第4話 自分の好きなことを書いた手紙

「乃蒼さん?」


 俺は乃蒼の周囲を鬱陶しいくらいにうろちょろしながら、登校している。

 家から蜂ヶ峰学園までは徒歩十分の距離がある。

 半分近くの道のりを進んだはずだが、いくら声を掛けても乃蒼は顔を俺の方から背けるような仕草をするだけで、無視されていた。


「乃蒼さ~ん?」


 乃蒼が顔を向けている側に回って名前を呼んでも、プイッと反対に逸らされてしまう。

 乃蒼に避けられているが、俺の中でその原因はある程度絞られていた。


「朝、布団から引きずり出したのが悪かったか? でも、あれは乃蒼が起きてこないから遅刻すると思って、仕方なく」 

「別にあたしは蓮人に怒ってない」 

「なら、クマか。見られたくなかったんだろ」


 一瞬、俺の方に振り向いてしまった乃蒼に確認できる。

 肌が白いこともあって目立つのもあるが、乃蒼は目の下に大きなクマを作っていた。


「布団から引きずり出したの俺なんだから、気が付かない訳ないでしょ」

「う、うっさい。こっち見んな」

「よく眠れてないのか? もしかして学校でいじめられてるのか?」

「あたしは大丈夫だから、蓮人は自分がいじめを受けることを心配して」


 昨日あんなことがあった俺の方が心配されてしまった。

 思い出しただけで、自然と足取りが重くなってしまう。

 俺自身がいじめを受ける心配をした方がいいかもしれないが。

 

「どうして、乃蒼は眠れてないんだ?」

「れ、蓮人の……」

「俺のいびきがそんなにうるさかったか?」


 親父もいびきをかく人だったが、遺伝もあるとか言う話らしいので、俺もだろうか?

 隣の部屋まで聞こえて眠りを妨げるいびき……流石にないと思いたい。乃蒼の睡眠を妨げる前に、自分のいびきで目が覚めてしまう気がする。


「違うの。あ、あのね」


 乃蒼は徐々に早足になっている。そのまま、俺を置いていきそうなほど、乃蒼はスピードアップしていた。

 それほど、口にしたくない話なのだろう。 


「れ、蓮人の」

「俺の?」

「蓮人の匂いがして、なかなか眠れないのよ!」

「……えっ?」


 頭が真っ白になった。

 自分の部屋から他人の匂いがしたら、気になってしまう神経質な人もいるだろうが、俺は眠れなくなるほど嫌な匂いがすると言われると、言葉がない。

 娘に臭いから近づかないで、と言われてショックを受けるお父さんの気持ちになってしまった。

 

「……乃蒼」


 茫然と歩いていたのだろうか?

 気が付くと乃蒼の姿はなく、蜂ヶ峰学園の校門の前に俺はいた。

 きっと、そのうち匂いは消えるだろうから、乃蒼には少し我慢してもらうことにしよう、と気持ちを切り替えて、下駄箱を開けると、物が落下してきた。


「うん?」


 拾い上げると判読できないくらい汚い字で書かれた手紙だった。差出人の名前も書いてない。

 まあ、数カ月に一回はある手紙だ。


「ローセンブラード君、おはよう」


 俺に挨拶するのは佐藤だ。


「おはようじゃねえよ。佐藤、俺は泣くぞ」 

「しゃあねえな。で、蓮人が持ってるそれは何かな?」

「見てわかんないのか?」

「ラブレターだろ。いいな俺も欲しいぜ」

「あげようか? 脅迫状と言うか不幸の手紙……いや怪異文だからさ」


 手紙の中身を確認すると、中から便箋が一枚出てくる。書かれている内容は俺の予想通り。


『ローセンブラード・乃蒼に近づくな、もし、近づいたらお前が不幸になるように、鼻からうどんを食べる儀式をしてやる』


 この後にも続きがあるが、儀式について説明があるだけで読むに値しない。

 文字の汚さで仰々しい感じになっているのだが、実際は大したことはないのだ。儀式自体がアホで、たまに手紙をよこすだけだからだ。


「お前、そんなもん、もらって大丈夫なのか?」

「平気平気。たまにもらうけど、実害も不幸もないし、先生にも相談してるから大丈夫だ。心配するだろうから乃蒼には秘密な」


 俺にできることは精々手紙の差出人が、変なところにうどんを入れて病院送りにならないことを祈るくらいだ。


「もしかして、これもか?」


 佐藤が勝手に俺の下駄箱の中を漁っていたので、外靴と上履きを渡し、それと交換する。

 靴を履き替えてから、よく見てみると封筒が二通。

 一通は薄い桃色をしていて、便箋だけではないのか、随分と重さがある。いつもの怪異文とは、毛色が違うようだ。

 もう一通は、表に俺の名前が書かれていて非常に達筆だ。これも怪異文の差出人が書いたものではないだろう。


「本当にラブレターなんじゃねえのか? 開けてみろよ」


 佐藤に言われて、他の生徒の邪魔にならないよう玄関の端の方に移動してから、俺は薄い桃色の封筒から開けてみた。

 ラブレターはもらった経験がなく、恋愛に怖さと抵抗感があって、見せはしないが佐藤には傍にいてもらっている。

  

「おい、顔真っ青だぞ。大丈夫か? 蓮人」

「だ、大丈夫だ。ラブレターだったんだ……」


 もらったラブレターの内容が衝撃的すぎて、思わず俺は持っていた封筒を落としてしまう。

 落下した封筒の中から無数の写真が散乱した。

 写真に写っているのは、俺。俺。俺。俺。俺。俺。全部俺だ。

 撮られた覚えのない写真ばかり、ラブレターの差出人に俺は盗撮されていたらしい。


『ローセンブラード君、ずっとずっと君のことを見てます。毎日見ていて飽きません。最近もこんなに良い写真が撮れました。見て下さい。きっと君のことが大好きな気持ちが伝わると思います。ローセンブラード君は、ローセンブラード……』


 ここまでしか頭が受け付けてくれなかったが、鮮明に記憶に刻み込まれてしまった。


「愛が重い子に好かれたみたいだな……」

「俺のことをローセンブラード呼びするのが辛い。盗撮されてるのも怖い。恋愛怖い」


 俺が恋愛に対して恐怖心や忌避感があるのは、小さい頃の思い出が原因だ。深夜、目が覚めて起きると、いつも明るくて暗い表情をしてるところなんて見たことのない親父が、酔っ払って母親のことで泣いていた。恋愛は明るい親父があんな表情をするくらい怖いものなんだと、そう思ってしまった。

 それ以来、俺に恋愛に対する恐怖心や忌避感が生まれるようになった。

 達筆なもう一通にも、字が綺麗な人は心が綺麗と、自分に言い聞かせて怯えながら目を通す。


「ふ、普通だ」

「よかったじゃねえか、でもお前には乃蒼ちゃんと言う人がいるのに……」

「ちょっと嬉しいかも……じゃない。ラブレターって普通、性癖は書かないよな?」

「まあ、普通は。蓮人は変わった人に好かれるのかな?」


 書き出しは、書道の教科書に出てきそうな美しい文字で綴られた、俺のことが好きなんだと言うことが伝わってくる、まともな文章だった。

 途中からも、美しい文字なのは変わらないが、


『蓮人君が、昨日泣きそうになっていたところを思い出すと背筋がゾクゾクします。もっといじめてあげようかなと思ったのだけれども、君が本気で悲しむ顔は見たくありません。私が蓮人君が壊れないくらいの意地悪をして、苦痛で満たされた君と一緒に楽しみたいな。ロー……』


 しかも、ここで文章が途切れてしまっている。

 便箋が一枚しか入っておらず、入れ忘れしまったのだろう。裏にも差出人の名前はなく、誰からのラブレターなのかもわからない。


「俺にどうしろってんだ……」

「考えてもわかんねえだろ。取り敢えず遅刻するから教室いこ~ぜ」

「……そうだな」

 

 俺と佐藤は理解することを諦めた。

 

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