特別編

特別編第10.5話 重石





 色々迷った回なので、番外編10.5話として投稿させていただきました。

 乃蒼の話となっています。読んでいただけると嬉しいのですが、番外編ですので飛ばしても問題はないです。

 







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 乃蒼は自分のベッドの上で、独りうずくまっていた。


「……っ……っ」


 乃蒼からはとめどなく涙が溢れてきていた。

 洪水が起きてしまいそうなほどに涙は溢れてきているにも関わらず、泣き声が響くことはない。

 頭から被っている布団に口を密着させ、音が隣の部屋に漏れないように嗚咽を押し殺していた。

 今も隣にいる蓮人に泣いていることを悟られないようにするためには、声はあげられない。涙は止められる訳でもなく、これしか方法がなかった。

 乃蒼が泣くことになってしまった原因は、少し前の蓮人の言葉だった。 


『乃蒼には好きな人がいるんだから、俺のために犠牲になる必要なんてない。俺は大丈夫だから、弱ってるばっかりに気を遣わせてごめん』


 言われた瞬間、絶対に泣かないと決めていたはずなのに、否応なく乃蒼の瞳から涙が溢れてきていた。どうにか自分の部屋まで我慢したが、それが限界だった。

 乃蒼を嫌って、掛けられた言葉でないことは明快だ。憐憫れんびんを抱いて、自分を労わってくれていることが伝わってきた。

 だからこそ辛い。

 それは、


 乃蒼を異性として見ていない。


 まるでそう宣告されているに等しいだろう。

 乃蒼自身も普段の蓮人の態度から、自分が異性としてではなく家族扱いされていることは薄々感じていた。

 それでも乃蒼が思っていた以上に心を深く抉ることになっていた。

 家族だろうが、蓮人にとって都合の良い存在になれば、偽りの関係であっても付き合えると、甘い望みもあったのも一因かもしれない。それが一睡のような記憶にも残らない短い夢だったとしても。

 現状蓮人は家族と言うカテゴリーの中に乃蒼を入れてしまっているために、都合の良い存在になろうとしたことは、かえって逆効果になってしまったのかもしれない。まともな人間なら家族を都合の良いように利用するだけなんて真似はしない。


「……べたべたしすぎたのが悪かったのかな」


 どれほどの時間泣き続けていたのかわからない。もはや深夜と言える時間帯になっている。

 泣き疲れてしまった乃蒼が、鼻をすすりながら多少はクリアになった頭で考える。

 乃蒼と蓮人は物心がついた頃から、共に多くの時間を過ごし、中学生くらいになるまでは何をするにも一緒で、容姿さえ似通っていれば双子と見紛うと蓮人の父が言っていた。乃蒼が蓮人を意識してからは以前ほどの距離感ではなくなってしまったが、その後もコンビニに行くくらいの感覚でお互いの家や部屋を行き来していた。

 その上、両親が長いこと交際しているのを知っているとなれば、姉と言う認識になっても仕方がないと言う結論に、乃蒼は至った。

 認識の問題は置いておくとしても、蓮人と家族になってしまったと言うのは、メリットがあると思いきや、乃蒼にとって由々しき事態であり、同時に大胆な行動に移れない重石になってしまっている。

 あくまでも家族。

 クラスメイトとは違い家族とは余程のことがない限り、ほぼ一生の関わりを持つことになるだろう。そのために、乃蒼としては蓮人との関係を拗らせたくない。

 もし恋慕を悟られてしまえば、蓮人との関係に決定的に変化を及ぼしてしまう。良い方向に働くことが望ましいが、恋愛に明らかな忌避感を示す蓮人に、それは期待できないかもしれない。

 そして、本当に蓮人が乃蒼を家族として見ているのなら、好意を示したところで人間の本能的に嫌悪感を現すだろう。


「はあ……」

 

 大きなため息をついた乃蒼は自分に嫌気が差していた。

 自分の感情を素直に表現できず、ワガママで臆病。まるで子供みたいだった。

 むしろ小さかった頃の方が、素直に相手に感情を表現できて今よりも遥かにマシだった気がする。価値がなくなってしまうくらい好き好き言っていたし、蓮人は覚えていないだろうが、結婚の約束もしていた。

 自己嫌悪したところで蓮人のことを諦められるなんて、乃蒼は毛頭思ってもいない。


「……大丈夫」


 己に言い聞かせるように呟いて、包まっていた布団から出た乃蒼。残った涙を擦りながらも、その表情は吹っ切れていた。

 乃蒼は決意する。

 少しずつでも蓮人に頼りきっていたことを自分でできるようになろう。

 蓮人を頼らないことで何かが変わるとは思えない。それでも乃蒼はやると決めた。

 蓮人に子供みたいな扱いをされたくなかったから。

 対等な関係であれば、何かが変わる、いや自分自身が変われる予感がしたから。


「なにこれ?」


 朝に目が腫れていたりすると泣いていたことが悟られてしまうと思い、手元にあった手鏡に自分の顔をかざしていた乃蒼が吃驚の声をあげる。

 そこには口角を強引に上げて笑顔を作った乃蒼が映っている。鏡に映っていた自分は、顔はむくみ、目が充血していて駄々をこねて泣きじゃくった後の子供のような顔で、見つめ合っていると嫌でも笑いが込み上げてきた。


「ははっ、はははっ」


 むくみや充血は早く引く方なので、この程度であれば、翌朝には問題はないだろう。

 しばらく笑い転げていると、不思議と不要な身体の重さが無くなり、身軽になった気がした。

 


 

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親が再婚して幼馴染と同棲することになった。そして、なぜか俺がモテる。 犬の話 @inunoie

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