二話 風鈴とゲームセンター 3

「はーいお兄さんウノって言ってなーい!!」

 私がお兄さんにプレゼントした向日葵の風鈴がちりんちりんと綺麗な音を奏で、お兄さんが汗だくになりながら抱えて持って帰ってきた扇風機の風が私を冷やす。

「くっそ、うぜぇ……」

 私が扇風機の前を占領しているから、お兄さんは首にタオルを巻きながら私とunoをしている。

「お兄さん、そんな凡ミスで勝ちを逃すなんて、ほんとどんくさいね?」

「やかましいわ」

 ホームセンターから帰ってきた私たちは扇風機を組み立てて、暇を持て余していた。

 お昼ごはんも食べたし、ソフトクリームも食べた。時刻は四時という夕食にはまだ中途半端な時間。

「そういや、この近くにゲームセンターができたらしいな」

 そんな私の思考を読んだかのようにお兄さんがそう呟く。

 そんなの、行くしかないじゃないか。

「お兄さん、いこっ!」

 もちろんお兄さんは少し嫌そうな顔をする。ほんとは私とデートしたいくせに、そうやってとりあえず嫌そうな顔をするのがなんだか愛おしい。こういうのを推しが尊いというんだろう。

「いかねぇよ」

「えーなんで!」

「ゲームセンターだぞ、お前の同級生とかもいんだろ。 なんか勘違いされたらどうすんだ」

「私はいいよ? お兄さんとなら……?」

「俺がよくねぇんだよ!」

 自分からゲームセンターの存在を提示しておいて行かないなんて言わせない。でもお兄さんについてこさせる方法なんてあるのだろうか。

 お兄さんは頑固だし、負けず嫌いだから、きっと押すだけじゃだめだ。

 お兄さんは頑固なうえに負けず嫌い……そうだ、それを利用してやる。

「お兄さん、私にゲームで負けるのが怖いんだ?」

「……は?」

 かかった。

「そうやって言い訳つけて私との勝負を避けてるんだよね? 例えば誰かに勘違いされたとしても、お兄ちゃんだとか適当に誤魔化せるのに、お兄さんはそんなに私に勝てる自信がないんだね?」

「……」

 私を見て固まるお兄さん。これは、我慢している顔だ。

 理性ではこんな挑発に動じるなと思っていても、本能では私にゲームで一泡吹かせてやりたいとうずうずしている、そんな顔。

 ここまではお兄さんの「負けず嫌い」な部分利用してやった。ここからは、お兄さんの「頑固」な部分を利用してやる。

「もう、わかったよ。諦めて一人で行くよ。でもさ、あのゲームセンター変な人が声かけてくるらしいんだよね」

「変な人?」

 くいついた。

「友達が言ってた、強引にナンパしてくるって。私怖いよ~」

 まずゲームで負けることを恐れているのかと煽ることで、お兄さん自身が行きたくなる理由をつくる。そして次にお兄さんと私が一緒に行く言い訳を与えてあげる。

「それなら仕方ねぇな、そんなあぶねぇ場所に隣人のお前を一人で行かせて、もしなにかあったら俺が後味悪いしな。しかたない。そう、これは仕方ないことだ。……夕食までの暇つぶしだぞ」

 お兄さんは一体誰に言い訳しているんだろう。自分自身を騙すように「俺は悪くない、俺は悪くない」と、そう言い聞かせているようにしか聞こえない。

「うんっ! ありがとう、お兄さん!」

 ごねているようにみせつつ、自分がわくわくした表情になっていることに、お兄さんは気付いていない。そんなところが、可愛いんだよなぁ。


 ゲームセンターは休日と夕方ということもあって、中学生や高校生で溢れていた。

 そんな場所に私と来ることは、お兄さんにとってやっぱり少し怖かったりもするのだろうか。心配してお兄さんの表情を伺うが、そんな心配いらないくらいに目がキラキラと輝いていて。

「アリオカートからやろうよ」

「ま、まあお前がやりたいならいいぞ」

 ほんと、めんどくさいくらいに可愛い人だ。

「私はカッパ様を使うよ! 一番強そうだしね!」

 背中の甲羅にいくつも殺傷能力の高そうなトゲトゲを生やした魔王のキャラクター選択して、次にゲーム内でアイコンとして使われる顔写真の撮影に移る。

「お兄さんはどのキャラにするの?」

「どれが強いとかあんのか? 俺このゲームしたことなくてわかんねぇよ」

 アリオカートしたことない人なんているんだ……。国内だけに限らず世界でも有名なレーシングゲームなのに。

 でもここはお兄さんの無知を利用して揶揄ってやろう。

「ピンク色のドレスを着たお姫様のキャラが一番強いよ。ほら、そのポーチ姫って子!」

「本当だろうな? いいのか、俺が使ったらお前の勝ち目なくなっちまうぞ」

 本当に知らないんだなお兄さん。初心者がどのキャラ使ったって大して何も変わらないのに。

「私は経験者だからね、譲ってあげる。キャラを選んだら写真撮影があるんだけど、上手く枠に収まれば収まるほど強くなれるよ!」

 本当はそんなボーナスはない。

 でもこう言うことでお兄さんはポーチ姫の髪型とドレスを着た写真を撮ることになって、それがレース中ずっと表示される。

「こ、こうか?」

 写真を撮っている段階でこんなに恥ずかしそうにしているんだから、レース中にずっとこの写真が表示されると知ったらレースどころではないだろう。勝利は私がもらった。

「よし、可愛く撮れたね」

「ってこれ関係ないんじゃ……しかも恥ずかしいじゃねぇか!」

 作戦通り。

「ほらお兄さん、レースが始まるよ! アクセル踏んで!」

 三、二、一、とカウントが進む。

 三から二に変わるあたりでアクセルを踏む。そうすることで私はお兄さんよりもスタートダッシュを早くきることができて……。

「あれ、お兄さんスタートダッシュはやっ!」

 なんか間違えて早めに踏んでしまっていたお兄さんが、奇跡的に私よりも早くスタートした。

 ゴールに向かう道中、私のアイコン写真がお兄さんの画面をジャックするアイテムでお兄さんを発狂させたり、逆に私が同じアイテムを投げられてポーチ姫化したお兄さんに爆笑したりして、お互いを邪魔しあった結果。

「二人で下位独占しちゃったね……」

「CPUに一位取られるなんて……」

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