第9話 ヘタレが故に

「乃蒼に好きな奴いるの?」

「……い、いるけど」


 茹でだこのように真っ赤になっている乃蒼が、言い淀みながら答える。

 昔から色恋沙汰とか恋の話が乃蒼は苦手だった。そう言う話になるといつも赤くなっていた。

 どんな相手なのだろうか? 

 聞いたことがないし、ちょっと気になってしまう。

 言い出しにくいような相手なのかもしれない。


「もしかして、乃蒼は恋愛対象が人間じゃなくて、動物とか無機質な物だったりするのか? 約束する、俺は乃蒼が恋愛対象が物、動物、二次元キャラでも軽蔑したりしない」 

「人間よっ⁉ 蓮人と一緒にしないで」

「えっ、ななみちゃん可愛いし、乃蒼もそう思うでしょ」


 俺は乃蒼に大人気バーチャルアイドルななみちゃんのフィギュアを見せつける。

 ななみちゃんに乃蒼は眉をひそめる。


「それは蓮人の趣味でしょ。嫌い」

「あああ、ななみちゃんが……」


 無慈悲にもななみちゃんのフィギュアは、乃蒼に投げ捨てられてしまった。

 なぜだか知らないが、乃蒼はななみちゃんに嫌悪感を持っている。

 まあ、いつもベッドとかの柔らかい物の上に投げられているので、乃蒼も心から嫌っている訳じゃないだろう。

 グローバルな人気を誇るななみちゃんは女性ファンも少なくない。いつか乃蒼にも布教して見せる。


「それで、乃蒼が好きな人って、どんな人なのさ」

「別にあたしのことなんて、絶対どうとも思ってないし、恋愛対象とも思ってない……」

「そうなんだ。乃蒼かわいそうに応援、痛い痛い痛い痛い」


 力加減とかは一切なく全力で乃蒼に背中をつねられる。


「なんで俺のことつねるの⁉」

「蓮人に着替えを見られたのまだ許してないから」

「……だったら仕方がない」


 蒸し返されても俺に非があるのでトーンダウンせざるを得ない。

 ひりひりと痛む背中をさすりながら、俺は再び同じ質問をすることにした。


「それでどんな人なのさ」

「蓮人は恋愛に興味がない癖に、なんであたしのこと

「興味本位かな?」

「それなら反応が怖いから言いたくない」


 何を言われようと一度知りたいと思ったのだから、勝手に推理して、名を挙げさせてもらおうじゃないか。

 俺の反応が気になるような人間と言うことは、身近な人だろう。さらに乃蒼を恋愛対象としてみていないような人物となると……該当する人間はおそらく一人だけになってしまう。

 当たって欲しくもないのに、俺はその人の名を口にしてしまう。


「まっ……まさか、乃蒼は、お、おおおれの……」

「ちょ……ま」


 乃蒼が茹でだこのようになってしまっている。 

 まずい。当たりっぽい反応だ。

 対照的に俺からは血の気が引いていくのがわかる。

 だから乃蒼は、恥ずかしがって俺には話そうとは思わなかった。もし当たってたら、乃蒼のことを意識しすぎて、幼馴染的な意味でも家族的な意味でも会話を成り立たせる自信がない。

 乃蒼が好きな人がこんな近くにいるなんて、盲点だった。


「親父が好きなのか……それだけはやめてくれぇ、家が修羅場になってしまうぅ」


 新ローセンブラード家が成立して以来、早速家庭崩壊の危機を迎えている。親父を巡った母娘の骨肉の争いなんて、地獄の方がマシかもしれない。

 乃蒼に相談しようと思ったら余計な問題まで抱えてしまうことに……。

 

「家族みんなで仲良くするために、お互い聞かなかったことにしよう」

「違うわよっ⁉」

「よかあああ、ななみちゃん⁉」

 

 乃蒼が俺のベッドの上に横たわっていたななみちゃん投げ捨てた。

 代わりに乃蒼が俺のベッドに上がる。しかも、許可もなしに俺の布団を棒状に丸め始めている。


「と、取り敢えず、俺の勘違いみたいでよかった」

 

 ……乃蒼の反応がない。

 興味本位で聞いたことを怒っているのだろうか?

 乃蒼は俺の布団に顔を埋めて、肩を上下させている。 


「流石に人の布団の匂いは嗅がないでもらえますか?」

「ん……ごめん。あ、あのね、あたし……蓮人のこと」


 気にはなるけど、乃蒼への更なる追及は地雷原で宝箱を探すようなものだ。


「よかったよかった。乃蒼に好きな人がいるかどうかが知りたかっただけで、相手は重要じゃない……?」


 乃蒼が俺の枕をななみちゃんに向かって投げつける。

 枕が直撃したななみちゃんは、部品が吹き飛んでいったように見えた。腕じゃないよね。

 図らずも、もにょもにょ喋っていた乃蒼の言葉を、俺は遮ってしまっていた。乃蒼の行動はそれへの抗議だろう。


「ごめん乃蒼。話聞いてなかった。もう一回言ってもらえるかな?」

「死ねって言おうとしただけ」

「そ、そうだよね。乃蒼の話を聞いてなかった俺が悪い」


 乃蒼に睨まれいたたまれなくなってしまった俺は、ななみちゃんの安否を確認することにして気を紛らわす。幸いなことに髪留めのパーツが外れてしまっただけで、ななみちゃんは無事だった。

 安堵しながらななみちゃんを棚に戻している間に、乃蒼が顔下半分を俺の布団で覆ってしまっている。潔癖症気味の俺としては、気になってしまう行為だ。

 だけど、嫌とは言えない。乃蒼の機嫌を今以上に悪くしてしまったら、次はななみちゃんの首が飛んでしまうかもしれない。 

 そうなる前に、乃蒼さんには速やかに自分の部屋に帰って頂きたい。

 機嫌を損ねずに帰ってもらう方法を考えていると、突然乃蒼はハッとした表情を作って。


「それで、どうして蓮人は急に、あ、あたしの好きな人を聞いてきたの? 蓮人の悩みと関係あるんじゃない?」

「大丈夫、きっとそれは解決したから、うん……」

「うそだ。蓮人、全然元気ない。嘘ついてる」

「この状況で出るかっ⁉」


 好きなキャラクターのフィギュアに当たられて、元気が出るような人間はたぶん病んでるよ。

 

「蓮人はあたしに伝えたいことがあって好きな人を聞いたんじゃない? あたしは安い女じゃないけど……れ、蓮人にだったら、元気が出るような言葉をかけてあげられる……はず」 


 乃蒼は俺の悩みに見当をつけていたのか。流石の乃蒼だ。幼馴染なだけあって、俺のことをわかってくれているみたいだ。

 なぜだろう。乃蒼が俺の悩みに気付いたのなんて、ハッとした表情になった時。だけど、乃蒼からは俺のことを長年待ち続けていたような印象を受ける。

 俺は本題から逸れた乃蒼の好きな人を追及していた。相談したいような振りをしてて、関係ない話で時間を無駄にしていた。乃蒼は待ちくたびれていたのだ。


「好きな人がいれば、告白されて断ったとしても、心が痛まないのかなと思ったんだ。それで乃蒼に聞いてみたいんだ。好きな人がいたとしよう。告白された時にお断りするとして、その存在がいることで心は痛まないの?」

「……」


 目元を何度もぴくぴくと引き攣らせながらも乃蒼は無表情だった。



 

 

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