第7話 人は理由が気になるもの

「聞こうかしら、私の玩具ものになってくれない理由を?」


 俺は堀之内さんの告白を断った。


「だって被虐趣味ないから、いじめられても嬉しくないし、楽しくもない。それに俺に恋愛はまだ早いと思うんだ」


 胸が締めつけられるみたいに痛い。

 自分に好意を向けてくれている人の気持ちを無下にすることが、ここまで辛いことだとは思わなかった。 


「私的には蓮人君を所有物に出来れば最高だったのだけど、仕方ないわね」

「……ごめんなさい」


 俺には、嘆息する堀之内さんが眉を落としているように見えて、思わず謝ってしまう。

 所詮、俺なんてモテない男だ。

 そんな男に告白すれば、二つ返事をもらえると思っていたかもしれない。本当に申し訳がない。


「蓮人君、私と付き合って欲しいの」

「えっ?」

 

 戸惑いを隠しきれない俺を見て、堀之内さんがニヤっと笑った。

 今さっき、俺は堀之内さんの告白を断ったはず……。

 どう言うことなのでしょうか?


「あれあれぇ、蓮人君はずっと私が付き合いたいと言ってると思ってたのかな? 単に君を所有物にしたかっただけなのに、勘違いしちゃったかな?」

「……」


 俺は、全速力で外に飛び出したくなるような恥ずかしい勘違いをしていたみたいだ。

 堀之内さんに煽られた俺は、赤くなってしまった顔を手で覆う。全身が沸騰して熱を持ってしまっている。


「今度は玩具もの扱いじゃなくて、ちゃんと蓮人君が思ってた通りの私の彼氏にならないかと言う誘いよ」


 顔の火照りが治まってきた俺は、堀之内さんの方を見る。

 すると、堀之内さんは俺のことをうっとりとした表情で見つめていた。明らかに彼女は俺の反応を見て楽しんでいる。

 おそらく俺は嵌められていたんじゃないだろうか? 

 敢えて、俺に誤解を与えるような表現で、反応を楽しんでいるに違いないと思い俺は意地悪な質問をすることにした。


「私の玩具ものと堀之内さんと付き合うことの違いを教えてください」

「私にいじめられる時間の違いかな」

「一緒じゃんか。俺の反応を楽しんでるだけでしょ」

「ええ、その通り。考えは変わった?」 

「返事は同じです。ごめんなさい」


 二回目でも、一回目と同じくらい胸が痛んでいる。

 胸が痛まないような人にはなりたくないけど、辛いものは辛い。何回も繰り返していたら心が壊れてしまいそうだ。

 逆の立場になったことを少し想像しただけでも、足がすくんでしまう。

 告白する時、相手に拒絶されることを考えない人はきっといない。それを超えて告白する勇気は称賛されなければならないだろう。

 だから、そんな勇気も相手もいない俺に色恋沙汰なんてまだ早いのだ。


「告白の返事だけど、よく聞こえなかったから、今度聞くことにするわ」

「聞こえてたでしょ。どうしてそんな意地悪するの」

「小学生の男の子が好きな女の子をいじめて自分のことを見てもらいたいのと一緒よ。さらに、蓮人君が困っている顔も見れて、私のサディズムも満たせる。一石二鳥で、さらに君が頷くまで続けられる」


 随分と歪んでいて、途轍もなく諦めが悪い。

 聞いたことを後悔したくなるレベルの酷い理由だ。


「でも、どうして蓮人君は私を受け入れてくれないのかしら、だってあの女――まさか……」 


 なにやら独り言を呟いていた堀之内さんが、俺の襟首に掴みかかる。

 一瞬、俺を物理的に殴って快感を得たいなど、と堀之内さんが言うかもしれないと思って、身構えたがそれは杞憂だった。


「それだけは、絶対にダメ! 妹に手をだすなんて、倫理的に許されないわ!」

「俺に妹なんていない。一人っ子だよ」

「ローセンブラードさんがそうでしょ」


 乃蒼と家族になっていたことを失念していた。数日前になったばかりなので仕方がないことだ……。ごめんなさい、乃蒼さん。

 それに、堀之内さんは根本的な勘違いをしている。


「ふっ、乃蒼の方が七月生まれで誕生日が早いから、姉に当たるんですよ。頼りないから、姉だと思われないだろうとは予想してたし、俺も妹みたいな扱いをしてるんだ」

 

 俺は予想していた通りの結果になって、有頂天になった。この後も、「そんな感じには見えないよ」みたいな反応を予想していたのだが。


「妹でも姉でも関係ないわ。倫理的にも問題があるし、法律上兄弟になると、結婚できな――」

「あれ出まかせ」

「……う、嘘だったの?」


 余裕綽々で俺のこといじめていた堀之内さんが、狼狽しているのは新鮮だ。人を困らせると言うのも案外楽しいのかもしれない。

 

「すぐバレるような常識的な話だと思ってたから」


 まさか信じる人がいるとは。

 オタク界隈では、妹と恋愛関係にするための常套手段として連れ子の兄弟は用いられている。だが、オタク知識がないと知らないことなのかもしれない。

 今考えれば、あの場で指摘されてもおかしくなかった。 

 嘘だとわかってから思考に耽っていた堀之内さんが、不意に口を開く。


「蓮人君、最近急にモテだしたりしてない?」

「生まれて初めてラブレターもらってしまいました」


 どうして俺がモテ期が来ていることを知っているのかと言う疑問より先に、堀之内さんが頭を下げ、

 

「あの女を確実に潰すためだったのだけれど、結果的に敵を増やしただけみたいね。ごめんなさい、蓮人君」


 突然、俺は謝罪を受ける。

 

「突然の私の行動に戸惑っている蓮人君。ほんと、かわいい」


 ただし、本当に悪いと思っているかは疑問が残る。


「こほん、つい本音が漏れてしまったわ。おそらく蓮人君がモテている原因が私なのよ。良かれと思ってやったことなんだけれど、結果的に裏目に出てしまったみたい」

「なんのことだか、さっぱりわかりません」

「順を追って説明するわね。私の推測がかなりの割合で交じっているから、鵜呑みにはしないで欲しいかな」


 俺は黙って頷く。


「前提として、蓮人君は昔からそれなりにモテていた」


 いやいや、何を言っているんだ堀之内さんは? 


「俺は今日初めて告白されたんですけど……」

「あの女、こほん、そこにローセンブラードさんが絡んでいるのよ」

「乃蒼が?」

「そう、この際、蓮人君がモテている理由はどうでもいいわ。ローセンブラードさんと付き合っている噂があったから、そのおかげで蓮人君の価値が上がっているだけで、モテている可能性が高いと私は思うけれど、これは仮説ね。ここで、重要なのは蓮人君がローセンブラードさんと付き合っていると言う噂よ」


 何気に酷いことを平然と言い放つ堀之内さん。

 仮説とは言え、俺がモテているのは、自分の力じゃないとかは聞きたくなかった。


「ローセンブラードさんと付き合っていると言う噂があったから、恋愛感情があったとしても、行動に移す人間がいなかった。その中には私も含まれるわ」


 確かに、その人のことが好きだったとしても、彼女や彼氏持ちであったとしたら、行動にまで移すことは少ないだろう。


「そこに、昨日の法律上、兄弟になると結婚できないと言う蓮人君の発言を真に受けてしまった私が、結婚できないんだからローセンブラードさんと蓮人君は付き合ってない、と事実を学園中にばら撒いた」

「堀之内さんは勘違いしてただけだし、乃蒼と付き合ってないのは事実なのに」


 何が問題なのだろうか?

 

「私だったのが問題なのよ。完全無欠とか品行方正として、もてはやされる私が、発信源となったことで、話の信憑性が高まってしまった。おまけに私が、蓮人君に告白すると言うことまで一緒に広めてしまったの」

 

 堀之内さんの完全無欠や品行方正のイメージは俺の中では崩れてしまったが、当然学園の中では健在なはずだ。


「おかげで蓮人君は、ローセンブラードさんと付き合っている噂のガードはなくなってしまった。その上、私が告白する噂まで広まった蓮人君の価値は、さらに上がってしまう。注目度と価値の上がってしまった今の君は、半端じゃなくラブレターをもらったり、告白されたりするはずよ」


 ようやく、堀之内さんが謝った理由がわかった。

 

「酷いことも言ったけれど、蓮人君が元々他人から好かれる要素を持ち合わせていたから、モテるのだと思うわ。見た目もそれなりだし、困っている時の顔はほんと、かわいいもの」


 堀之内さんの話は信憑性があると感じた。

 だから、堀之内さんの言う通りになるかもしれないと思った瞬間、堀之内さんの告白の返事をした時の痛みが脳裏をよぎる。


「私の告白の返事は、蓮人君が頷くまで聞かなかったことにする。だから何度でも言うわ。私は嘘偽りなく蓮人君のことが好きです。もちろん、恋愛対象としてね」


 そして、堀之内さんから向けられる歪んでいて真っ直ぐな好意。

 俺の頭の中がぐちゃぐちゃになるのは必然だった。

 

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