覆われておりました。
ヴィレムスはホンデハットを渡り始めました。もちろん、わたしもその後を追います。しかし、わたしは気が付きませんでした。いくら寒さが厳しいといっても、ホンデハットに張っていた氷はさほど厚いものではなかったということに。
それでも、数週間の牢獄暮らしの間にヴィレムスは痩せさばらえておりましたから、氷はその足元に割れることはありませんでした。ですがわたしはその頃、豊かとは言わぬまでも食うに困るようなことはなく人並みに肥えておりましたので、果たしてホンデハットの氷は、わたしの足元で割れました。当然のことながら、わたしは池に落ち、溺れそうになりました。
わたしは無我夢中でもがきながら、助けを求めて叫びました。しかし、ホンデハットの池のそばに住む者はおらず、たまたま誰かが近くを通りかかったなどということもなく、わたしを助ける者は、本来なら誰もいないはずでした。
ところが。水中で
お判りでしょう。そして、神父様はもちろんこの事の
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