第6話 堀之内月詩と言う人(2)
「堀之内さん、クラス日誌ってどんなこと書けばいいの?」
「そうね」
クラス委員に任命されてしまった俺は、堀之内さんに仕事を教わりながら教室に残っていた。
ホームルームが終わってすぐの喧噪はどこへやら、静まり返った教室の中にはいるのは俺と堀之内さん以外誰もいない。
耳に入ってくる音も、時折グラウンドで練習する運動部の掛け声だけで、それがない限りは基本的に静寂に包まれていた。
そのせいか、教室が経験したことがないほど広く感じられる。
「今日は初日だから、クラス委員に対する意気込みとかを書いてみたらいいんじゃないかしら?」
「なるほど、ありがとう」
堀之内さんは俺よりも多く仕事をしていながら、あっという間に終わらせてしまっている。
手持ち無沙汰になってしまった堀之内さんは、俺がクラス日誌を書いているのを眺めているだけだ。人間としてのスペックの違いを思い知らされる。
「クラス日誌を先生に提出すれば、今日の仕事終わりだよね」
「そうね。終わりよね」
「俺が終わるの待たなくても先生に提出しとくから、堀之内さんは帰ってもいいよ」
「いいの、楽しいから」
そう言われると俺は困ってしまう。
本当に堀之内さんは楽しそうで、演技をしているとかそんな風には見えない。
堀之内さんに威圧感がある訳じゃない。なんとなく見られている気がして落ち着かないと言うだけだ。
「蓮人君、ここ漢字、間違ってるわ」
「……?」
堀之内さんから漢字の間違いの指摘が入るが、俺にはどこが間違っているのかわからない。
指で示されているのだが、手が綺麗と言う情報のみが大半を占めてしまって、そちらにばかり視線が向かってしまうのが原因かもしれないが。
俺が理解できていない堀之内さんは、手元にあった不要な紙に『成績』と書いてみせる。
「『成績』と言う漢字だけど、『積』を蓮人君は使ってしまっているの。正しい漢字はこっちね」
「部首が間違っていたのか気が付かなかった。ありがとう、堀之内さん」
「ポンコツなんだから、気を抜かないで真面目にやる」
「すみません」
指摘された部分を書き直してから、クラス日誌を適当に埋める作業に戻る。
書いている俺ですら気付かなかった細かいところを見て取るなんて、凄まじい観察眼を持っているみたいだ。学年トップになるとその辺が違うのだろうか?
「堀之内さん、書道の教科書みたいに字が綺麗だよね。俺はあんまり字が綺麗じゃないから、羨ましいな」
堀之内さんの字に既視感があるような気がするが、思い出せないのでおそらく勘違いだろう。それは抜きにしても彼女の字は上手い。
「そう言われると少し照れるかな……?」
言われ慣れているんだろう。
堀之内さんを褒めても反応はあまり芳しくないみたいだ。
待ってもらうだけなのは
「よし、終わった」
「それじゃあ、安東先生に提出してから帰りましょうか」
俺は帰り支度をしながら、ずっと疑問を感じていたことを聞いてみる。
「先生に提出する前に聞いてみたかったんだ。どうして、堀之内さんは俺をクラス委員に推薦したのかなって?」
堀之内さんとは去年クラスは一緒だったが、たまに話すことがあったくらいで、友人と呼べるほど親しい関係ではなかったと思う。
「答えて欲しいなら、普通、厳しい、罵詈雑言、号泣、の中からの好きなコースを選んで」
意味はわからないけど、選べと言われている。
優しいがないのは不思議だけど、ゲームとかで難易度の選択肢を選ぶ際は、余程の自信がない限り普通を選ぶものだろう。
「普通でお願いします」
「普通か、あら残念」
咳払いしてから、微笑みながら堀之内さんが言った。
まともな発言だったら一生心に残るかもしれない笑顔だ。
「それは蓮人君が、困っているところを見たかったから、君をいじめたいの」
「……」
正直、もう一度聞き返したくなるくらいには、言葉の意味を理解できない。
こんな言葉を聞いた後だと、どうでもよくなってしまうが、堀之内さんに名前で呼ばれてることに気が付いてしまった。
「その困り顔、最高にかわいい。もっといじめたくなっちゃう」
「そ、そそそうですか……」
肌を上気させ、恍惚とした表情の堀之内さん。
少し冷えてきた頭で考えると、堀之内さんの行動の多くは、俺をいじめたり、困らせたりしたいがためにやっていたのかもしれない。自分の分のクラス委員の仕事が終わっても帰らなかったのも、漢字の書き間違いの指摘の後の注意も、そのためにやっていたのではないだろうか?
それに、最近似たような台詞を見た覚えがある。
筆跡といい、性癖が似ていると言うか、完全に一致している性癖のような。
……まさかこの人。
慌てて、俺は鞄の中に厳重に保管していた、書道の教科書みたいな字で書かれた差出人不明のラブレターを取り出して、堀之内さんの前に掲げる。
「もしかして堀之内さんは、このお手紙を書かれた方ですか?」
「蓮人君の目は節穴かな? ちゃんと二枚目の最後に私の名前を書いたのに、蓮人君はポンコツね」
「二枚目なんて入ってなかったよ⁉」
「あれ……? おかしいわね」
ラブレターを隈なく探った堀之内さんは、俺の鞄の中まで漁り始める。
「ほんとになかった……入れ忘れたかな? 傑作だから、家になくても記憶力には自信がある方だもの、書き直して明日続きを渡すわね」
大事な手紙の二枚目を入れ忘れるとかこの人、実は相当なポンコツではないだろうか。
「こ、怖いので、いらないです」
堀之内さんは自白し、ラブレターにも書いてあった通り、人を困らせて喜ぶタイプの人間だ。
「そうよね。大切なことは直接相手に伝えるのも大事よね」
堀之内月詩。
才色兼備、秀外恵中、容姿端麗、文武両道、完全無欠。どの言葉も彼女を前にすると霞んでしまうくらい非の打ち所がない完璧超人。
そんな彼女が、僅かに頬を赤く染めて俺を見つめている。
「知ってる? 実は私は蓮人君のことが好きなのです」
顔面に熱を感じる。
この後に言われることは想像できているのに、俺は真っ直ぐと向けられた好意に対して当惑してしまっていた。
「その顔、ほんと昂っちゃう。ああ、もっといじめて困らせたいわぁ」
俺は、容姿端麗と文武両道くらいしか、堀之内さんに当てはまるものはないと思うんです。
「だから蓮人君、私の
誰ですか?
堀之内月詩を完全無欠とか言った人は?
人格が屈折しているどころか、完全に崩壊してるでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます