二話 風鈴とゲームセンター 4
「ほらお兄さん、気を取り直そう! 次は和太鼓の達人しよう!」
これもゲームセンターといえばコレ、というくらいの人気のあるゲームだ。アリオカートと同じで、知らない人なんていないと言えるくらい有名だけど……。
「これは知ってるぞ。赤と青の顔を叩くやつだろ」
知ってたけどなんか覚え方が独特だった。
「『ドン』と『カッ』だよ。『ドン』の時は和太鼓の表面を叩いて、『カッ』の時は和太鼓の縁を叩くの。ノーミスだったらフルコンボっていって、なんていうか……とにかく凄いの!」
「なるほどな」
納得できたのか、お兄さんは和太鼓の前に立ち、素手でビシビシと叩き始める。
「こんな感じか?」
「お兄さん、そこに挿さってる棒で叩くんだよ……」
薄々わかっていたけど、お兄さんって鈍感な上に天然なんだよなぁ。
私たちはアリオカートの次に和太鼓の達人をすることにして、私が左の和太鼓に、お兄さんが右の和太鼓の前に並ぶ。
店内を見渡せば高校生のカップルが多くいることに気付く。
こうしてゲーム機の前に並んで、横にいるお兄さんを見上げてみると、やっぱり大人だなあと強く感じる。
私の頭がある高さにはお兄さんの肩があって、服装はイマドキの高校生と比べるとお兄さんはかなり落ち着いたシンプルなもので、流行りとかは一切知らないんだろうけど無難な大人って感じがして。
私たちがもしも同じ年に産まれていたら、制服を着て放課後にタピオカでも飲んでいたんだろうか。それも悪くないけれど、きっとお兄さんは高校生の時も流行りに鈍感だったんだろうな。
「おい、曲どれ選べばいいんだ」
「最初はお兄さんの好きなやつでいいよ」
私は色んな曲を聴くから、大体なんでもわかる自信があった。
でもお兄さんはきっと数ある曲の中でもほんの一部しか知らない。だから、譲ってあげたわけだけど。
「だめだ、わかるのがねぇ」
「なんで!?」
それもそのはず、お兄さんが見ていたのはクラシックのジャンルだった。普段聞かないのにそんなのわかるわけがない。私だって聴かないからわからない。
「お兄さん、Jポップで探そうよ。ほら、これとかわかるんじゃない?」
人気ドラマの主題歌で、曲もそうだけど可愛らしいダンスも人気を博した空野源さんの恋という曲をお兄さんに聴かせる。
「ああ、これならわかる。純が踊ってたよ」
「よし、じゃあこれにしよう!」
純さんではなく、お兄さんが踊っててほしかった。好きな人のダンスなんて需要の塊ではないか!
「ほら、始まるよ! 構えて!」
お兄さんは難易度を『ふつう』に、私は『むずかしい』を選択した。ちなみに言うと、難易度は全てで五段階ある。『やさしい』、『ふつう』、『むずかしい』、『おに』、更に上には隠しステージ的な役割の『裏おに』という馬鹿みたいに難しい難易度のものも存在する。
一度友達とふざけて挑戦して、全く動くことすらできずに曲が終わってしまったことがある。きっとあれは常人には無理なんだ。
曲が始まって、思わず踊り出しそうな前奏から、歌いたくなるサビを通る。
譜面が簡単になり余裕が出たらすかさずお兄さんの様子を伺うと、お兄さんはやはりこういうゲームはあまり得意じゃないみたいで、難易度は誰でも楽しく遊べる『ふつう』のはずなのに、何もできないでじたばたしていた。
「なんだよこれ、難しすぎだろ」
「お兄さん下手だな~」
曲が終わり、スコア発表が始まる。
「お兄さんミスばっかりだね~」
「初めてなんだから仕方ないだろ!」
「初めてでももう少しマシなんだよ普通」
どうやらお兄さんにはゲーム全般の才能がないらしい。今日のデートではそのことがわかって少し満足だ。でも、私にはゲームセンターにお兄さんと来たら必ずやっておきたいことがあった。
「ねぇねぇお兄さん」
「なんだ」
「最後にあれで遊ぼうよ」
私はあえてソレの名前を口には出さない。どうせ出したってお兄さんは知らないだろうし、知ってたら知ってたで断られることは明白だから。
「あれって、プリクラか?」
「え、知ってるの?」
「アホか。プリクラ知らないヤツなんていねぇだろ」
アリオカートも和太鼓の達人も全然知らなかった人が何言ってんだか。
「ま、せっかく来たしいいかもな。正直あまり得意じゃないけど」
まさかお兄さんがプリクラを知っているなんて。それに知ってても反対しないのも意外だ。
お兄さんのことだから、きっと嫌がるだろうと思ったのに。
「お兄さん、本当に撮ってくれるの?」
「なんだよ、いらねぇならやめとくぞ」
「ううんっ、撮ろっ!」
どうしてこんなにも協力的なのかは知らないけれど、ここは大人しく一緒に撮ってもらおう。
好きな人と一緒に撮れるプリクラなんて、宝物だ。
機器の外側で四百円を投入して、撮影ブースの中に入ると、そこはもうカップルの空間になる。
狭くて、カーテンのおかげで誰にも見られない空間が出来上がる。
「ここ、狭いな」
「お兄さんプリクラ撮ったことあるの?」
「葵と純と何回かあるぞ」
たしかに、純さんはきっと慣れてるし葵さんも女の子だし、一緒にいるお兄さんも自然と撮る機会は増えるだろう。だったら経験があっても不思議ではない。
最初は菜摘さんとか、他の女性のきたことがあったのかと少しモヤモヤしてしまったけれど、お兄さんだしないかと安心してしまった。
「おい、始まるぞ」
お馴染みのプリクラ機器の声でポーズの指定をされる。
『二人でくっついてピース!』
「お兄さん、もっと近づかなきゃ。そういう指令なんだからさ」
これは思わぬハプニングだ。
まさかこのプリ機、カップル専用の物だった。
専用と言っても、カップルじゃなきゃ使ってはいけないわけではない。
ただ、プリ機から出されるポーズの指令がカップル向けに出されるというもの。
つまり、『二人でくっついてピース!』なんて、まだまだ序の口なわけで。
『手を繋いで見つめあって!』
二つ目の指令。お兄さんは既に「は?」という顔になっている。
でも不服そうに私の目を見つめながら手を繋いできて……くれたらいいのに。
結局二枚目は無難に変顔をした。後でお兄さんの変顔をしっかりと拝むことにしよう。
『次は二人でハートを作って!』
「お兄さんハートだよ! ほら、私と合体して!」
腕を大きく広げて半分のハートを作る。そこにお兄さんも恥じらいながら腕を広げて。
「できた! 完璧だね!」
その後も指でハートを作ったり、ウインクをしたりした。
私はプリクラを撮ってもらくがきはいつも人任せだったから、今回もらくがきは必要な最低限に済ますことにした。
「いいのか、そんだけで。純は原型なくなるくらい書いてたぞ」
「いいの。ありのままでも充分可愛いからね」
「自信満々だな」
そういう意味じゃないんだけどね。
せっかくの二人の思い出なんだから、余計なものはいらない。初めて撮ったプリクラ、初めて撮った写真。これはずっと、私の宝物だ。
「そろそろ帰るか」
「だね」
印刷が終わり、二分割にして二人で分け合ったプリクラを見ながら歩く。
少し前を行くお兄さんはすぐに財布の中にしまっていたけど、真顔のピースも、指示を無視した変顔も、顔を真っ赤にしながら二人で作ったハートも、私は目が離せないくらいに嬉しくて。
「そんなに撮りたかったなら」
「……?」
お兄さんが立ち止まり、私を見て。
「また、来るか……?」
「うんっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます