三話 後輩とライバル 1

 俺の住むアパートの一室には、悪魔が住んでいる。

 実際は悪魔ではなく、女子高生だ。でも、あいつはもしかすれば女子高生のフリをした悪魔なのかもしれない。

 ほぼ毎日俺の家に来て、ご飯を食べたり、俺を揶揄ったり、テレビを独占したりして、俺の嫌がることを制覇してくる。

 そんな隣人JKの七葉の他に、なんだか近頃俺にやたらとちょっかいをかけてくる女がいる。

「せんぱ~い、お昼行きましょうよ~」

 会社の後輩、森下菜摘だ。

 森下は仕事上俺と関わることは今までそう多くはなかった。なのに最近になって、よく話しかけてくるようになり、お昼ご飯に誘ってくるようになり、俺は別に用もないからいらないと言ったのに無理矢理LINEの交換もさせられた。

 送ってくる内容も夜中の三時に「先輩まだ起きてるんですか? 明日寝坊しますよ?」という内容だったりする。勿論俺は夜中の三時に起きているわけではない。

 森下がスタンプを連打してきて、起こしてくる。

 なにか急ぎの用があるのだと思い、すぐに返信したらさっきのような内容のメッセージがくる。本当にタチが悪い。

 そこまでして俺を揶揄ってなにになるんだろうか。俺先輩だし、なんでこんなに揶揄われてんだかわからん。

「昼は弁当だって言ってんだろ、他当たれ」

「先輩がいいんですよ~、私、先輩とご飯食べたいです……?」

 ?じゃねぇよ。揶揄い方まで七葉に似ている森下といると、会社なのに七葉に揶揄われているようでなんだか気が抜けない。

 というかそもそもここは会社だから気は抜いてなんかないが。

「ん~、まあ家庭的なところがあるのはいいことですからね、見逃してあげます」

 なんでこいつこんなに態度でかいんだよ。俺、先輩だぞ。

 別に先輩風吹かせたいわけでもないし、偉くなりたいわけでもないから、なにも言わないけど。

 森下は会社内で有名人だ。なぜ有名なのか、それは森下の人懐っこい性格などがあってだろう。

 関わる人間を全て魅了していく森下は、会社内でアイドルのような扱いを受けている。

 本人はそのことに気付いているのだろうか、わからない。男性社員はみんな森下に甘い。理由はおそらく、みんなの反応を見る限りは下心だ。

 森下は男が好みそうな良い体をしている。本当にアイドルみたいだ、グラビアの。みんなが鼻の下を伸ばしてしまうのにも、納得する。

 でもそんな良いところを全て台無しにしているのが、あの揶揄いだ。俺はあんなやつには屈しない。どうしても七葉と被ってしまって、『森下に下心を見せる』それはイコールで『七葉に下心を見せる』ということになってしまうほどに、こいつらは似ている。

 見た目が似ているわけではなく、なんというか、属性みたいなものが。

「お昼は見逃しますけど、夜は一緒に食べましょう」

 夜。いつもは七葉と、俺の家で食べている。

 そして今日も、食材は買ってあるし、きっと七葉はいつも通りに忍び込んで待っているだろう。

 もしも俺が森下と外で食べて帰るようなことになれば、七葉の夕食はどうなる。あいつはいつも俺が作るのを待っているから、きっと何も食べずに俺の帰りを待つことになるだろう。

 身近にいる大人として、高校生にそんな思いをさせるわけにはいかない。別にあいつと食べたいとか、そういうんじゃない。

 だから森下のこの誘いを、俺はどうにか理由をつけて断らなければならない。

 でも「家で女子高生が待ってるから」なんて言えるわけないし、どう言えばいい。ここはあえてシンプルに行こう。いくら森下でも、先輩に対してそうしつこくはこないだろう。

「家に作り置きしてるんだ。今日食べないと、腐っちまう。だから他あたってくれ」

 決まった。これで、俺は無事に家で七葉と夕食を食べることができる。おっと、この言い方だとまるで七葉と一緒に食べるのを待ち遠しく思っているみたいだな、断じて違う。

 俺のそんな浅はかな企みは、この二代目七葉には通用しなくて。

「そうですか~、じゃあ先輩のお家で食べますか!」

 なぜそうなる。

 まさかの返しに俺は何も言えず、森下が「じゃあ定時になったら声かけますね~」と言って離れていってから、ようやく声が出る。

「っておい!」

 なぜそうなる……。

 このままでは森下が俺の家に来て、七葉と鉢合わせてしまう。

 七葉に連絡して、今日は来ないように伝えることも考えたが、きっと伝えたらあいつは喜んで邪魔してくる。

 俺が困ることを喜んでするあいつだから、来るなと言えばきっと来る。

 そうなれば、七葉と森下が鉢合わせてしまうわけで。

「やばいことになった……」

 どうにかして、森下が来るのを阻止しなければならない。でも森下は七葉と同じくらいの自由さを誇る困った奴だ。

 多分俺がどう抵抗しても、勝手に上がり込んでくるのだろう。

 だったらいっそ、堂々としてみたらどうだろうか?

 隣人の女子高生と一緒にご飯を食べるなんて、普通だ。なにもおかしなことはない。それなのになぜお前はそんなに驚いているんだ? とか言ってやればいい。

 うん、そうしよう。

 それならきっと、なんとかなるんじゃないか。

 そんなふうに考えた俺は、きっとどうかしていたんだろう。

「先輩が女子高生誘拐してたなんて……」

 俺の家に入った森下の第一声がそれだった。

 まあ、なんとかなるわけないよな、冷静に考えて。

「お兄さん、この人誰? 彼女?」

 森下もそうだが七葉も、どうしてそんな誤解をするんだ。

 俺が女子高生を誘拐するわけないし、森下が俺の彼女だなんてありえないに決まっているだろう。

「誘拐じゃないし彼女じゃない!」

「「なんだ……よかった」」

 なんだよこいつら息ぴったりかよ。

 先輩が誘拐犯じゃないと知って「よかった」と安堵する森下の気持ちはわかるが、どうして森下が彼女じゃないと知って七葉も「よかった」と言っているのかわからない。

「とりあえず、飯にするか……」

 帰れと言ってもどうせ聞かないし、俺は仕方なく三人前の食事を用意することにした。

 隣人の女子高生と会社の後輩と、どういうメンバーだよ。

「お兄さん、手伝うよ」

「先輩、手伝いますよ」

 二人が俺を挟むように睨み合う。なに、なんで喧嘩になってんの。

「七葉ちゃんだっけ? なんで隣人の七葉ちゃんが先輩の家でご飯食べるの??」

「お兄さんが一人じゃ寂しいだろうから、毎日来てあげてるんですよ~」

 別に寂しくはないんだけどな。

 それとさっきから火花みたいなものが見えるんだけど、幻覚?

「だったら今日は私がいるし、七葉ちゃんは帰ってもいいよ?」

「お兄さんがいてほしいって言うからいるんです」

「もうお前ら二人とも座ってろ!!」

 二人の腕を引いて椅子に座らせる。

 この調子で俺を挟んで喧嘩されたらたまったもんじゃない。大人しく待たせておく。大人しく、できるよな?

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会社員とJK、お隣さん歴1年目。【先行試し読み】 ナナシまる/角川スニーカー文庫 @sneaker

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