サイコパスをやめたくて②




転校して初日、自己紹介を終えた灰里の周りには早速とばかりにクラスメイトが集まってきた。 授業が始まるまで僅かしか時間はないが、それでも親睦を深めようとしてくれている。


「なぁ、灰里って呼んでもいい? 俺のことも呼び捨てでいいからさ!」

「あ、あぁ、えっと、分かった」

「灰里くんって、珍しい名前だね! カッコ良いなぁ」

「そ、そうかな? ありがとう・・・」


―――・・・大丈夫、変に思われていないよな?

―――平常心平常心。

―――このままでいるんだぞ、俺・・・。


通常の人を意識し過ぎているせいか、コミュ障みたいになってしまっている。


「灰里はどこから来たんだ?」

「あ、えっと、街は変わっていないんだ。 引っ越しもしていなくて、学校が変わっただけ」

「そうなんだ? でも、どうしてこんな時期に?」

「ちょっと、ね。 前の学校で、色々あって・・・」


灰里が転校した理由はサイコパスである自分を直すためだった。 崩れてしまった人間関係を一度リセットし、サイコパスとして決して打ち解けることのなかった自身を直し、友達をまた一から作るため。 

他にも理由はあるがこれが一番大きかった。 自分を知っている人間がいればその計画は壊れてしまうことから、知り合いがいないところへ行きたかったのだ。

その後も微笑みを張り付けながら、サイコパスだと悟られないよう装うので精一杯だった。 昼休みになると複数の男子が校内を案内してくれた。


「あ、そう言えば飼育小屋もあったな。 行ってみる?」


動物、というか灰里は生き物が好きだった。 理由はもちろんオモチャにして楽しめるからだ。 飼育小屋へ行くと、ケージ別でウサギとニワトリがいて穏やかに過ごしている。


―うずッ。


全身から湧き上がる破壊衝動に、飼育小屋を勝手に開けそうになった。 直前で“このままだと結局繰り返してしまう”と気付き慌てて手を引っ込める。


「ん? 入りたい? いいよ、ここは誰でも入れるから」


男子が率先して中へ入り、案内されるまま続けて灰里も入る。 男子はウサギを抱き上げ見せてきた。


「触ってみる?」

「・・・」


ウサギの耳は掴むに丁度よく、ヨーヨーみたいに振り回したい。 そう思い片手でウサギの耳を掴もうとしたのだが、これまたすんでのところで思い止まった。 それを見た男子は笑う。


「おいおい、もしかして今、ウサギにゲンコツしようとした? 違うよ、こうやって手をパーにして撫でるんだ。 グーじゃなくてな」


軽く手を握り締めていたため、そう思われたのだろう。 言われた通りに触ってみる。


「そうそう、可愛いだろ」

「・・・うん、そうだね」


―――可愛いって言っても、どこが可愛いんだろう?


「灰里も抱いてみるか?」


そう言ってウサギを渡してきた。 ずっしりとくる重みは命の重み。 『お、上手いじゃん』と男子は褒めてくれるが、ふつふつと衝動が湧き上がってくる。 

今すぐにでも耳を掴み千切れるくらいに振り回したかった。


―――・・・抱いているだけだと、何の面白味もないよ。


見上げると飼育小屋の上にはニワトリ用であろう一本の長い棒があった。 それにウサギの耳を結んで吊るしてみたい。 暴れるウサギを的にしてボールを投げて遊びたい。 そのようなことを考えてしまう。だがそれをすれば全てが終わる。 大人しくウサギを下ろすと飼育小屋を後にした。


「案内は終わったし、何かして遊ぶー?」

「んー、キャッチボールでもするか?」


―――キャッチボール、ねぇ・・・。

―――普通にやって楽しいのかなぁ。

―――だったらやっぱりさっきのウサギを吊るして、誰が止めの一発を放るのかっていう遊びの方が絶対に楽しいのに。


「なぁ、灰里もキャッチボールするか?」

「普通のキャッチボール? それ、やって楽しいの?」

「え?」


―――ッ、しまった・・・!


妄想していたせいで素が出てしまう。


「ご、ごめん、今のは」

「キャッチボールは灰里の好みではなかったか。 灰里は何をして遊ぶのが好きなんだ?」

「俺は、えっと・・・」


“普通の答えは何だろう”と思い考えていると予鈴が鳴った。


「あー、時間か。 次は移動教室だからもう戻るかー」


そう言ってみんな昇降口へ戻っていく。 彼らの背中を見ると一人だけ置いていかれる感じがした。


―――みんなが戻る前に、早く止めないと・・・!

―――でないと俺は、また一人に・・・。


「み、みんな! 待って!」

「ん?」

「・・・その、さっきは変なことを言ってごめん」


そう言うと男子は笑った。


「変なことって何のこと? 人によって、好き嫌いがあるのは当然じゃん。 灰里のことは、これからゆっくり知っていくつもりだから。 ほら、次の授業は理科だぞ! さっき案内した時の復習だ、

 俺たちを理科室まで案内してくれよ」

「・・・ッ、うん!」


できれば彼らとの関係はこのまま守りたい。 無視されないで自分に構ってくれる。 これが理想の友達の関係。


―――・・・でも、こんなのは俺じゃない気がするんだよな。


そう思う反面、我慢するのは酷く心に負担がかかった。



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