サイコパスをやめたくて④
転校し別の学校になったが、黒羽のことを嫌っていたりはしない。 ただ時折心配になるのは、やはりいじめの標的がまた黒羽に戻ってしまったのではないかということだ。
―――・・・黒羽、今どうしているんだろう。
―――黒羽は友達として大切だ。
―――どうしてあの時彼のいじめを止めたのか、今の俺には理解ができない。
―――現に今、いじめを目の当たりにしても何も思わないし・・・。
―――・・・帰ろう。
いじめの現場を見なかったことにし、立ち去ろうとすると視線を感じた。 顔を向けるといじめられている男子と目が合ってしまう。
―――・・・いや、そんな目で見つめられても。
恨むような目。 『助けろ』と思っているのだろうが、生憎助けたいとは思わない。 それに助けてもこちらには何の得もないため、そのままここを通り過ぎようとするといじめっ子から声がかかった。
「おい。 お前、誰かにチクる気か?」
「は? いや、俺は全然そんなこと」
否定する声も聞かず、理科準備室の鍵を開け出てきた男子は灰里の腕を引っ張って中へと連れ込んだ。
―――うわぁ、面倒・・・。
「お前、見ない顔だな。 もしかして噂の転校生か?」
―――俺のことを知っているっていうことは、同級生か・・・。
「こっちからも質問いい? どうしてこの場所を選んだの?」
「ここはカーテンが真っ黒だから、周りから見えなくて最適な穴場なんだよ。 それに俺は理科係だから、ここの鍵はいつでも手に入れることができる」
「ふーん・・・。 でも、それじゃあ駄目だよ」
「は?」
―――動物をいじめる楽しさ、全然分かってない。
―――俺が教えてやらないと。
灰里はこの時、サイコパスを隠すという目標をすっかり忘れていた。 『もっとオープンにしなきゃ』と言ってカーテンを一気に開ける。 暗かった理科室に明かりが差し込み目が眩んだ。
「ッ、お前何をしてんだ!」
男子は慌ててカーテンを閉めようとする。
「動物や生き物をいじめるなら、もっと公に見せびらかさないと。 自分たちで楽しむだけなんてつまらない」
「何を言ってんだ、お前・・・」
「それで、この後はどうやって楽しむ予定だったの? 何をして遊ぶの?」
「遊ぶって・・・。 そこにある裁縫セットの針で、今からコイツの全身に刺してやろうかなって」
いじめられっ子を見ながら言う。
「あー、駄目駄目そんなこと。 つまらなさ過ぎる」
「はぁ? じゃあお前はどうすんだよ」
「俺? んー、そうだな。 一度ハサミで皮膚を切り裂いてから、糸で綺麗に縫い合わせるかな。 普通に縫うんじゃなくて、カッコ良い刺繍みたいにしてもいい。
これだと糸を抜かない限り残り続けるよ。 ほら、やってみな」
「・・・」
「できないの? じゃあ俺が手本を見せてあげる」
ハサミを持ち、いじめられている男子のもとへ近付いていく。
「動物や生き物をいじめるなら、もっと楽しまなきゃ。 相手の反応が大きい方が、いじめがいがあってワクワクするもんだよ。 ・・・あー、駄目だ、イメージが湧かない。
あ、君たちの腕で練習させてよ」
そう言って今度はいじめっ子のもとへ近付いていく。 灰里の顔は笑顔を張り付けたように動かない。
「・・・コイツ、イカれてやがる」
「あぁ、狂っているな。 関わらない方がいいかも」
「あ、ちょ・・・!」
そう言うと、男子たちは灰里を避けるようにして去っていった。
―――・・・今の俺に、違和感なんてなかったな。
―――本性というか、まっさらな自分を出した。
―――その結果、やっぱり人を怖がらせた。
―――・・・俺はもう、普通の人にはなれないのかもしれない。
これで彼らから自分の噂が広がれば結局全てが終わってしまう。 どうにかして口封じするか、それとも別の道を模索するかと考えているといじめられていた少年が顔を上げた。
「どうして僕を助けた?」
予想もしていなかった問いかけに少々驚いてしまう。 彼の名前は真白(マシロ)だったな、と呑気に考えていた。
「え? 助けたように見えた?」
「は?」
「あぁ、いや。 別に助ける気持ちはなかったというか、何て言うか・・・」
「・・・これからだったのに」
「え?」
「もっと僕がいじめられたら、この先もっと楽しいことをアイツらにし返してやろうと思っていたのに。 邪魔しないでくれる?」
「わざといじめられていたの・・・?」
「そうだよ。 そしたら『いじめられたからこういうことをした』って、言い訳できるじゃん」
「ッ・・・」
真白の邪悪な笑みを見て、灰里は本能的に恐怖心を抱いていた。 暴力を見ても何も思わない灰里が、だ。 サイコパスである自分と、普通である自分が混ざり合い混乱した。
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