サイコパスをやめたくて⑨
中は想像以上に黒い煙で満ちていた。 ハンカチを口に当て奥へと進んでいく。
―――うわ、煙たッ・・・。
それでも鼻を刺激する臭いは強い。 辺りを見渡せば目も沁みる。
―――一体アイツの母親はどこにいるんだ・・・?
―――この時間だと、夕飯を作っていたり?
灰里の予想は的中した。 リビングへ行きキッチンを覗くと一人の女性が倒れている。 台所から出火していないため、その辺りはまだ火の回りが遅いが、煙だけは凄まじい。
おそらくはそれを吸って意識を失ってしまったのだろう。
「大丈夫ですか?」
身体を揺さぶってみるも起きる様子はない。 ハンカチを彼女の口に当て頭の後ろで結び付ける。
―――このくらい、俺は息を止めていれば大丈夫だ。
―――それより早くこの家から出ないと。
彼女を背負い玄関へ向かおうとしたが、その瞬間燃えた棚が倒れ入り口を塞いだ。
「ッ!?」
運の悪さに嘆きたくはなるが、不思議と恐怖はない。 こんなところで改めて“自分がサイコパスだと実感させられるなんて”と思わなくもないが、今はそのようなことを言ってはいられなかった。
―――驚いたな、ここは駄目か。
―――他に外へ出れる場所は・・・。
熱量は凄まじいが、思考を奪われるようなこともない。
―――あれだ!
リビングへと戻り窓を見つけると、思い切り蹴飛ばした。 熱でやられた窓は溶けかけており、窓枠が吹き飛ぶと、そこから新鮮な空気が入ってくる。
背にいる真白の母親を傷付けないよう丁寧にくぐり抜けると思い切り息を吸った。
「ごほッ、ゲホッ、はぁ、はぁッ・・・」
外は騒がしかった。 今更という感じもするが、ようやく消防車が来たのだろう。 灰里たち二人を見つけた救急隊の人が、驚いた様子で駆け寄ってきた。
「君! 大丈夫かい?」
「俺は平気です。 それより、この人を」
何だか映画のワンシーンみたいだなと思った。 だが助けたのが自分の母親や友人、彼女ではないのが映画と違うとも思った。 灰里は冷静だった。
事が終わった後だというのに、自分に酔いしれていたりもしない。
「この方は?」
「この家の人です」
「他に、この家に誰がいるのか分かる?」
「おそらくもういないかと」
「教えてくれてありがとう。 えっと君は・・・」
「俺はこの家の者ではありません。 ただ中に人がいるって知っていたから、助けに行っただけです」
他人のため火の中に飛び込んで助けたと聞き、隊員は言葉を失った。 感謝と怒りが半々といった感じだろうか。 成功したからいいものの、失敗していれば二人共今頃死んでいただろう。
「そう、とにかくよかった。 後ほど感謝状を贈らせていただきたいから・・・」
「あ、そういうのはいりません。 それより火事の原因は何だったんですか?」
男から聞いた答えに灰里は目を丸くした。 男と別れ人ごみを抜けると、それを見た黒羽が駆け寄ってくる。
「灰里くん! よかった、無事で・・・」
黒羽の姿を見てハンカチのことを思い出した。
「あ! ごめん、ハンカチ・・・」
運ばれている女性を見る。 その姿を黒羽も確認したのか笑顔を見せた。
「あの人に使ってあげたんだね。 大丈夫だよ」
「本当にごめん。 そして、ありがとう」
続け真白のもとへ向かった。 今もつまらなさそうに壁にもたれかかっていた。
「助けに行ってきたぞ、君の母親」
「ふーん、そう」
「あと火事の原因は、タバコだって」
それを聞いた真白は、先程の灰里と同様目を丸くする。
「・・・は? マジで?」
「玄関の前に火のついたタバコが捨てられていたんだって。 今さっき、救急隊の人から聞いた」
「何だよ、アイツらじゃなかったのか」
「アイツらじゃなくてよかったじゃないか。 もし本当にアイツらだったら犯罪だぞ」
「折角最凶で素晴らしい仕返しを思い付いたのになぁ」
そう言った真白の表情は複雑だったが、残念でたまらないといった感じではなかった。 母親が無事でよかったという気持ちもあるのだろう。 話していると一人の救急隊が来て、真白に尋ねかける。
「ねぇ君。 もしかして、この家の息子さんだったりする?」
野次馬に聞いて確認のためにやってきたのだろう。 真白はその言葉に素直に頷いた。
「話したいことがあるんだ。 来てくれるかな?」
真白は灰里のことを一瞥すると、そのまま男に付いていった。
「・・・俺たちもそろそろ行こうか。 ここにいても、もう俺たちにできることはない」
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