第11話 千慮の一失?


 

 諸事情により投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。

 投稿再開します。

 





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「へっくしょん!」

 

 放課後の教室で俺は大きなくしゃみをする。

 現在、俺はクラス委員の仕事を居残りでやっている。

 ちょっと風邪気味な訳だが、熱はないし、身体もだるくはないが、鼻水とくしゃみの症状があり、完全に風邪気味だ。


「蓮人君風邪なの? ちゃんと暖かくする」


 一緒に作業をしている堀之内さんが心配して俺に言葉を掛けてくれた。

 この数日ただひたすら弄ばれ、困り顔を作っていただけの俺にとって、堀之内さんが身を案じてくれるなんてことは初めてのこと。

 驚きのあまりに思わず、彼女に顔を向けてしまう。


「なに、その顔は? まるで私が蓮人君を困らせて喜んでいるだけの性悪で陰険な女だと言いたげね」

「……そこまでは思ってない」

「そこに蓮人君を労わる優しい気持ちを加えたら私の完成ね」


 優しくされたことがあるのかと言う不思議な疑問は抜きにして、堀之内さんが普段の百倍増しで優しく見えた。

 

「どう? 劇場版ジャイアン現象のように、いつも意地悪してくる人間が少しでも優しくすると好感度爆上がりでしょう?」

「わかってたけど、言ったら意味なくなっちゃうでしょ⁉」


 そして色んな意味で、この人といると疲れる。

 最初のうちは敢えてツッコミどころを残しているのかと思っていたけど、十日ほど関わって得た結論として堀之内さんは、真面目に見えて割と天然と言うか……。

  

「冗談はこのくらいにして、本当に大丈夫? 具合が悪いなら家まで送るから。弱っていて抵抗できないでしょう。送り狼なら安心して任せなさい」


 と、こんな感じである。


「……全然大丈夫です。風邪っぽいだけなので元気です」

 

 どうして風邪を引いてしまったの原因は、変わった方から告白されることが多く精神的に参っているとか、新年度が始まって慣れないクラス委員の仕事もあって疲労で抵抗力が落ちているとか、掛け布団を失って朝方は冷えることとかが影響していると思う。


「蓮人君、手が止まってる。私を待たせない、早くする」


 いつものように、堀之内さんの仕事はとっくに終わって圧力を掛けられているが、現状を俺がこなさなければならないクラス委員の仕事について説明しよう。

 蜂ヶ峰学園では年度の初めに学年ごとの交流を深めると言う名目で、四月下旬に二泊三日の宿泊学習がある。クラス委員の仕事は、先生方に混じってその準備を手伝うことだ。我々二年三組は、宿泊学習のしおり作りの担当となっている。

 他のクラスと分担している仕事を考えると、先生方はほとんど何もしていない気がする。体の良くこき使われているだけ……うん、やめておこう。

 

「実はこの後、宿泊研修のしおりの最後のページが半分くらい空いてしまったから、面白い話を蓮人君に書いてもらおうと思っていたのだけれど」

「無茶言わないでくれると嬉しいな」

「体調が良くないみたいだから、適当に犬の絵でも描いて埋めましょう」

「関係ないでしょ、体調は」


 犬の絵も地味にハードルが高い。

 ノートパソコンで作業しているから、必然的にマウスで描かなければならず、難易度が上がってしまう。

 元々俺は絵心なんてないし、上手く書ける自信がない。困ったな。


「その顔が見たかったの。ほんと、いい顔ね」


 また嵌められてしまったと、若干イラっとして俺は堀之内さんの要望通り、犬の絵を勢いで描いてみせる。


「犬描いたよ」

「なんの生き物かわからないわね」


 貶されてしまうが、元々絵心がない上、マウスで描いているのだ。ある程度は仕方がない。

 だが、自分でも犬かどうかわからない謎の生物を生み出してしまった。顔は犬、身体は人間風、尻尾は爬虫類みたいだ。

 しかも、この謎の生物見つめ合っていると不安になる顔面をしていた。目が離れているのが原因だとは思う。

 

「この生き物は二足歩行の人面犬? おまけに線もぶれぶれだから、犬か猫かもわからないけれど、ちょっとかわいいと思うの」

「っ⁉」

「このまましおりに載せましょう」


 冷静になれ、俺。

 おそらく堀之内さんは俺を困らせたいがために、敢えて謎の生物をしおりに載せようと脅しているだけなのだ。

 嵌められるとわかっていて、その手に乗るわけがないだろう。


「蓮人君の名前も書いておかないと、盗用される恐れがあるわ。早くサインして」

「あっ、はい」


 つい染みついた奴隷根性で記名してしまった。

 書いてから後悔する俺に、堀之内さんは容赦なく。


「ええ、これでこのネズミが、夢の国のネズミや黄色いネズミのように世界的なキャラクターになっても安心ね」

「俺が描いたのは犬だから、ネズミじゃないから⁉」

「世界的なキャラクターはネズミが多いわ。世間の需要に応えるために、ネズミで勝負しましょう。ぱっと見だと謎の生物だから問題ないと思うの」

「頑張って描いたのに下手って言わないで⁉」

「下手とは言ってないわ。謎の生物と言っているだけ、むしろ絵は褒めたいくらい良いと思うの」


 ああ、生まれて初めて絵を褒められたかもしれない。

 感動に浸っていると、堀之内さんは手早くノートパソコンを操作している。 

 堀之内さんの担当は終わっているはずなのに、なにしてるんだろう?

 

「送信完了」

「……ちょ、堀之内さん何やってるの⁉」

「予定が押しているから、宿泊学習のしおり用クラウドストレージにアップしたの。これで次のクラスの人も仕事ができるわね」

「そうなんだ……そうなんだぁ」


 今なら修正間に合うだろうか?

 このまま宿泊学習のしおりに、下手くそな絵を名前付きで載せれば、イタイ人で画伯などと嘲笑されること間違いなしだ。

 

「あの堀之内さん……」


 確か堀之内さんは、未来永劫遊べるように俺の限界を見極めていじめているみたいなことを話していた。その前提に立つと、俺が本気で嫌がれば、謎の生物を宿泊学習のしおりへの掲載を撤回してもらえるはず。

 そんな望みを打ち砕くかのように、堀之内さんは微笑んだ。


「私が著作権を主張することは決してないと誓うから安心して」

「そんな心配しなくていいよ⁉」

「夢は大きく期待して待ちましょう」


 俺をからかって遊んでいるのかと思ったら、堀之内さんは本気で謎の生物を世界的なキャラクターにすると言っている。

 今の彼女はクラス委員の仕事をしている時と同じ瞳をしていて、俺を困らせて遊んでいる時の感じがしない。

 と言うことは、謎の生物の掲載取りやめのお願いは無理と言うことになる。


「そうだ。世界的なキャラクターには印象的な鳴き声があるもの。ハハッとでも笑わせましょう。いい感じだと思うの」

「ハハッ……」


 渇いた笑いしかこみ上げてこない。


「流石にハハッは冗談だけど――あら?」


 きっと宿泊学習終わって一週間もすれば、俺の絵ことなんて皆忘れるだろう。

 だから、それまでは天才絵師(笑)や画伯として笑われればいいんだ……。


「なにもしてないのに蓮人君が、私を喜ばせる顔をしている。ほんと、かわいい。でも駄目よ。勝手にそんな顔したら」

「なんでさ……」

「私が蓮人君困らせる過程にも楽しさがあるんだから」


 傍若無人なことを言う堀之内さんは、心底楽しそうでクラス委員仕事中だってことをまるで忘れているんじゃないかと思った。

 だから、俺は自分にとって都合のいい大義名分を思いついてしまった。


「……堀之内さん一緒に楽しい宿泊学習にしようね」

「急にどうしたの? でも、そうね。頑張りましょう」


 謎の生物のことなんてどうでもよくなって忘れてしまうくらい、宿泊学習で二年生の皆が楽しい思い出をたくさん作れるように頑張るしかない。


 


 



 


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