第10話 乃蒼のことを考えると

 俺が疑問を投げかけた瞬間から、能面を張り付けたような顔で乃蒼がこちらを見たまま固まっている。ただ目元だけは絶えず、ぴくぴくと動き続けていた。

 俺も負けじと乃蒼を見つめているため、言わば睨めっこ状態だ。

 体感では、結構長く見つめ合っているので、俺は吹き出す寸前。競っている訳でもないが、ここまでくると負けたくない。

 対抗心を燃やす俺だが、乃蒼は照れを表出させて案外簡単に視線を外した。


「れ、蓮人があたしに告白してくる流れだと思ったのに⁉」

「どこがそんな流れがあった⁉」

 

 他人おれのベッドの上で、小さな子供のように駄々を捏ねる乃蒼の姿を見て、好きになる奴なんているんだろうか?

 俺はないと断言できる。

 乃蒼とは距離感が近すぎたせいか、異性として意識させられた経験がほとんどない。

 双子の兄妹のような感覚の俺がいる。男の部屋に上がり込んで、布団を被るような性格なので異性として意識しろと言う方が無理筋だろう。

 だから告白する流れなど存在しないのだ。 


「だって、蓮人がため息ばっかりついてるし、あたしに好きな人を聞いてくるなんて勘違いしたって仕方ないじゃん……」

「勘違いさせて悪いんだけど」


 乃蒼もありとあらゆる出来事を恋愛と結び付けてしまうお年頃だろうか?

 そう言うお年頃ならば、俺のことにも興味を持って真摯に受け答えしてくれるだろうから悪いことでもない。

 俺の布団を頭から被った乃蒼。今日は冷え込んでもいないのだが、もはや目の部分しか見えなくなってしまった。 


「……好きな人とか関係ないわよ。あたしは好きでもない相手のことなんて興味ない。告白してくるのは、ほとんど話したこともない人間ばっかりだし。やんわりと謝れば、向こうも納得してくれるし、心を痛めることなんてないでしょ」


 蜂ヶ峰学園四大美少女とまで謳われる容姿の持ち主である乃蒼ならば、相当な数告白されてきただろう。一々気に留めていたら心が持たないのかもしれない。

 いっそ慣れてしまえば、良いのだろうか?

 でも、俺に今日告白してきた方は、まるで引き下がる様子はなかったんですよね。それすらも悦んでいたような……。

 現状厄い方にしか好かれていないと思う。やんわりと断っても納得してくれる気がしない。


「それに蓮人は他人の心境にまで共感しすぎなのよ。優しいつもりなのかもしれないけど、相手に変に希望を持たせる方がよっぽど残酷じゃない。蓮人のそう言うところも……す、好きだけど」


 相手のことを、考えるなら変に希望を持たせる方が残酷、その視点は俺に欠けていた。

 

「参考になったよ。乃蒼ありがとう」

「でも、どうして蓮人がそんなこと聞いてくる訳? 蓮人がモテたことなんて一度たりともなかったじゃない」

「なかったんだけどねえ……」


 乃蒼が中々酷いことを言っているが、完全なる事実なので否定できない。


「モテないから変な女に嵌められた? それとも、あたしがいるのに、モテないからって変な女に手を出そうとしら迫られているの? まさか、モテないから男に言い寄って……」

「違うわ。どんだけモテない言うんだよ」

「その言い草はモテてるってことなの、だったら包み隠さずあたしに詳しく教えなさい」


 過保護な母親みたいな言い草に、なぜ教えなければならんのかと、脊髄反射で反発したくなってしまったけど、冷静になれば、乃蒼も絡らんでいることだから話すべきなのもしれない。

 俺は名前は出さないように気をつけて、乃蒼に堀之内さんの件の仮説についてありのままを話した。


「……知らなかった。蓮人がモテてたなんて」


 乃蒼が驚いたような声を漏らす。


「でも、わかる気がする。蓮人かっこいいし」


 身内から言われるとちょっと照れてしまう。


「……ん、なんでもない。それで、蓮人が庇ってる告白してきた女は誰なのよ。まさか、堀之内月詩じゃないでしょうね?」


 異様なほど乃蒼の勘が鋭い。名前が一切出ないように細心の注意を払ったつもりだったのに、簡単に当てられてしまった。

 ここは上手く誤魔化そう。


「庇ってはない……うん、堀之内さんとは違うよ」

「あたしの目を見て言ってみて」


 乃蒼の目を見ていると、嘘をつき通せる自信がなくなってしまう。乃蒼の方から逸らしたけど。


「あっ、はい。否定しません。でも、推測できないように頑張ったのにどうしてわかったんですか?」

「あの女が、やけにあたしに突っかかってくるからよ」

 

 乃蒼が激高した。俺の布団に口を当てているおかげで声が籠り、隣近所に響きにくなっていてよかった。

 もしかして、蜂ヶ峰学園四大美少女間でも水面下では女の戦いがあるのかな。

 クラスですらあのざまだから、ライバル要素の強い蜂ヶ峰学園四大美少女間では、察するに余りある感じがする。


「まあ、堀之内月詩は蓮人の部屋で、布団を被ったことなんてないし、ふふん」

「そ、そうだね」


 ……絶対誇るところじゃない。

 乃蒼はすっぽりと布団を被り、目だけを露出させている。叫んで熱くなったのか、隙間から覗く乃蒼の肌は赤く、呼吸も粗い。

 

「いつまで乃蒼は布団を被っているんだ? 暑くないのか?」

「……やだ、いつもより力が出る気がするから被ってる」


 俺の布団はパワーアイテムだろうか?

 そんな訳はないがプラシーボ効果があるなら、まあ、いやあ、ええと、うん、いい気分ではないけど諦めるしかない。

 

「そ、それで蓮人は堀之内月詩に告白されたんでしょ。へ、返事はどうしたの? あいつは、性格良いように見えるけど、猫被ってるから騙されちゃだめよ」

 

 堀之内さんには思い出したくもないような裏の顔がある……いや性癖がある。

 でも、乃蒼も学校じゃ誰だかわからなくなるようなお嬢様っぽい優等生風の仮面被っている。気にしていたらキリがないからつっこまないけど。


「……お断りしたはずが、うやむやにされちゃった」

「ふ~ん」


 乃蒼はどこか安堵した様子で忠告する。


「絶対に堀之内月詩とは話しちゃだめ。話してるうちにあいつのペースに飲まれて丸め込まれるから」

「クラス委員になったから無理なんだけど、もしかして乃蒼の経験談?」

「聞かないでよ……」

 

 急にしおらしくなった乃蒼からは、堀之内さんに対してなすすべもなく丸め込まれている姿が容易に想像できる。

 俺もだけど、堀之内さんとは人間としての基礎スペックの違いが歴然としているから仕方ない。

 

「ね、ねえ、蓮人」

「どうした?」

「蓮人ってモテても誰か付き合うつもりはないんでしょ? でも、断ると心が痛むからモテたくない」

「まあ、そうだね」


 絶対に誰とも付き合わないとは言えない。本当に好きな相手とならいいのかなとも思っているが、俺が恋をすることなんてきっとないだろう。


「あたしには、堀之内月詩にも付きまとわれず、全てを解決できるかもしれない方法があるんだけど。ど、どう?」


 そんな魅力的な話があるなら、是非とも試してみたいものだが、一体どんな方法だろうか?


「興味はあるかな?」

「あ、あたしと、つ、付き合ってるって噂が立ち消えたのが原因なんでしょ。だったったら……」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る