サイコパスをやめたくて③
転校初日の放課後、以前までの自分を抑え込んで生活をし灰里はすっかり疲れていた。
「灰里ー、家はどっち方面?」
「えっと、駅の方だよ」
「そっか、じゃあ俺たちとは逆だな。 一緒に帰れなくて悪い、また明日」
「うん、また明日」
友達と笑顔で別れ、一人になると素に戻る。 真顔で小さく溜め息をついた。
―――自分を偽っているみたいで嫌なんだよな、一般の人のフリをするの。
―――・・・俺はもう、普通の人間には戻れないのかな。
―――普通の人の感情、感覚がよく分からない。
―――・・・でも、今日できた友達とは関係を切りたくはないな。
そのようなことを考えながら昇降口へ向かっていると、初めての場所へと来てしまった。
「うわ、ここどこだっけ・・・。 階段を上ってはいないから、一階のはずだけど・・・」
今日友達に案内された場所を思い返していると、偶然いじめの現場に出くわした。 理科準備室で堂々と行っていて、一人を三人でいじめている構図だ。
―――いじめ、か。
―――そんなことをして何が楽しいんだろう?
―――人よりも、生き物と遊んでいた方が何倍も楽しいぞ。
―――・・・あれ、でもこの似たような光景、どこかで見たような・・・。
それは転校する前の学校でのことだ。 灰里がサイコパスだと言われ周りから避けられていても、黒羽だけはずっと友達でいてくれた。 その黒羽との出会いがまさに今のようないじめの現場だったのだ。
まだ灰里がサイコパスではなく普通だった中学校入学式の放課後。 一人で帰ろうとグラウンドへ行くと、大量のバッグを持っている黒羽を発見した。
黒羽はクラスが一緒というだけのクラスメイトという認識だった。
「ッ、黒羽くん! フラフラしているけど大丈夫!? それ、誰の荷物?」
「あ、えっと・・・」
入学式だったため配られたものも多い。 それを全員分となると重さを想像するのは難しくない。
「おい! 黒羽くんに何をさせてんだよ!」
「俺たちのお手伝いだよ」
いじめていたのも同じクラスで、他の面子と比べると身体が大きく名前は木本と言った。 そこにいるクラスメイトたちとはこれまで話したこともなかった。
「こんなに苦しんでいるのに、お手伝いと言えるのか!?」
「俺たちと黒羽は小学校からの友達だからな」
「黒羽くん、それは本当なの?」
その言葉に黒羽は複雑な表情をしながらも頷いた。 灰里は小学校が違うため、裏付けはないが嘘ではないのだろう。
「こんな友情なんてあるもんか!」
「俺たちの友情に口出しすんだよ」
「もういいよ、黒羽くんとは俺が帰る」
「はぁ!?」
「黒羽くん、自分以外の荷物はここに置いて。 一緒に帰ろう」
「おい待てよ」
「これ以上何か言うなら、先生に言い付けるからな! 黒羽くんは、もうアイツらと関わっては駄目だよ」
「でも・・・」
「大丈夫。 僕がずっと傍にいるから」
こうして二人は仲よくなった。 だけどそれから一年半後、灰里がサイコパスだと言われ周りから避けられ始めると、いじめの標的が黒羽から灰里に移っていった。
放課後、黒羽と帰るために掃除が終わるのを教室で待っていた時の話だ。
「おい灰里。 最近のお前おかしいぞ。 みんな怖がってる」
クラスメイトが笑いながらそう言った。 ただこの時の灰里は、自分がサイコパスであるという自覚が全くなかった。
「別に俺は、悪いことなんかしていないし」
「そうやって無責任なところが更に怖いんだよ。 普通なら焦ったりするはずだ。 実際、黒羽以外に友達がいねぇだろ」
「俺は黒羽がいれば、それでいいから」
そう言った瞬間、後ろから箒が飛んできて灰里の頭に当たる。
「ッ、痛いな!」
「お仕置きだよ。 みんなを怖がらせた罰だ」
そのままクラスメイト数人に囲まれ、手首を抑え付けられ身動きが取れなくなった。 まるで的当てのように様々な物が灰里に向かって投げられる。 そして数分後、黒羽が教室へ戻ってきた。
「黒羽・・・!」
「ッ・・・」
黒羽はいじめられている灰里を見た瞬間固まり、黙ったまま背を向け逃げていった。
「どうして・・・」
「これで完全に、お前はぼっちだな」
灰里をいじめていた男子のリーダーは、かつて黒羽をパシリに使っていた木本だったため仕方がなかったのかもしれない。 庇ったらまた自分がやられると思ったのだろう。
そう考え灰里は特に黒羽を恨んだりはしなかった。 ただ黒羽との間には溝ができ、灰里は完全に孤立してしまう。 味方が一人もいなくなると自然にいじめはヒートアップしていった。
それに耐えられなかったのと、黒羽と同じ空間にいるのが気まずかったのが転校した他の理由だ。
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