第13話 助っ人
「ゴホッ、ゴホッ……」
案の定、俺の風邪は悪化してしまった。まあ、今日まで乃蒼から布団も返してもらっていなかったし、教室に取り残されていたりしたので仕方がない。
しかも、悪化したのが昨夜、そして本日は日曜日。
どうせなら平日に悪化してくれれば、学校を休める公明正大な理由になるのに、せっかくの休日が台無しになってしまうじゃないか。
不満を述べたところで風邪が治るはずもなく、病院送りになるほど調子は悪くないとポジティブに捉えることにして瞼を閉じる。
大抵の風邪は休んで治すのが一番だろう。
睡眠は十分にとっているので眠れる訳もないのだが、落ち着かない。緊張と言うか、気持ちが休まらないと言うか……。
やはり俺をずっと見つめている視線が気になってしまう。
「風邪がうつったら悪いから、ずっと傍にいなくてもいいよ。用事があったら呼ぶし」
俺が寝ているベッドのすぐ近くには乃蒼が正座で、ずっとこちらを見つめている。
「あたしが蓮人の布団を取ったせいで風邪を引いたから、できることなら何でも言うこと聞く!」
俺の体調が悪いとわかると、ありがたいことに乃蒼は看病すると言ってついて離れなれない。
確かに布団を取られたことは原因の一つだとは思うけど、確実な風邪の原因なんてわからないものだし、元々俺は年に数回は風邪を引いて寝込む人間なので、そこまで気に病む必要はないだろう。
返してもらった布団カバーがピンク色になり、乃蒼の匂いがしている気がするのは、いつか理由を聞かせてもらおう。
どうせなら乃蒼にやってもらいたいことがある。
「なら、自分のだけでいいから洗濯をお願い」
「洗濯だけは無理って言ってるでしょ」
「何でもやるって言ったじゃないか⁉」
いけるじゃないか。
今の俺は以前のように上手く乃蒼と会話出来ていると思いたい。
「できないんだもん。あたしにやらせるとしわになって、伸びるよ」
「う~ん」
適当になんかやらせて本人をやる気はある満足させたいところ。でも、乃蒼が家できることは……ないかも。
むしろ、今日は親父もフェリシアさんも仕事だから乃蒼のご飯が心配だ。
「そろそろお昼か、どうしよう」
「あたしがおかゆ作るよ」
「……」
乃蒼が自発的に料理をしたいと言い出すなんて、ちょっと前からしたらありえないことで、俺は言葉紡げなくなってしまった。
失敗するかもしれないが、やる気は買わないといけない。
「作り方わかる?」
「頑張る!」
元気よくやる気を表明して、質問に答えてくれていない。
うん。無理だな、たぶん。
「いいか、コップみたいな奴がお米の袋の中に入ってるから、それで一杯計るんだ。次にお米を研いで沢山水入れて火にかけるだけ、水が少ないと焦げるから、多すぎるくらい入れる。多ければ後で捨てればいいんだから」
「任せてっ!」
乃蒼が部屋から飛び出していった。
しばらく一人でいると、乃蒼一人に任せるのは不安だと言う感情が勝ってしまった。別に動けないほど具合が悪い訳じゃないし、普通に動けるから俺が作ろう。
我慢できずに俺はベッドから起き上がる。
「あれ、なんか焦げ臭いような?」
俺の部屋の中まで届く臭いで、ある程度事情は察せられる。
家の中を乃蒼がドタドタと駆け回り足音が響く最中、俺は部屋から出て台所に向かう。途中、廊下に出ると玄関の方に人影ある気がして、そちら側に振り向くと固まってしまった。
「こんにちは、蓮人君。風邪で弱った顔もかわいいわね」
そこには家にはいるはずのない堀之内さんがいた。当然私服な訳だが、その手には青々として新鮮そうなネギがあった。
対応できずにオロオロしていると、ネギを片手に無言でこちらに迫ってきた。
「さあ、お尻を出してネギを入れましょう」
「えっ……」
風邪で弱っている俺に激しく抵抗できる元気はない。
弱気になってしまった俺は確信する。
堀之内さんの手によって尻にネギを突っ込まれてしまうのだと。
でも、無抵抗は嫌だ。
「俺は民間療法とか信じない人間だから、遠慮させてください」
「大丈夫、おそらく効果はないけれど、お尻にネギを入れられたくらいで人間は死なないから」
「……自分で効果ないって言ってる」
「大丈夫、痛くしないから」
堀之内さんが自然な笑顔でものすごく楽しそう。
これじゃあ堀之内さんが、単に俺の尻にネギを突っ込みたいだけの変態みたいじゃないですか。
「さあ蓮人君、後ろを向いて」
この人、廊下で俺に尻を出させるつもりなのか……。
廊下で入れられた後はどうやって移動するんだろうとか、入れている途中で誰かが訪ねてきたらどうしようとか、馬鹿でアホでマヌケな妄想をしていると、俺に突き刺さっているものがあることに気付いた。
ネギではなく乃蒼の冷たい視線が、俺に突き刺っている。
「……あ、あんた何やってんの?」
「見てわからないの? もうポンコツさんね。私は蓮人君のお尻にネギを入れてあげようとしているの」
「そんなことあたしが許すわけないでしょ」
怒る乃蒼を宥めるように、堀之内さんはにっこりと笑顔を作る。
「もちろん、冗談に決まっているじゃない」
「そ、そうなの?」
俺には、冗談を言っているようには見えなかったが、経緯を知らない乃蒼は信じたみたいだ。
堀之内さんはネギを乃蒼に押し付けて、廊下に放置していた手荷物を取りに向かった。持参した袋の中からペットボトルを取り出して俺に渡す。
「風邪ならスポーツドリンクでも飲んで休んでいるのが一番ね」
貰ったスポーツドリンクはひんやりと冷えていて、買ってきたばかり。
若干結露しているそれと堀之内さんへ俺は視線を交互に繰り返し巡らせてしまう。
「どうしたの? 」
「今まで風邪を引いた時は、お祈りしながら冷水を浴びる
「い、いるだけ……」
風邪を引いている時に優しくされるなんて初めての経験だ。
弱っている心に深く染みる。尻にネギを刺そうとしてくるような人じゃなかったら泣いていたかもしれない。
「どうせ、あたしなんているだけで、役に立ちませんよーだ」
俺の発言で乃蒼が拗ねてしまったみたいだ。
いくら何でも傍にいるだけの人は言い過ぎだった。
「ごめん乃蒼。俺は乃蒼が傍にいてくれて心強かったよ」
「ふ、ふ~ん。ならいい」
乃蒼が嬉しそうに鼻を鳴らす。
あまりにも簡単なので流石に悪い気もするが、嘘は言っていない。
それはそれとして、完全に家の中を焦げ臭さが充満している。
「で、風邪を引いて鼻が詰まっている俺ですらわかるくらい焦げ臭いのはどうして?」
「……あたしはできる子だから、できないと思った瞬間、助けを呼んだ」
それは本当にできる子なのか?
「乃蒼が鍋を焦がしたから私が呼ばれたの」
堀之内さんが家にいる理由は、乃蒼が鍋を焦がしたから。
まあ、流れとしては理解できるもので驚きはない。
「呼んでない。こいつが勝手に来ただけ」
「あれ~、泣きついてきたのは誰だったかしら?」
「あんたが来たいって言ったんでしょ」
「はいはい。わかったから喧嘩しない。深呼吸する」
言い争う二人に俺は一呼吸することを促す。
二人揃って大きく息を吐きだした。
「乃蒼に代わって私が責任を持って家のことはやるから休んでいなさい」
「堀之内月詩が料理できるか知らないけど、蓮人は休んでて」
「お願い」
これで安心できると思っていたら、乃蒼と堀之内さんが睨み合っている。
仕方がないから、どっちに転んでも結果的には喧嘩されるよりはマシな案を出そう。
「喧嘩するなら、乃蒼は俺の部屋にいようか?」
「子ども扱いすん、ん?……はっ⁉ 行くっ!」
「子ども扱いされたくないなら、あれ?」
乃蒼に子ども扱いされたくないんだったら大人しくしてなさい、と言う展開を俺は想像し、その可能性が高いと踏んでいたのだが、予想通りには転がらなかった。
「そんなこと認められる訳ないでしょう? 乃蒼は私の方に来なさい」
堀之内さんは不愉快そうな態度を滲ませている。
なんで俺と堀之内さんが乃蒼を巡って争う展開になっているんですか⁉
乃蒼は、俺の服の裾を掴んで立場を明確にしていたのだが、堀之内さんが耳打ちをすると、態度が一変した。
「……それなら料理する」
乃蒼が堀之内さんの傍らについた。
堀之内さんが乃蒼に何を言ったのかは気になるが、それが原因で言い争いを始めると面倒なのでやめておこう。
「それじゃあ、俺は休んでいていいのかな?」
「あたしに任せて」
「ええ、私に任せて」
「うん、二人とも仲良く喧嘩しないでね」
これで乃蒼が指を切らないかとか、火傷しないかとか、消し炭を作らないかと言った心配がいらない。
ゆっくり休めるなと思って、ドアノブに手を掛けた時、堀之内さんに肩を叩かれる。振り返ると俺を弄んでいる時の表情がそこにはあった。
「後で部屋を物色させてもらうから、見られたら不味い宝物は今のうちに隠しておくことね」
「そんな物はないよっ⁉」
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