サイコパスをやめたくて⑤
―――・・・何なんだ、この感覚。
―――この気持ち、前にも味わったことがある・・・。
―――ッ、そうだ!
―――俺はサイコパスなんかじゃない、元々は普通の人と同じだった。
―――俺がこうなってしまったのは・・・全て、姉さんのせいだ。
思考があっちへ行ったりこっちへ行ったりして飛ぶのは、サイコパス的なのかもしれない。 灰里が考えていたのはまだ普通だった幼少期、初めて姉に恐怖心を抱いた日のことだ。
その日は晴天で、家族でピクニックへと出かけていた。
「姉ちゃーん! 何をしてんの?」
「んー? 蟻の巣に、水を入れようと思って」
「え!? いや、そんなことをしたら蟻さんが可哀想だよ!」
「どうして? 何がいけないの? まぁ、もう止めても遅いけどねー」
姉は既に水を流し込んでいた。 しかも尋常じゃない量で、アリの巣が完全に水没してしまっている。
「ほら、見てよ灰里! 巣から水がたくさん溢れ出して、蟻もたくさん出てきた! みんな驚いているのかなぁ? 面白いね」
「・・・それ、何が楽しいの?」
「生き物と遊ぶのは楽しいよ?」
姉は満足気に笑うと、水溜まりに入りばしゃばしゃと足踏みをし出した。 何故長靴を履いたのかと疑問に思っていたが、このためだったのだ。
ぐちゃぐちゃドロドロになった長靴をその場で脱ぎ捨て、移動する。 ベンチまで行くと置かれていた鞄から携帯の着信音が鳴り、姉が躊躇なく取った。
もちろんその携帯が誰のなのかは分からず、両親や二人のものではない。
「はーい」
「あ、ちょっと駄目だって! それは他の人のだから・・・」
姉が電話に出るのを灰里は止めようとしたが、防御され携帯を奪えなかった。
「え? 斎藤さん? 違うけど? 間違い電話なら、かけてこないでくださーい」
そう言って電話を切ってしまう。
「姉ちゃん! 知らない人の電話なんだから、勝手に出ちゃ駄目だって!」
「どうして? 鳴っていたからいいじゃん」
「“いいじゃん”って思う気持ちが、僕には分からないよ・・・」
この日を境に“姉はどこかおかしいのではないか”と思い、接触を避けるようになった。 だから小学生の頃はまともに話した記憶がない。 だが灰里が中学校二年生になった時、急に異変が起きた。
「ねぇ灰里、いるんでしょ? ここを開けて! 早く! でないと、ドアを壊すよ?」
ドンドンとうるさいくらいにドアを叩かれ、鍵を開けざるを得なかった。 久々に対面した姉は怒りのオーラを出しながらも、顔はやはり笑っていた。
「・・・何?」
「アタシね、今ストレスが滅茶苦茶溜まっているんだ。 だからアタシの遊び相手になってくれない?」
「え、どうして俺が急に・・・」
「今日彼氏にフラれたのよ! 意味が分かんなくない!? アタシのどこが駄目だって言うの!?」
姉の見た目は弟の灰里から見ても悪くはない。 だが性格は駄目だ、終わっている。 話はほとんどしなかったが、その異常っぷりはこの目でずっと見てきたのだ。 付き合う?
そんなのは不可能だ、有り得ない。
―――姉さんはおかしいからね・・・。
そう思ってももちろん言えなかった。 その場で立ちすくんでいると、無理矢理歩かされ姉の部屋へと連れ込まれた。 そのまま灰里を縛って動けなくする。
「これ、さっき取ってきた青虫なんだ。 美味しいから食べてみなよ」
そう言って青虫を顔へと近付けてくる。 灰里は泣き叫び手足をバタバタと動かし抵抗したが、簡単に口の中へ入れられてしまった。 無理矢理手で覆われて咀嚼するのを見て満足気に笑った。
嫌がらせはこれだけではない。 死体や残酷な映像を無理矢理見させられたり、灰里が好きなカブトムシを目の前でカマキリに食べさせたりもした。
「どう、して・・・」
「は?」
「どうして、こんなことをするの?」
「楽しいからに決まっているじゃない。 他に何の理由があるっていうの?」
「・・・姉ちゃん、やっぱりおかしいよ。 小さい頃から何も変わってない」
「灰里も今に分かるわよ。 生き物で遊ぶことの楽しさが」
「ッ・・・」
しばらくこのような日が続いた。 最初は恐怖を感じていたが、次第に慣れてしまったのか何も思わなくなっていった。 もしかしたら先天的にそういった性質を持っていたのかもしれない。
だが原因はと言えば完全にこの姉だ。 サイコパスがどういうものかよく分からないが、今考えてみても姉は異常だった。
―――・・・いや、姉さんは今も狂っている。
それはサイコパスとしての考えが普通になった今でも、そう思えるのだ。
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