サイコパスをやめたくて⑧




行く当てもなく二人が歩いていると、黒羽が恐る恐るといった感じで聞いてきた。


「灰里くんって、本当にサイコパスなの?」

「・・・疑問形で聞かれたのは初めてだな。 いつもは断定されるのに」

「半年前は確かに、少し変わっているなって思っていたけどね。 でも今は違う」

「え、違うように見える?」

「うん。 あ、さっき僕の教科書を汚された時は流石に驚いたけど・・・。 今は平気。 昔の灰里くんみたいに優しいから」

「・・・俺はサイコパスだよ。 直したくて努力はしているけど、結構それがキツくてさ。 まだ完全には直っていないんだ」

「そうなんだ・・・。 灰里くん、頑張っているんだね」


こうして話していると、自分も普通にできているのかもしれないと思う。 だが灰里自身、どういったものがサイコパスであるのかはよく分かっていない。 自分は自分の思うようにしているだけ。 

それだけなのだ。


「・・・何か焦げ臭くない?」

「こんな住宅地で焚き火でも・・・! って!」


壁の向こうからもくもくと煙が昇っていて、どう見ても焚き火やゴミを燃やしているといった様子ではなかった。


「ちょっと行ってみよう」

「え、正気!? 危険だよ! 今行ったら、逆に迷惑になるかもよ?」

「でも、どの家が火事になっているのか把握するのも大事だろ?」

「それは、そうかもしれないけど・・・」

「黒羽はここにいる?」


自分が行くのは確定というように言うと、黒羽は首を振った。


「・・・ううん。 僕も行くよ」


こうして二人は現場へと駆け付けた。 想像以上の有様だ。 炎が広がり陽炎が揺らぐ。 野次馬なのか近所の人が集まり人だかりができていた。 だが消防車も救急車もまだ来ていない。


「うわ、凄いね・・・。 消防車とかはもう呼んだのかな?」

「大人がこれだけいるから、もうそれは済んだだろ」


辺りを見渡すと、向かいの家の塀にもたれかかっている一人の少年が目に留まる。 ――――真白だ。


「え、どうして君がここにいるの?」

「どうしてって・・・。 一応ここは、僕ん家だからだよ」

「へぇ・・・。 って、は!?」


自分の家が燃えているのを彼はぼんやりと眺めているだけだ。 


「学校から帰ったらこの様だ。 きっとアイツらの仕業だろうな」

「アイツら? ・・・もしかして、学校で君をいじめていた人たち?」

「そう。 まさかここまでするとは思ってもみなかったけど」


今まで余裕な表情しか見せなかった彼だが、少し表情が歪んでいた。


「中に人はいる?」

「いつもならこの時間には母さんがいる」

「なら助けないと!」

「どうして? 助ける必要なんかなくない?」

「ちょっと何を言ってんの?」

「それはこっちの台詞だよ。 母さんはいつも僕を叱るんだ。 うるさいったらありゃしない。 人は死ぬ時は死ぬ。 それが今なんだよ」


灰里は真白がサイコパスであると分かっている。 それでもその言い草には腹が立った。 もし自分の家が火事になり、嫌悪する姉が中にいたらと尋ねられたら、それでも何とかしようとはするだろう。


「単純に素直に『自分を犠牲にしてまでは助けに行けない』って言うかと思いきや・・・!」

「僕がそんなくだらないこと、言うと思う?」 

「・・・」

「今一番の問題は、僕がこれからどこでどうやって生活をしていくかなんだよなー」


呑気に自分の生活のことを考えている彼を無視し、燃え盛る家へと向かった。 それを黒羽が止めようとする。


「え、え、ちょッ! 灰里くんどこへ行くの!?」

「アイツの母親を助けに行くんだよ」

「正気!?」

「家の中に人がいると知った上で、放っておく方がおかしいだろ!」

「それも、そうだけど・・・。 怖くないの?」

「怖くないよ? 火に囲まれるとか経験したことがないし、どこまで熱いのかなんて分からないから」

「・・・灰里くんは本当に凄いんだね。 よかったら、僕のハンカチを使って」


そう言ってハンカチを手渡してきた。


「絶対、助けてきてね」

「あぁ、ありがとう」


礼を言うとハンカチを持って家の中へ足を踏み入れる。 途中で大人に止められそうになったが上手くかわし、そのまま中へと入っていった。



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